家の事情
「まず、我が家の事情……俺の立場から話をしましょうか」
アーキスフィーロさまがそう言ったので、わたしは頷く。
「高田さんは、このロットベルク家の歴史については、どこまで話を聞いていますか?」
「トルクスタン王子殿下からは、先代御当主様にカルセオラリアの王妹殿下が嫁がれたことは伺っております」
これは、一般的な部分。
近年、ローダンセに住んでいる一定以上の人は知っているぐらいの常識的な話。
「わたしの家庭教師からは、ロットベルク家は、先代御当主さまが王家の弓として、守護の任を命じられ、国王陛下の貴き御身を御守りする親衛隊長に抜擢されたと習いました」
そうですよね? 雄也さん。
後ろを向いて、そう確認したいのを我慢する。
普通は「剣」と称されるが、この国は、弓術国家だ。
「剣」よりも「弓」の方が価値が高いそうな。
その点において複雑な気分になるのは、一応、剣術国家出身であること以上に、護衛である九十九がわたしの「剣」と言ってくれるからだろう。
数十年前、この国の親衛隊長として高く評価されることになったのが、先代ロットベルク家当主フェルガル=デスライン=ロットベルクさまである。
だが、強いだけならただの兵長どまりだった。
そこに相応の身分がなければ、親衛隊……、王族の傍に侍ることなど許されない。
言葉は悪いが、身分というのは、血筋の品質保証だ。
親衛隊長や近衛隊長と呼ばれる地位はそういうものである。
だが、先代ロットベルク家当主は、その身分がなかった。
そのために、ローダンセは自国の王族からではなく、他国の王族を娶るように言ったらしい。
そうして、王族の側に置く身分を獲得させたということになる。
婚姻相手の身分が釣り合わない時に、他家へ養子縁組をさせて均衡を図るようなものだろう。
そして、その他国の王族というのが、アーキスフィーロさまの祖母にして、トルクスタン王子の叔母であるアリトルナ=リーゼ=カルセオラリアさまというわけだ。
さらに言えば、今回の話の発起人とも聞いている。
「先代当主の話まではご存じなのですね」
「付け焼刃ですけれどね」
ローダンセの歴史はセントポーリアほどではないが、それでも短くもない。
その中の一貴族の話を調べるのも容易ではないのだ。
寧ろ、この話を持ってきたトルクスタン王子よりも、雄也さんの方が詳しかった。
それはそれでどうなのかという話だが、それも珍しいことではないので、今更突っ込む気も起きない。
「現当主については何か知っていますか?」
「アーキスフィーロさまの父君エンゲルク=サフラ=ロットベルクさまのことですね。現ローダンセ国王陛下にお仕えして、その覚えも目出度いと伺っております」
そうでなければ、長子に自分の娘を降嫁する家に選ばないだろう。
尤、雄也さんが調べたところ、始めはその話もアーキスフィーロさまへの話だったらしい。
魔力の強さ、年齢から考えても、釣り合うから。
だが、アーキスフィーロさまの魔力が強すぎた。
その話が持ち上がり、顔合わせの時点で、当時8歳のアーキスフィーロさまは、3歳下の「トゥーベル=イルク=ローダンセ」王女殿下を体内魔気の護りで泣かせてしまったらしい。
話を聞けば、仕方がないとは思う。
王女殿下が、彼の顔に舞い上がって、心にもない言葉をぶつけまくってしまったそうだ。
まだ5歳の幼児だ。
政略とかそんなものを理解はしにくい。
だけど、アーキスフィーロの体内魔気は、それを自分に対する攻撃だと判断してしまった。
8歳といえば、この世界でもまだ未熟な心と体である。
つまり、今よりも体内魔気の制御が不能だったということだ。
それよりもっと昔の5歳の時は「魔力の暴走」によって自国の王子に怪我をさせてしまったことはトルクスタン王子からも聞いている。
それでも、王女殿下の方にも非があったと判断されなければ、王族への暴力行為として、アーキスフィーロさまは何らかの罰があっただろう。
でも、お咎めはなかったらしい。
周囲が公平な判断を下せる人間ばかりだったのか、彼を庇うような人がいたのか、もみ消すことができないほどの存在がその近くにいたのかは分からない。
結果として、文字通り、その話は水に流れ、兄の方との縁談となったそうな。
因みに、その話はトルクスタン王子も知らなかった。
雄也さんの情報源って絶対におかしいよね。
でも、その王女殿下との話がなくなった直後に、アーキスフィーロさまは別の女性と婚約することになったらしい。
その相手が、「マリアンヌ=ニタース=フェロニステ」さま。
この国の宰相の地位にいる「アストロカル=ラハン=フェロニステ」さまの第三令嬢である。
その方とは幼馴染で、昔からの付き合いがあり、アーキスフィーロさまの魔法に対する耐性が強かったために選ばれたらしい。
ところ、アーキスフィーロさまが人間界に戻って暫く、相手の不貞行為によって、一方的に婚約を解消されたと噂に聞いたと雄也さんは言っていた。
でも、それ以外の噂では、「アーキスフィーロさまの魔力暴走によって、マリアンヌさまが傷つけられたための婚約破棄」という話もあるらしい。
トルクスタン王子は、アーキスフィーロさま自身から、「自分のせいで、その相手を、けがさせてしまった」と聞いたらしいから、恐らく、こっちの噂の方が近いのだろう。
あの雄也さんでも、離れた場所からでは、正しい情報を仕入れるって大変なんだね。
「トルクスタン王子殿下は、本当に真面目に探してくれたのですね」
ぬ?
何故、ここでトルクスタン王子の話?
「ロットベルク家についての認識はそれで合っています。それでは、内情をお話ししましょう」
そう言って、アーキスフィーロさまは一度、お茶を飲んだ。
「今から言う言葉は他言無用でお願いします。そちらの従者殿も」
「はい」
「承知しました」
アーキスフィーロさまの言葉に、わたしと背後にいた雄也さんが答える。
「現在、このロットベルク家には、勇猛な先代当主と果敢な先代当主夫人。そして、どうしようもないほど金遣いが荒く女好きの当主とそれによく似た長子。さらに家のことに無関心な当主夫人が存在します」
どうしよう?
余計な情報が入ってきたのは分かった。
前半までは良かった気がするが、後半はあまり良くない。
そして、そんな情報を真顔で感情のない口調で言わないでほしい。
対応に困る。
「さらに、先代当主の兄弟姉妹が、定期的に金の無心に来ます」
困ったことに、救いようがない情報が追加されました。
こんな時にどんな顔をすれば良いの?
笑えば良い?
「俺の婚約者となる女性は、それらと戦ってもらう必要があります」
物理とか魔法の話ではないよね?
嫁姑問題以上の面倒さを感じる。
「それは、その人たちの行動を黙認しろという意味でしょうか?」
「いいえ。可能ならば制御を願いたいところですが、難しいでしょうね」
まあ、身内で片付かない話だからね。
部外者に抑えろっていうのは無理だとわたしも思う。
「当主と兄は、先代当主夫妻の前ではその姿を見せていません。当主夫人に関しては、婚約時点の約束ということで、放置、容認されれているのが現状です」
なるほど。
堂々とせずに隠してはいるのか。
それだけ、先代当主夫妻の力がまだ大きいということだろう。
当主夫人の方はちょっとわからないけれど、家のことに無関心っていうなら、子育てをしなかったとか、当主のお手伝いや、夫人のお仕事をしないとかそんな感じなのかな?
「先代当主の兄弟は、先代当主がいない時を見計らって、この家にやってきます」
先代当主の力がそれだけすごいってことだね。
まあ、先代当主は話を聞いた限り、「武」の人だ。
絶対的な力って怖いよね。
「そして、当主の二男は『呪われた子』として、周囲から恐れられ、魔力が強くなった今では、あまり表に出ません」
「『呪われた子』……ですか?」
「そうです。昔から、そう呼ばれてきました」
なんとなく、リヒトを思い出した。
白い肌の長耳族の中で、一人だけ黒い肌の長耳族。
その色が、不吉だ、災いだと思われ、かなり長い間、同族から虐げられていたという。
多分、魔力が強く、暴走しやすいからだとは思うけれど、魔法国家の王女殿下たちの話では、そんな人はそこまで珍しくもないらしい。
まあ、王族を傷つけることができるほど強いとなると、さすがにそんなに多くもないとも言っていたけど。
「これは、この国でも知る人間は王族と一部の貴族だけが知る話なのですが……」
アーキスフィーロさまはそう言いながら、俯き……。
「俺は、そこにいるだけで、他人の心を狂わせてしまう性質を持っています」
そんな言葉を苦し気に吐いたのだった。
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