こちらの事情
「それでは、今度はこちらの事情をお話ししましょう」
わたしはアーキスフィーロさまにそう向き直った。
相手からの話だけを聞いて終わる気はない。
勿論、全てを話すつもりもないのだけど。
そして、ここで話す内容は、わたしの裁量に委ねられてしまった。
これからは、自分のことは自分でなんとかしろということだろう。
話し過ぎても、隠しすぎてもダメだというのは分かるが、その匙加減は大変難しい。
「アーキスフィーロさまは、わたしのことをどれくらいご存じでしょうか?」
まずは、そこを聞いてみる。
どれだけの情報を得ているか。
それによってどんな考えを持ったか。
話を聞けば、ある程度は分かるだろう。
それに対して、自分がどれだけ話すかを決めようとまず、思った。
「トルクスタン王子殿下からは、自分の友人の中では一番の魔力所持者だと伺っていました」
なるほど。
トルクスタン王子にとって、水尾先輩と真央先輩は友人枠に収まっていないらしい。
わたしの魔力は確かに強いけれど、魔法国家の王族たちにはまだ届いていないと思うから。
「出身については?」
これは、トルクスタン王子にはまだ詳しい部分を話してはいなかった。
そろそろ気づいてはいるだろうけど、そのことについて直接尋ねられたことはないし、こちらから言う予定もないのだ。
「セントポーリア出身とは聞いております。自分が信頼している友人が昔から仕えていたために、公式的な身分を持たずとも、それなりの血筋ではあるだろう、とも伺いました」
思わず、背後を見たくなった。
でも、多分、雄也さんはこれぐらいで表情を崩してはいないだろう。
トルクスタン王子は日頃から、雄也さんを信頼しているっぽいし、そんな言動も多々、見受けられる。
雄也さんから見れば、その評価は今更なのかもしれない。
「概ね、その見解は正しいです。わたしは私生児であり、昔から母親に育てられていました。父親と思われる人にはお会いしたことはありますが、認知はされておりません」
正しくは、母が認知を突っぱねているとも言う。
そして、認知してしまえば、国の事情に巻き込むことになると分かっているため、セントポーリア国王陛下も強制的には認知しようとしなかった。
仮令、どんなにわたしとセントポーリア国王陛下の魔力の質が似通っていても、セントポーリア国王陛下の直系親族しか抜けないはずの神剣「ドラオウス」をうっかり抜いてしまっても。
そして、父親が認知していない時点で、父親が貴族であっても、母親が貴族ではないために貴族籍にはなれない。
セントポーリアでは、王族の血を引けば、認知の有無に限らず、その血筋と魔力から例外が適用されるらしいけれど、現時点では当事者であるわたしと母にその気がないため、その例外にも当たらない。
ローダンセでは、父親が認知していない時点で、王族の血とか関係なく、母親に属する。
そして、父親不在の子を産んだ時点で、その女性は家から追い出されてしまうことも少なからずあるそうだ。
そして、ローダンセはそんな理由から一時的に聖堂の保護を受ける母子が他国に比べて少しばかり多いそうな。
これは、大神官である恭哉兄ちゃんからの話であった。
認知された庶子と異なり、認知されなかった私生児のほとんどが、母親が自らの意思で手放し、聖堂の「孤児院」で15歳まで過ごすことになるとも聞いている。
後から父親が我が子の存在を知って引き取る、認知してくれることもあるけれど、そんなケースは稀らしい。
愛情深い殿方なら、そんな関係になった女性と会えなくなった時点で気付き、認知をするだろうし、その子が自分の利となると判断すれば、母親が聖堂へ向かう前に手元に引き取るか、保護して近い場所に置くだろう。
因みに聖堂の保護を受けた母親は、法力の素質があれば見習神女になるし、素質がなくても、信者として、ストレリチアへ向かうことが多いらしい。
聖堂で一時的に保護されることによって、親から勘当、義絶されたと理解し、この国に留まる理由がなくなるわけだ。
そして、ストレリチアはそんな理由から信者となってしまった人に対して、手厚い保護がある。
全てを救うことはできなくても、この国にいるよりは、救われる人も多いだろう。
そんな話を聞いてしまうと、つくづく、自分の運の良さを実感する。
何も持たず、後ろ盾のなかった母親は、セントポーリア国内でも最大級の権力者に無事、保護され、生活基盤を作り上げた。
人間界に戻っても、逞しい母は、兄である人から援助はされたと思うけれど、それでも実家から遠く離れた地で自力で生活環境を整え、娘を育てている。
そのために、わたしも母子家庭ではあったものの、そこまでの苦労はなかったし、愛情も与えられたと思う。
「そのために、わたしには後ろ盾らしいものがありません」
つまりは名実ともに立派な庶民である!
いや、過保護な護衛たちはついているけどね。
「そのために、今回のアーキスフィーロさまとのお話は、わたし側にメリットは多いのですが、アーキスフィーロさまにとっては、魔力が強く頑丈な女が婚約者候補となる……、ぐらいの話なのですよね」
魔力の強さは自他共に認めるものだ。
そのために、わたしの身体は多少のことでは傷付かない。
「いえ、そんなことはありません」
ぬ?
アーキスフィーロさまが否定されましたよ?
「トルクスタン王子殿下が仰るには、高田さんは愛情深く、教養も豊かな女性で、できれば自分が娶りたいぐらいだそうです」
見合い相手に、何を吹き込んでいるんですかね、あの王子殿下。
「それに、俺自身も、中学時代の貴女を知っています」
ほへ?
なんか、意外な言葉が返ってきた。
「あの頃の高田さんは、何事も一生懸命で任された仕事に対しても丁寧に対応していました。努力家で、勉強も部活動にも手を抜かなかったことも、周囲の言葉に惑わされず、自分の意思を貫く強さを持っていることも知っています」
あれ?
思ったより、高評価?
いや、落ち着きがないとか、仕事が遅いとか、頑固とか、我が道を行くとか、人の話を聞かないとか散々なことを言われるかと思っていたよ?
中学時代のわたしは今より、ずっと子供だったから。
それに、部活動はともかく、勉強の方はもうちょっと頑張れた気はする。
「それにトルクスタン王子殿下の話では、シルヴァーレン大陸言語、ライファス大陸言語、グランフィルト大陸言語、ウォルダンテ大陸言語、スカルウォーク大陸言語は日常生活に差支えがないレベルで読むことができると聞いています」
いやいや、ウォルダンテ大陸言語はまだその域まで行ってません!!
もう少し、頑張らせてください!!
「文官でもないのに、そこまで学ぶのはこの国の男でも少ないことでしょう」
「各大陸言語を学んだのは、必要に駆られたからです。同じ状況になれば、誰でもできることですよ」
各大陸言語を学んだのは、それだけ、わたしが各大陸を転々としてきたからだ。
その地に赴いて、実際、文化にも触れている。
そのために、人間界にいた時よりは、学ぶ機会も多かっただろう。
何より、今、この背後にいる方が、定期的に、その時のわたしのレベルに合わせた本を渡してくれることが大きい。
読みやすく、興味深い書物が多いのだ。
最近では綺麗な絵が入っているものも増えたので、これは、わたしが絵を描くことを雄也さんが知ったからだろうと思っている。
しかも、好みの絵や色使い、筆触が多いのだ。
自分の趣味をしっかり読まれていることがよく分かる。
「必要に駆られた理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
ぬ?
必要に駆られた理由?
それは各大陸に渡ったからだけど、この世界の人は、あまり旅行をしないと聞いている。
それを言ったら、変に思われるかな?
わたしがどう答えてよいか、迷っていると……。
「それは、三年ほど前に、王城へと届けられた『手配書』に繋がりますか?」
アーキスフィーロさまがそんなことを言われたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




