家のこと
さて、無事に、わたしは、アーキスフィーロさまの婚約者候補として認められたようである。
前当主夫人アルトリナさまは、候補ではなく婚約者としたかったらしいが、当主さまの判断は「暫くの間は婚約者候補とする」だったのだ。
いくら、実の母親であっても、家のことは当主の発言が最優先である。
しかも、息子の伴侶の話だ。
トルクスタン王子が当主さまの判断に納得されたこともあり、アルトリナさまは渋々、承知した……といったところだ。
しかし、なんでここまでアルトリナさまから気に入られたのだろうか?
まだ会って間もないし、しかも、まだ直接言葉もほとんど交わしてはいないのに。
ちょっと不思議である。
いや、ありがたいとは思うけどね。
ヴィバルダスさまは、あの勝負の後に、部屋まで運ばれたらしい。
どうやら、わたしの魔法が効きすぎたようだ。
眠らせる魔法としては一番弱いはずの「誘眠魔法」ではあるが、わたしは一言魔法なので、普通とは効果が違う可能性がある。
それでも「覚醒魔法」は、なんとなく使いたくなかったので、そのままにしている。
明らかに眠っているだけだから、問題はないだろうし、この家にだって「覚醒魔法」を使える人がいるはずだ。
それを直ぐに使わないってことは、その方が静かだからかな?
そもそも、王女殿下を正妻にする予定の人が、その前に弟の婚約者候補として来た女を側妻にしたいって言い出すのもどうなのかという話である。
女好きとは先に聞いていたけれど、わたしのような女でもおっけ~ということは、かなり異性の好みの幅が広い人だということはよく分かった。
これは確かに次期当主に推せない。
そうなると、ロットベルク家第二令息であるアーキスフィーロさまが当主となる確率が格段に高い気がする。
魔力が強すぎて暴走する恐れがあるらしいけど、それさえなんとかすれば良いだけの話だ。
現当主さまが、アーキスフィーロさまの伴侶選びに慎重になる理由はここにあるのだろう。
カルセオラリアの王族なら、ヴィバルダスさまの婚約者であるローダンセの王族に勝るとも劣らない。
自国の王族の方が有利そうだが、たくさんいる自国の女性王族よりも、他国と繋がることができる方が良い。
今はアルトリナさまがおられるけど、次代になるころまでずっとお元気でいらっしゃる保証もないのだ。
そう考えると、水尾先輩と真央先輩を連れてきたのは良くなかったか?
いや、今、魔法国家アリッサムは消失している状態だ。
魔力の強さだけで良いならともかく、権威も同時に求めるなら弱いかもしれない。
単純に、魔力が強ければ良いのなら、わたしでもそこまで問題ないはずだからね。
それでも、一応、婚約者候補となった。
そして、このロットベルク家に慣れるために、その間、この屋敷に滞在させていただくことになった。
今は、使用人を含めた家人たちにその旨を伝えるためと、部屋の準備をしていただくために、待機中の身である。
「シオリ嬢」
入室の合図も無しに部屋に入ってきたトルクスタン王子から声を掛けられる。
いや、この控え室の扉が開け放たれた状態だから入室の合図がなかったのは仕方がないと言えなくもないのだけど。
「俺も暫くは滞在が許された」
「それは心強いです」
まあ、もともと、わたしたちの旅についてくるために、何年も国から出る予定だった人だ。
それが、行く先々で思わぬことに巻き込まれて、結果として何回も国に帰ることにはなっていたけれどね。
「期間はどれぐらいでしょうか?」
「シオリ嬢が正式に婚約者になるまで。あるいは、婚約者候補から外れるまで……だな」
「……長くないですか?」
カルセオラリアは数年単位で国を出る許可を得ていたから良くても、滞在するロットベルク家は困るんじゃないだろうか?
「俺の従者が言っていた。『地獄の沙汰も金次第』と」
……おおう。
そんなことを言うのは護衛兄ですね。
それならば、分厚い札束で引っ叩くようなことをしたのかもしれない。
カルセオラリアはお金持ちの国だ。
本来、国宝級になるような金額の物が、城内に溢れている。
そして、トルクスタン王子が自由にできるお金も少なくはないはずだ。
あの「ゆめの郷」で、高級宿泊施設を何度も利用できるような人だからね。
「その間の自分の滞在費用は当然、俺持ちだ。そして、シオリ嬢の滞在費用もな」
「自分の滞在費用ぐらい、自分で払いますよ?」
流石に、紹介してもらった上、そこまで甘えるのは悪い気がする。
わたしが自由にできるお金は限られているけれど、護衛たちが受け取っていたお金を回してもらうつもりでいた。
流石に、滞在し、教育まで施してもらうのだから、無償というわけにはいかないだろう。
「そこは、シオリ嬢の保護者から俺が受け取る形になるから気にするな」
この場合の保護者は護衛たちだろうか?
それとも、その雇用者からだろうか?
でも、確かに窓口が一本化している方が良いだろう。
「そして、シオリ嬢には改めて、侍女が付けられることになると聞いている」
「侍女」
女中ではなく、侍女か。
それは結構な待遇だね。
でも、わたしにこれまで世話役となる侍女や女中が付けられたことがないのだ。
身の回りのことはある程度自分でできるし、自分でできない部分は護衛兄弟に助けてもらっていたから。
精々、「聖女の卵」の時に、神女が世話役としてついてくれたことがあるぐらいだった。
はたして、わたしにそんな生活ができるのだろうか?
「すぐに慣れる」
生粋の王子さまは簡単におっしゃられる。
「俺の方にも付けられる予定だったが、それは断った。慣れた者たちの方が良い、と。その分の滞在費を上乗せすると言えば、反対もなかった」
まさに、地獄の沙汰も金次第。
あるいは、人間万事金の世の中?
お金さまに従ってしまうのは、どこの世界でも変わらないらしい。
まあ、トルクスタン王子は他国の王族だ。
この国の慣習に無理に押し込めて不興を買うよりは、お金を受け取った上で、世話も任せた方が楽だと判断したのだろう。
それだけ、一年という滞在期間は長い。
でも、不思議に思われなかったとも思う。
トルクスタン王子は実質、カルセオラリアの嫡子となっている。
それなのに、許可を取っているとはいえ、一年も国から離れることに疑問を持たれなかったのだろうか?
わたしがそこを確認すると……。
「予め、アーキスを通してそのつもりであることを伝えていたからな。そして、見聞を広めるという目的もある。渋るようなら、費用を上乗せしようと思ったが、最初の提示額で即決してくれたから問題もない」
一体、どれだけの金額を支払うのだろうか?
気になるけど、聞きたくはなかった。
「但し、俺とシオリ嬢の扱いは当然異なる。俺は客人。そして、シオリ嬢は客人としてではなく、アーキスの婚約者候補として滞在することになるため、部屋もかなり離されることになる」
「そうなると……、わたしの部屋も地下ですか?」
「いや、地下に普通は寝泊まりするような部屋はない。アーキスの扱いが特殊なだけで、俺は長期滞在用の客室となる。そして、シオリ嬢には屋敷内に一室、与えられることになるだろう。何より、婚儀前の未婚の男女の部屋は肉親であっても近くにはない」
言われてみれば、ワカの部屋とグラナディーン王子殿下の部屋はかなり離れていたし、トルクスタン王子とメルリクアン王女殿下の部屋も近くにはなかった。
あれって、お城だったからというわけではなく、この世界の感覚としてそうなっているらしい。
人間界で、そこまで広くない家に母と二人で住んでいた身としては、不思議な感覚である。
ストレリチアではワカの好意? で、護衛兄弟の部屋は近くに準備されていたけど、カルセオラリアでは、少し離れた客室だった。
本来は、護衛であっても、カルセオラリアの方が正しいのだろう。
トルクスタン王子はその辺りの感覚がかなりきっちりとしているから。
「これまで張り付いていた護衛たちから引き離されての生活に慣れるまでにかなり時間はかかると思うが、シオリ嬢は大丈夫か?」
トルクスタン王子は重ねて確認してくる。
「大丈夫ですよ」
だから、わたしはそう答えた。
「いつまでも、あの二人に甘えてばかりではいられませんから」
それでも、陰ながら護ってくれると言っていた二人を信じて。
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