王族の威圧
「ヴィバルダス。そろそろ口を慎め」
「あ……?」
トルクスタン王子の声と、周囲の空気が変わる。
それに対して、ヴィバルダスさまが少し顔を蒼褪めさせた。
意図的に、これまで押さえていた体内魔気を一気に放出して、ヴィバルダスさまを威圧しているようだ。
「エンゲルク。無関係な小物が騒いでいるようだが、改めて、シオリ嬢の紹介をさせてもらっても構わないだろうか?」
「なっ!?」
先ほどからの頭が痛くなるような発言の数々に、トルクスタン王子も流石に我慢できなかったらしい。
笑みを深めながら、ヴィバルダスさまを無視し、当主さまに声を掛ける。
まあ、このままだと話が進まない。
「御言葉、承りました。いえ、愚息がどうしても、アーキスフィーロの相手を見ておきたいと言ったものですから、立ち会わせたまでです」
「他国の人間がいるというのに、状況を弁えずに囀るのは誰の指導だ?」
「ローダンセ第三王子殿下でございます」
ちょっと待って?
いや、確かに側近だとは聞いているけど、それはないんじゃないの?
息子の教育は、ご自分の不足では?
「では、カルムバルク王子にお会いした時に、忠告しておこう」
「いえいえ、トルクスタン王子殿下にそんなお手間を取らせるわけにはまいりません。私の方から諫言としてお伝えしますので、どうか、この場はお納めください」
トルクスタン王子は王族だから、ローダンセの王族に対して公式、非公式問わず、面会を申し入れを行えば、会えなくはない立場だ。
そのことに思い至らず、王族のせいにしたのは良くないだろう。
そして、淀みなく断りの台詞を口にする辺り、こんな対応に慣れているように思える。
この国の貴族は皆こうなのか?
「俺の連れを侮辱しておいて、納めろ、と?」
トルクスタン王子の言葉と共に、周囲の空気がさらに変わる。
おおう?
今度はこの部屋全てに結界? ……のような空間が広がったことは分かった。
先ほどの特定個人への威圧の気配とは違うものだ。
寒いような熱いようなちょっと変な感覚。
まるで瞬間的に気温が切り替わっているようで、酷く心地が悪いが、まあ、これぐらいならなんとかなるかな?
わたしは少しだけ自分の意識を身の護りに置き、もともと装備している「体内魔気のまもり」を少しだけ変化させることにした。
えっと、意識的に体内魔気の調整をして、快適な温度ってこれぐらい?
この場で涼しい顔のままなのは、その気配の元となった、トルクスタン王子とその傍にいるアーキスフィーロさま、そして、前当主夫人のみだった。
それ以外の人たちは、いきなりの気温の変化に対応できないみたいで、その顔を蒼褪めさせたり紅潮させたりしている。
ヴィバルダスさまに至っては、その場で震えながら自分の両腕を抱き締めるような形にしたり、その腕を緩めたりとお忙しい様子。
当主さまは、机の上で両拳を握って耐えているようだけど、顔色の悪さは変わらない。
意外にも、前当主さまと思われる男性も椅子に座ったまま、その変化に対応しようとしているが、多分、横にいる夫人の手を借りている。
もしかして、あまり魔力が強くない方ってことかな?
「なあ? エンゲルク?」
トルクスタン王子がさらに笑みを深める。
王族って方々は、何故、怒る時ほど、口元に笑みを浮かべるのだろうか?
そして、当然ながらその目は笑っていない。
先ほどから放たれている空気に変化があったわけではないが、それでも当主さまが息を呑んだ。
トルクスタン王子による威圧のような体内魔気の解放が、多少、身の護りを強くすれば耐えられる程度のものであって、さらにわたしに直接向けられていないこともあるためか、「魔気の護り」は反応しなかった。
そして、自分の直接向けられていないモノで身の危険を覚えるものでもないなら、そこまで対応に困らない。
「トルクスタン王子殿下、そこまででよろしいのではないでしょうか?」
わたしはトルクスタン王子に近寄り、そう言葉を掛けた。
この方が怒るのも当然だと思うが、この場で関係のない人まで巻き込むのは忍びない。
貴族であるロットベルク家の面々がこんな状態なのだ。
その他の、壁沿いにいた執事や侍女たちは、既に、この場で倒れていた。
王族の体内魔気って、意識的に放てば、普通の人にはこれだけの凶器になることを実感する。
あれ?
そうなると、もっと分かりやすい攻撃っぽく見えるわたしの「魔気の護り乱れ撃ち」って本当はとんでもないモノってこと?
だけど、それが通用したことって、今までにないよね?
わたしの周囲には、どれだけ規格外が揃っているんだ?
今更だった。
公式、非公式を含めても、王族しかいない。
「う、動けるのか?」
当主さまが震える声で、多分、わたしに向かってそう言った。
「動けないのですか?」
思わず、何も考えずにそう答えてしまった。
いや、確かにさっきまで王族が意図的に体内魔気を威圧的に解放したら、普通の人には辛いことは意識していた。
実際、わたしも真央先輩の体内魔気の解放にやられたことはあるわけだし。
でも、そんな状況下で自分が動けることに、疑問を持たれることまでは、意識していなかったのだ。
トルクスタン王子は王族とはいっても、体内魔気がそこまで強くないという水尾先輩や真央先輩の言葉が頭にあったためである。
よくよく考えたら、あの二人と比べれば、ほとんどの王族が弱くなりますね!?
「紹介の手間が省けたな」
トルクスタン王子が苦笑する。
「エンゲルク、アルトリナ叔母上、フェルガル義叔父上。この女性がアーキスフィーロの婚約者候補として、私が連れてきたシオリ嬢です。先ほど体感されたとは思いますが、彼女は大変魔力が強く、その能力は我が妹であるメルリクアンをも上回ることでしょう」
そう言いながら、背中を押され、改めて、当主さまの前に立たされた。
挨拶は先ほどしたから、今度は礼を取るだけにする。
何度も同じ口上で挨拶されても面倒だろう。
「メルリクアン王女殿下より……?」
先ほどの気配から解放された当主さまは訝し気にそう言って、わたしの足元から顔を改めて見る。
「その貧相な娘が?」
これは、ちょっと怒っても良いかな?
だが、わたしが何かを言うより先に……。
「エンゲルク」
当主さまの背後から凛とした声が響いた。
そして、思ったより低い。
女性声優が出す少年声を、もう一段階、少し低くしたような感じだった。
でも、男声とはやはり違う。
オクターブ違いではなく、何音か下げたような声である。
先ほどのトルクスタン王子からの言葉と合わせても、その声の主が、アルトリナさまで間違いないらしい。
「そのシオリ嬢は、アーキスフィーロよりも身に着けている抑制石が多い。そんなことすらお前は分からないのか?」
その声に、水尾先輩に似た種類ものを感じた。
そして、既にお名前を覚えてくださってありがとうございます。
「よ、抑制石だと?」
ええ、付けています。
足にも、背中にもお腹にも。
外から見えないように身に着けていたのだけど、それを見抜かれたらしい。
やはり、離れてもカルセオラリアの王族ってことかな?
「アーキスフィーロ。確認は?」
「全て、無駄なく対処されました」
「それは見事」
いろいろ端折った言葉だが、アーキスフィーロさまはすぐに反応した。
あの体内魔気の護りを試したことらしい。
「よろしい。それならば、私は認めましょう」
「は、母上!?」
「お祖母様!?」
即断、即決したアルトリナさまに対して、ヴィバルダスさまと当主さまが反応する。
「トルクスタン王子殿下。よくぞ、我が期待に応えてくれました。感謝しましょう」
「勿体ない言葉にございます」
アルトリナさまの言葉に、トルクスタン王子は頭を下げる。
ローダンセの礼ではなく、カルセオラリアの礼で。
「シオリ嬢。アーキスフィーロのことをよろしくお願いいたします」
「承知しました。先ほど、ロットベルク家当主閣下にお伝えしたとおり、アーキスフィーロさまに誠心誠意お仕えさせていただきますので、よろしくお取り計らいくださいませ」
そう伝えながら、わたしはローダンセの礼をしながら膝を折る。
「貴方も、よろしいな?」
アルトリナさまは横にいた前当主さまにも確認する。
「あ、ああ。勿論だ。我が愛しのアルトリナ」
おおうっ!?
ここで、そんな惚気ちっくな御言葉を聞かされました。
しかも、年代的には祖父母世代なのに!!
どうやら、仲の良いご夫婦らしい。
他国からの政略的なことが絡んでいただろうに、いろいろドラマがありそうだね。
そして、ここで話は終わるかと思ったのだが……。
「ま、待て!! 俺はまだ納得してないぞ!!」
そんな言葉によって、話はまだまだ終わらないことを悟らされたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




