同級生からの褒め言葉
「つまり、貴女には心を寄せる相手がいないということで間違いはないでしょうか?」
改めて、アーキスフィーロさまに問いかけられた。
「現時点で、恋人と呼べる男性はいませんね」
心を寄せるというのはよく分からない。
それは、ずっと前から自分の中にもある疑問だ。
好きな人はいっぱいいるのだと思う。
でも、それが恋か? ……と、問われたら、「へ?」と、疑問が最初に浮かんでしまうのが、今のわたしの現状だった。
「それに、わたしに、恋人がいたなら、トルクスタン王子殿下からこの話は出なかったと思います」
トルクスタン王子からは何度も確認された。
本当に良いのか? ……と。
あの王子殿下は、わたしに選択の余地を残してくれたのだ。
「わたしとしてはずっと独り身でも良かったのですが、トルクスタン王子が、それは『勿体ない』とおっしゃられたのが始まりですね」
それも何度も言われた。
ついでに、「ヤツらにくれてやるのも惜しい」とも言われているけど。
どうしても、トルクスタン王子は、わたしが護衛兄弟たちと一緒にいるのは許せないようだ。
その辺りがよく分からない。
「独り身……? それは、確かに勿体ないことだと俺も思います」
へ?
「高田さんは、昔から、魅力的な女性なのに……」
へ?
え?
ああ、そうか。
社交辞令、社交辞令。
相手を褒めるのは貴族のお約束だって、周囲は言っている。
「アーキスフィーロさまはお上手ですね」
そう答えるに留めた。
いやいや、同級生からの褒め言葉は、本当に心臓に悪い。
慣れたつもりでも、それを言う相手が替わると、やっぱり動揺してしまう。
「ですが、魅力という点では、アーキスフィーロさまにはとても敵いません」
わたしはお茶を飲みつつも、そう話す。
「そんなことは……」
「中学の時の弓道姿は素人目で見ても、震えるほどだったと記憶しています。特に矢を放った後、目を逸らすことができないほど静かで自然で、そして、とても綺麗でした」
あの姿は本当に忘れられない。
弓道場は見えやすい場所にあったから、部活帰りに意外と見えたのだ。
凄く静かで、「明鏡止水」という言葉がなんとなく頭に浮かんで……。
「弓道経験者の友人も息を呑むほどだったと絶賛していたぐらいなので、相当な腕だと思っていました」
あの自信家なソウが、名前しか知らない程度の他人を褒めていたのだ。
「弓道をしていた姿を魅力的だったと言われたのは、初めてです」
あれ?
そうなの?
いやいやいや、この青年は中学時代、かなりモテていた。
無口だけど、この顔で、頭も良く、さらに弓道部でも好成績。
それなのに、褒められたことがない?
「他の人間が俺の話をする時は、まず魔力の強さを話題にします。次に、この家の話。そして、顔……、ですね」
おおう。
それはこの世界の人間基準だからだろう。
魔力の強さはいつでも、どこでも、その人の出自に関係なく、出てくる話題である。
そして、家の話は貴族だから仕方ないね。
でも、顔、顔か~。
それは美形の宿命だと思って諦めて欲しい。
「わたしがアーキスフィーロさまについて語るなら、弓道、容姿、性格の順に話題にしますね」
思わず、そう零れた。
……あれ?
アーキスフィーロさまが下を向いたよ?
「容姿……は、高田さんでも外せなかったんですね」
はうあっ!?
確かに割と失礼なことを、さらりと言ってしまった。
いやいや、待て待て。
ワカのような意味で言っているわけではない。
確かに顔は大事。
だけど、それ以外の理由もちゃんとあるのだ。
「人は第一印象を大事にすると聞きます。そうなると、どうしても容姿は話題にしやすくなりますよね。特にアーキスフィーロさまは綺麗な顔立ちをしていますから、お相手も褒めやすいでしょうし」
でも、この方は、顔だけではない。
均整の取れた体つきは、細くはなく、太すぎでもなく、今でも運動している人のそれである。
先ほどの模擬戦闘では分からなかったけれど、本来のこの方は、動きながら魔法を放つタイプだと思う。
剣や槍を使う感じではないけれど、別の武器を使っても驚かない。
でも、一番、イメージに合うのはどうしても、弓だ。
やはり最初の印象は簡単には消えないということらしい。
「身体も鍛えていらっしゃるようですので、その方面からも褒められるのではないでしょうか?」
「鍛えて……?」
何故か、ぼんやりと不思議そうな顔をされた。
いや、もしかしてこの表情が普通なのかな?
人間界でもそんなに付き合いがあったわけではない。
ほとんど遠目から見た程度の関係。
言葉を交わしたのも数える程度。
それなのに、今、こんなにも話しているのは不思議だね。
「前腕筋、上腕三頭筋、三角筋、広背筋、大胸筋など、上半身を中心にかなり鍛えられているとお見受けしました」
特に三角筋と上腕三頭筋は、服の上からでもよく分かるほどの筋肉の形だ。
「弓道に必要な筋肉ですからね」
アーキスフィーロさまは柔らかく笑った。
「今も、弓道を続けられているのですか?」
「はい。ですが、もう三年指導を受けておりません。そのため、もう正しい形のままではないでしょうね」
そうか。
この世界に弓道はない。
だから、どうしても、最終的には我流になってしまうのは仕方ないとは思う。
「それでも、好きになったら、簡単には止められませんよね」
少なくともわたしはそうだった。
ソフトボールも、漫画を描くことも、今となっては我流でしかない。
それでも、その機会が差し伸べられたら、迷わず掴んでしまう程度に、諦められなかった。
この世界では無意味な物。
それでも、手放すことなどできなかった。
「そうですね。王子殿下に付き従ってあの世界に行って、和弓……、いえ、弓道というものに魅せられました。武道でありながら、心身の鍛錬の場でもあり、礼節を重んじるという考え方が好きです」
そう言えば、どこかの誰かも言っていたね。
―――― 弓道は中てる技術を競うように見えるが、根幹は心身の鍛錬だ
あの赤い髪の青年も、そんな部分に惹かれたのだろうか?
「また見てみたいと思います」
「え……?」
「アーキスフィーロさまの弓道は本当に綺麗だったので。弓道のことに詳しくなくても、もう一度見たいと思っていました」
確かに、見える位置にあった弓道部。
だが、それは、わたし以外の生徒たちも同様で……。
中学一年生時代はそうでもなかったけれど、二年に上がった頃には、人だかりができるほどだった。
そこまで人が集まれば、興味がない人間だって気になるだろう。
その人を集める要因を一目見たいと思うようになる。
そして、その場所にいた要因たちは、さらに集まった生徒たちの心を掴んでいったらしい。
そのため、わたしは、たまたま人がいない時に見たぐらいだ。
あの熱気の中、背が低い人間が、そこまで興味があるわけでもないスポーツの見学ってかなり辛いのだ。
それでも、ゆっくり見ることができるなら、じっくり見たいと思う。
少しだけ見たこの青年が弓を構えて放った後の姿が、本当に綺麗だったから。
「今日は、時間がなく無理ですが……」
「え……?」
「話を終え、この書類を片付けた後……。そうですね、2,3日後なら恐らく、余裕ができると思います。その時でよろしければ、是非、高田さんに見ていただきたいです」
あれ?
見せてもらえるの?
今日は無理なのに?
「まずは、これからの話を纏めましょうか。その上で、我が家に、ご滞在ください」
「それは、ご迷惑ではないでしょうか?」
わたしたちは宿泊施設に泊まることに慣れている。
だから、今回はそこに泊まると思っていたのだけど……。
「トルクスタン王子殿下もそのつもりだと思われます。カルセオラリアの王子殿下であるあの方を、他の屋敷に泊めるわけにはいきませんから」
それは確かに。
今回、トルクスタン王子は、親戚に関することでこの国に入国している。
つまり、私事だ。
そのために、王族が本来、向かうべき王城には向かう予定がない。
そして、城下にその親戚がいるのに、普通の宿泊施設なんか利用したら……、確かに、世間様がなんと言うか分からないね。
他国の王族と不仲説が流れるだけでも、結構なダメージだろう。
あるいは、あの家は王族を持て成すことができないのか……という方向性でも、ダメージが大きそうだ。
「トルクスタン王子殿下はそうかもしれませんが、わたしは……」
「こんな俺の、婚約者候補として、来てくださった方なのに、すぐにお帰りいただくわけにはいきません。行き届かない面は多々あるかと存じますが、暫く、ご滞在、いただけないでしょうか?」
ぬ?
そういうものなの?
「それに、まだ、俺は高田さんのことをよく知りません」
それはそうだ。
中学時代もそこまで言葉を交わしたわけではない。
わたしが知るこの青年のほとんどは伝聞だ。
まあ、あの頃に、この青年と言葉を交わすことができた同級生はどれぐらいいたのかも分からないけれど、少なくとも、同じローダンセの人間とは話していたことだろう。
事実、この青年は、あの頃よりもずっとわたしに話しかけている。
トルクスタン王子との時は、あんなにも言葉少なだったのに。
「だから、まずは話しましょうか」
確かに、会話は大事だ。
「はい、アーキスフィーロさま」
わたしはそう答えたのだった。
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