家族の反対
「待たせたな!! さあ、始めるぞ!!」
そんな声とともに、わたしの背後にあった扉が開け放たれた。
「始めると言われましても、どのような形式でされる予定なのでしょうか?」
「あ?」
一言で模擬戦闘と口にしてもいろいろあるのだ。
それは魔法国家の王女殿下たちやわたしの護衛たちからも聞いている。
「道具を使って良いのでしょうか? それとも、道具無しでしょうか?」
始めに明確なルールを決めておかなければ、後で揉め事に繋がるだろう。
それでも、どこかの護衛兄のように「魔法弾きの矢」が許されることはないとも思っている。
「ならば、道具は一つだけ使えることにしよう」
「魔法の制限はどうしますか?」
一応、確認しておく。
アーキスフィーロさまが言ったように、ヴィバルダスさまが「魔封石」という魔石を使う予定ならば、制限は要らないと言うだろう。
だが、普通に考えれば、多分、必要になる話だ。
自慢ではないが、わたしはセントポーリア国王陛下の魔法にも耐えられるほど魔法耐性が強い。
そして、水属性の強力な魔法にも耐えられることは、先にアーキスフィーロさまが計ってくれている。
魔力が強く、家族にも持て余されるほどのアーキスフィーロさまが相手でもそんな状態だったのだ。
それよりも明らかに魔力が強くはないと思われるヴィバルダスさまではお話にならないと考えるべきであろう。
「不要だ。元より属性が違う」
一見、正論。
でも、その表情から、明らかに何かを考えていらっしゃることはよく分かる。
どこか背筋がゾワゾワするような笑みを浮かべていらっしゃるから。
「他に確認はないか?」
「この勝負でわたしが勝てば、アーキスフィーロさまの婚約者候補として認めてくださいますか?」
そこが大事だ。
ここまでやって、認められないなら別の手を考える必要が出てくる。
「候補……、だと?」
だが、不思議そうな顔をされた。
「はい。出会ったばかりでいきなり誼を結ぶよりは、お互いを知ってからの方が、アーキスフィーロさまのご負担も少ないと思いまして、ご提案させていただきました」
今回の話は、わたしとしては、婚約者候補でも、婚約者そのものでもどっちでも良い話である。
要は、ダルエスラーム王子殿下から逃げられたら良いのだ。
流石に異母妹と分かっているはずのわたしの命を狙うだけならともかく、妻にしようと本気で考えるような方は御免蒙りたい。
そして、それ以外でわたしに害がなければ、割と相手に拘っていなかった。
だが、アーキスフィーロさまの方は違う。
始めから、わたしを妻として愛することができないと言ったからにはそれなりの理由があるのだろう。
それならば、婚約者として縛らずに、婚約者候補に留めた方が、わたしのことが気に食わなかったとしても、解消しやすくなると思ったのだ。
「ここまで来たのに、ロットベルク家の妻の座を望まないというのか?」
「わたしは他国の人間です。努力はするつもりでいますが、どうしても、この家に馴染めない部分はあるでしょう。このまま、受け入れられることがなければ、ここから去るつもりです」
その場合は、ご縁がなかったというやつになる。
独り身になりそうなわたしのことを気にかけて、この話を進めてくれたトルクスタン王子には悪いけれど、合わなかったなら仕方ないと言い訳も立つ。
「ならば、勝てばこの家に留まることは認めてやる」
「お心遣い、ありがとうございます」
良し!
それだけでもちょっと違う。
先ほどまで反対されていたのだ。
いや、家の管理者である当主さまが反対しない限りは大丈夫だと思っていたのだけど、やはり、家族から反対されていると居心地は悪くなる。
今までと違って、わたしを傍で護ってくれる存在はいなくなってしまうのだ。
それならば、自分でも立ち回りを考えて動く必要があった。
「だが、俺が勝てば、お前を側妻としてやる」
はい?
今、変わった言葉を聞いた気がする。
え?
「側妻」って……?
「俺は近々王女殿下を娶る予定だからお前を正妻にしてやることは無理だ。だが、側妻なら何も問題はない」
ああ、正室と側室みたいな関係ってことですね?
流石、女性を下に置くことをなんとも思わない国だ。
考え方の根底が違い過ぎる。
なんとなく、アーキスフィーロさまを見た。
それに気付いてくれた彼は無言で首を振る。
次にトルクスタン王子を見た。
トルクスタン王子は呆れて言葉もなかったようだ。
これは、正妻を娶る前から愛人になれと言われたってことだ。
わたしは怒って良いのかもしれない。
だが、兄は「側妻」にすると言い、弟は「始めから愛するつもりがない」と言う。
もしかして、この国の基本的な考え方がこうなのだろうか?
なんとなく流れで、わたしたちの会話を待っていてくださっている当主さまと、前当主夫妻を見た。
当主さまは頭を抱え、前当主夫人は扇を口に当てて上品に目を細めているけど、笑っているわけではないようだ。
そして、前当主さまは厳しい瞳をヴィバルダスさまに向けている。
「さあ、魔力に自信がある娘よ。それで良いか?」
良くはない。
そんな不公平な話があってたまるかと言いたかった。
だけど、今後のためにはその鼻っ柱は叩き折っておきたい。
少しだけ思案する。
わたしが信頼する黒髪の御仁と、濃藍髪の御仁が二人して黒い笑みを浮かべて……「やれ!」と言った気がした。
さらに、もう一人の信頼している黒髪の青年は、溜息を吐きながらも「行け! 」と言ってくれた気がする。
良し!
わたしの脳内会議終了!
脳内だけど、信頼している人間の満場一致の意見。
相手の戦法は予測できているのだから、迷った方が負けだ。
「それで、ヴィバルダスさまが納得してくださるならば、わたしは受けるしかないのでしょうね」
「「シオリ嬢!?」」
まさか、わたしがそんな話を受けるとは思っていなかったのだろう。
トルクスタン王子とアーキスフィーロさまが同時に叫んでくれた。
「トルクスタン王子殿下。もともと、わたしは身分を持たない人間です。上の方からの申し出を断る権利を有していません」
だから、万一の時は、庇ってくださいね?
「アーキスフィーロさま。ご心配いただき、ありがとうございます。ですが、これを受け入れなければ、兄君は納得されないでしょう。ですから、仕方がないと応援してくださいませ」
そう言って、一礼した。
「このような一方的な話を受ける必要はありません」
アーキスフィーロさまはそう言ってくれた。
ああ、この方は正義感もある人だね。
「兄の方は時間をかけて私が説得します。ですからこんな……」
「アーキスフィーロさま」
わたしはそこからの言葉を遮る。
「大丈夫ですから、わたしを信じてください」
再会とはいえ、会って間もない関係でしかない。
でも、分かって欲しい。
この場を無事に乗り切ることが、わたしだけではなく、この先、アーキスフィーロさまのためにもなるのだと。
「わたしはアーキスフィーロさまの魔法にも耐えられた女ですよ?」
「ですが、兄が使おうとしている道具は恐らく……」
「わたしに魔法を使わせない手法ということも承知です」
思ったよりも食い下がられている。
この時点で、無口だった中学時代とはもう重ならない。
その辺りも、いろいろ事情があるのだと察する。
三年以上、会わなかった期間にこの青年の身に何があったのか?
いや、それ以上に、人間界にいた時の姿は、本来の姿ではなかったのかもしれない。
わたしの周りにいた人たちが、人間界で必要以上に素で接してくれていただけで、自分を偽る、誤魔化していた人だっていてもおかしくはないのだから。
「あ~、アーキス。もう、諦めろ」
「トルクスタン王子殿下。そうは言われましても……」
「その状態になったシオリ嬢は、王族の願いすら聞き入れない」
どの王族だろうか?
アリッサム、ジギタリス、ストレリチア、カルセオラリア、それとも、セントポーリア?
次々と関係者の顔が思い浮かぶ辺り、自分はかなり我儘を通して生きてきたんだなと実感する。
そして、それを許してくれていた人たちには感謝しかない。
「何より、これはシオリ嬢とヴィバルダスの問題だ。まだ婚約者でもない男は後ろに引っ込んでろ」
他国の王族として振舞うトルクスタン王子は、いつもとは全く違う雰囲気と言葉遣いだった。
そうだね。
あの護衛兄の友人やっているのだから、本当に情けない王族であるはずがないのだ。
「シオリ嬢」
その他国の王族は笑いながら……。
「力尽くで、この家の人間を黙らせろ」
お願いではなく、命令を下すものだから……。
「承知しました、トルクスタン王子殿下」
わたしはカルセオラリアの礼で答えたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




