芸がない
「始め!!」
そんな言葉が当主さまの口から飛び出すとともに、ヴィバルダスさまは、腰元の袋に手をやり、そのまま、中身だけを投げつけてきた。
嫌な気配がする魔石だ。
やはり「魔封石」と呼ばれている魔石をわたしに投げつけて、体内魔気の流れをおかしくさせるつもりだったのだろう。
魔法は体内魔気の巡りが悪ければ、発動しなくなる。
想像力と創造力の内、創造力が欠けるためだ。
その時間としては永続的なものではないけれど、一度触れただけで、その効果は魔石の質に関わらず、分単位にも影響を及ぼすらしい。
そして、魔法に頼っている人間にはそれだけで十分な時間だ。
さらに、筋力、体力ともに体内魔気の補助がなくなれば、一気に能力が降下する。
わたしの護衛たちのように、それを想定した動きの鍛錬をしていなければ、ほとんどのこの世界を生きる人間はなす術もなくなるだろう。
それは王族すら例外ではない話だ。
いや、生まれた時から大陸神の加護に守られ過ぎている王族こそ、影響は大きいと言えるかもしれない。
そんな物を迷いもなく投げつける姿を見たわたしは……。
―――― 芸がない
そう思う以外にないだろう。
確かに「魔封石」は、魔法封じと呼ばれるほどのものだが、それそのものが魔法を跳ね返すわけではない。
そして、あの魔石は、熱に弱いとも聞いている。
それを知っている魔法の使い手たちは、使われたら火属性魔法や熱を伴う魔法で対処するのが普通らしい。
それを知らない可能性があったとしても、無策ともいえる形で投げつけるのはちょっとどうかと思う。
黒髪の護衛たちならば、何かに紛れさせて放るだろう。
あるいは、偽装して使うか。
そう言えば、護衛弟は、兄から首輪を嵌められたとも言っていた覚えがある。
……凄い図だね。
小細工なしの真っ向勝負。
そして、自分の身体に向かってくるなら、これほどやりやすい相手はいない。
身体を相手に向けた姿勢に構えて……。
「よいしょっ!!」
トルクスタン王子から預かった棒を両手に持って、力強く押し出す!
―――― カッキーンッ!!
うむ。
ボールとは違う手応え。
それなのに、金属バットで叩いた時のような快音が響く。
―――― ピッチャー返しを狙うなら、投げた直後に残る相手の軸足を狙うと良いよ
そんな言葉を思い出し、残っていたヴィバルダスさまの左足首を迷いもなく狙った。
野球にしても、ソフトボールにしても、バントと呼ばれるものは、当てるだけで、威力がないイメージが強い。
だが、打ち返すかのように押し出す技術もあるのだ。
尤も、遠心力を利用できなくなるため、フルスイングほどの威力はない。
それでも、ボールを芯で捉えれて押し返すことができれば、それなりの速度で押し返される。
球速はなくても、真芯で捉え、さらに押し返したのだ。
さらに……。
―――― 飛べ!!
当たる瞬間に祈った。
多少、わたしの魔力を打ち消しても、あの魔石は護衛兄が持っていた物ほど質は良くないだろう。
わたしの一言魔法も使わないよりはマシだと思った。
……うん。
予想外だったよ。
今まで、何度もやった押し出すバント。
だが、これまであんな恐ろしいほどの速度で跳ね返ったことなどなかった。
「ぐあっ!?」
しかも、左脛にドンピシャだった。
弁慶の泣き所とも言われる場所だ。
あれは痛いだろう。
しかも、その左足が後ろに跳ね上がるなんて、どれだけの威力だったんだ?
「ありゃ?」
思わず、間抜けな声が出てしまった。
いや、不覚。
打席に立った打者が、ボールを飛んだ方向に目を奪われていたことは良くないね。
でも、身体のどこかに当たると良いなとは思ったけど、本当に当たるなんて思わなかったから、わたしの方がびっくりしたんだよ。
魔法の補助ってズルいわ~とも思ってしまった。
だから、すぐに動けなくなったのもあった。
思わぬ反撃と痛みに目の前で前のめりに倒れるヴィバルダスさま。
さらにその左脛に当たった「魔封石」は凄い勢いで跳ね返り、別方向へとすっ飛んでいく。
―――― まだだ!!
頭のどこかで護衛の声が響いた気がした。
言われなくても、分かってるよ。
普通の魔法勝負に持ち込まれると面倒そうだからね。
ここでしっかり意識を落とさせていただきます!!
わたしは、ヴィバルダスさまに向かってダッシュする。
そして……。
「おやすみなさい、ヴィバルダスさま」
いつもの一言魔法で意識を奪う。
魔法の効果が、魔力強さと魔法耐性、そして精神力に左右されるなら、わたしの「誘眠魔法」が効かないはずがない。
わたしの魔法は、あの魔法耐性と精神力が物凄く強い護衛すらも眠らせることができるのだ。
まさかの反撃を食らってすぐに起きることすらできないほど混乱してしまった戦いに縁がない貴族のお坊ちゃんに防げるものではないだろう。
わたしの護衛たちなら、反撃されると思った瞬間にそれに備えると同時に、次の攻撃手段を数種類は考えてるはずだ。
先ほどまで少しだけ動いていた身体がピクリとも動かなくなるのを確認してから、一息ついた。
命までは奪うつもりはないし、そんなこともできない。
でも、念のためにヴィバルダスさまの状態を、離れた場所から確認する。
体内魔気は「魔封石」を左脛にぶつけられた直後、大いに乱れたが、今は安定しているようだ。
呼吸も……、いびきがここまで聞こえてきたから、間違いなく寝ているだろう。
わたしにとってはいつもの一言魔法だが、傍目には無詠唱魔法だから、実際、何の魔法を使われたかは瞬時に判断できないはずだ。
それが分かるのは、この場ではそれを知っているトルクスタン王子だけである。
だから、ヴィバルダスさまから聞こえてくるいびきは、寝ているふりではなく真に寝ていると判断して良さそうだ。
「いかがでしょうか? 当主さま」
「文句のつけようもない。娘の勝ちだ」
そう言われたので、わたしは当主さまに礼をした後、ヴィバルダスさまに向かって一礼をした。
「時間は?」
これまで、ずっと黙って見守っていた前当主さまの声。
「5分と、かかっていない」
それに答えたのはやはり、同じく見守っていた前当主夫人であるアルトリナさまだった。
まあ、開始と同時に投げられた石を打ち返して、直後に誘眠魔法。
それらは5分もかかる作業ではない。
これが、あの護衛兄弟のどちらかが相手であれば、もっと時間がかかっただろう。
彼らは模擬戦闘で「魔封石」なんて魔石を使わないだろうけどね。
魔法を練習するための意味がなくなるから。
「実に見事だな。これは、女性王族の警護に相応しい役目を……」
「アーキスフィーロの妻となる娘にそのような役目を背負わせるな、フェルガル」
この国の高貴な人であっても護衛は同性なんだっけ?
そうなると、女性騎士とかも多そうだよね。
でも、そんな役目がわたしに務まるかは分からない。
わたしは自分中心な人間だから、誰かを護ることに向いていないのだ。
「何より、我が一族と縁付く者をこの国の王族に貸してやる気などない。王族が無償でくれるなら貰うまでだがな」
おおう?
えっと?
わたしを王族に貸し出す気はないけれど、王族の方から何かくれるならもらうってことかな?
まあ、元はカルセオラリアの王族だからね。
この国の王族に従うつもりはないということなのだろうか?
でも、もうこの国に来てから数十年と経っているのに、感覚の違いってそれだけ簡単には埋まらないってことなのか。
「お疲れ、シオリ嬢」
さらに会話を聞こうとしたところで、トルクスタン王子に声を掛けられる。
「最速退治じゃないか?」
最速はともかく、退治って……。
まるで、ヴィバルダスさまが妖怪とか、この世界なら魔獣みたいじゃないですか。
まあ、小悪党みたいな感じではあるけどね。
「そうでもないですよ。相手の出方を待っていたせいで、少し時間がかかってしまいました。わたしの最速は、瞬殺です!」
状況によっては、護衛すらふっ飛ばすらしい。
それもどうかという話ではあるけれど、「発情期」の兆候を察知して「魔気の護り」が発動して、計らずとも意識を奪ってしまったのだから間違いではない。
「まあ、シオリ嬢だからな」
トルクスタン王子は楽しそうに笑った。
それは褒めていますか?
褒めているんだろうな。
この王子殿下は基本的に裏表がない人だから。
それでも、先ほどのように王族の顔は持っていることも知っている。
わたしにはあまり見せないけどね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




