微塵も疑わない
「それでは、父上には開始の合図をお願いします」
「ヴィバルダス。それは構わないが、本気なのか?」
「はい。父上としても嬉しいでしょう? 私が美しい王女殿下を正妻とし、可愛らしくも魔力が強い側妻を持つ男となるのです」
わたしとトルクスタン王子、アーキスフィーロさまの近くでそんな会話が交わされている。
そこには微塵も勝利を疑わない姿があった。
「だが、その娘は魔力がアーキスフィーロすら上回る」
当主さまは訝し気だ。
明らかに魔力が違うことは既に分かっているからだろう。
「魔力だけでしょう? そんな娘なら魔法しか使ったことはないですよ。あの細腕では武器も振るったことはないだろうし、持っているのも棒きれ一本です。これは始めから俺を受け入れるつもりでいることは間違いない!!」
断言された。
しかも、ちょっと明後日な方向で。
この場に護衛兄弟がいなかったことを幸運に思おう。
さっきの言葉程度で、即、物理攻撃に転じないとは思うが、特に兄の方が陰で何をやらかすかは分からない。
この国では女性を軽んじても良いらしいけれど、セントポーリアは女性を大事にする傾向にある。
そんな国で幼少期を過ごした彼ら兄弟は、どこか根底に「女性に優しくする精神」がある気がしている。
これは二人を養育したと思われる母やミヤドリードさんの教えも影響しているかもしれないけれど。
そんな二人は、ここまで護ってきた主人を軽く見られて、笑って許すような心の広い護衛たちではなかった。
特に護衛兄の方が、その部分に煩……、いや、細か……、違う、気に掛ける性質を持っている人である。
根っから、女性を大切に扱う男性なのだ。
「その魔法が問題なのだろう? アーキスフィーロの魔法すら問題ないような娘だぞ?」
「魔法しかなければ、私の勝ちですよ、父上。ああ、あの可愛らしい娘が手に入るなんて、俺はなんて幸運なのだろう」
よく分からないけど、妙に気に入られてしまったらしい。
何故?
そして、よく分からない理由で「可愛らしい」と思われるのは、こんなにも身の毛がよだつことだとは思わなかった。
あの元青羽の神官の時と似たような……、いや、この感覚は、ある意味、もっとタチが悪い種類のものだ。
これは「ゆめの郷」でソウと再会する直前で、わたしの手を掴んだあの男性に似た種類の感覚だ。
元青羽の神官だった人は、確かに、わたしに対して妙な感情を抱いたらしい。
だけど、そこにあるのは傷つけたいとかそういった種類のものではなく、一応、恋慕の情と呼ばれる種類のものだったと聞いている。
年の差があり過ぎて、わたしがその心を受け入れられなかっただけの話だ。
多少の年の差ならともかく、流石に祖父と孫の年齢差を受け入れられるほど度量のある女性って、遺産狙いと言い切らなければ、かなり難しいとは思うのですよ?
世の中にはいろいろな御趣味の方がいるので絶対にいないとは言い切らない。
少なくとも、自分には無理だっただけの話だ。
だが、あの「ゆめの郷」で出会った男性は違う。
あの背中から全身に鳥肌が立つような感覚と、握られた腕に残った不快感は、確実にわたしに害を齎す種類のものだった。
それに似ていると言うことは、このヴィバルダスさまには、それに近しいものがあるのだろう。
護衛弟は、よくわたしに向かって「警戒心がなさすぎる!」と言うが、それを改めて否定させていただきたい。
わたしが警戒しないのは、警戒しなくても大丈夫な相手のみだ。
出会ったばかりの人間でも、自分に害を与える種類の人ならば、こんなにも心と身体が反応する。
下手をすれば、やり過ぎてしまいそうなほど、自分の内から何かが溢れようとしているのを懸命に押さえつける。
ある意味、「魔封石」という石を使う予定ならば、やりすぎることはないだろう。
隠し持っているのは腰の右側にぶら下がっている小袋か。
あの袋から嫌な気配を感じる。
護衛兄がわたしに「識別」させた魔石ほどの脅威はなさそうだが、それでも、一度気付いたら、目が離せなくなるような不快感、忌避感を覚えるような雰囲気がそこにあった。
ヴィバルダスさまが平気なのは、あの小袋に特殊な効果があるのかもしれない。
護衛兄が原石を見せてくれた時にも布に包まれていたから、「魔封石」の影響を受けない布みたいなのもあるのだろう。
そして、アーキスフィーロさまの見立ても間違っていなかった。
ヴィバルダスさまの魔力が強い娘への対策は、間違いなく、「魔封石」だ。
先に現物を見たことがあったのと、事前に聞いていたから、覚悟を決めることはできる。
「お前がそこまで言うのなら、仕方ないが……」
当主さまはあまり気が進まないらしい。
息子が「魔封石」を使うことに気付いているのか、いないのか?
でも、魔法勝負に「魔封石」ってどうなんだろうね?
いや、護衛兄みたいに「魔法弾きの矢」と呼ばれるような物を持ちだす人だっているのだから、ルール的には有りなのかな?
まあ、どっちでも良いけど。
わたしの教育をしてくださっている方々はいつも言っておられる。
相手が自分を見下してくるなら、相手側に有利な場所に敢えて立った上で、全力を持って叩き伏せろ! ……と。
自分の領域で、絶対に勝てると思っている状況で、それが驚異的な力によって覆されれば、心を折りやすくなるそうな。
手心を加えて半端なことをすれば、相手が逆恨みしかねないので、やるからには完膚なきまでに叩きつけろ! ……とも、言われている。
わたしの教育者たちは実に過激なことをおっしゃる。
だが、同時に言っていることは尤もだと思ってしまうのだから、わたしに対する教育は十分なのだろう。
やられたらやり返す。
それは、人間界でもよく使われていた言葉であった。
さらには、「目には目を歯には歯を」という言葉すらある。
つまり、それは一般的な考えと言うことにしておこう。
「では、娘。準備は良いか?」
当主さまが声を掛けられた。
「はい」
わたしは、手に持った棒を握る。
恐らく、機会は一度だけ。
それに賭けようか。
失敗しても、ヴィバルダスさまの手から「魔封石」が離れ、わたしに再度使えなければ問題ないのだ。
「魔封石」は熱に弱いことは聞いているが、同時に高価な物でもある。
火魔法を使って、うっかり炭化させてしまって、弁済を求められるのも面倒だ。
かなり硬い物らしいので、少し激しい打撃を与えたところで簡単に欠けることもないだろう。
それなら、物理攻撃一択である。
わたしに剣術、棒術の心得はない。
護衛たちの動きを見ても同じ動きはできる気がしないし、精々、人間界にいた時、演劇部所属の友人から、殺陣の立ち回りの相手役として、体術や得物を持った際、見栄えのする動きを練習させられたぐらいだ。
実用的ではなく見栄え重視。
そんなものでは実戦に何の役にも立たないことぐらいは理解できている。
だが、わたしが、数年かけて研鑽したのは一つの技術。
それだけは、この世界の誰にも負けないと自負している。
まあ、この世界にない技術だからそれも当然だろうけど。
それでも、こればかりは、同じ技術を身に着けている水尾先輩にも、何事も器用にこなす護衛兄にも負けない程度の自信はあるのだ。
目の前にはニヤニヤした目をわたしに向けるヴィバルダスさま。
その視線がとんでもなく不快だった。
気に入られたことは悪くないのだろうけど、途轍もなく、気持ちが悪い。
―――― こっちを見ないで欲しい
心底、そう思った。
神官たちが「聖女の卵」に向けるものに似ている。
そして、いつもそんな視線から護ってくれる人たちはこの場にいない。
自分の身は自分で護る。
そんな基本に立ち返ろう。
さあ、行きますか!!
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




