それぞれの従者
さて、再び、アーキスフィーロさまの書斎である。
先ほどと同じように、書類は山積みのまま。
処理していないのだから、当然なのだけど。
このままで大丈夫なのだろうか?
ちょっと他人事ながら心配になってくる。
「ああ、これが気になりますか?」
わたしの視線に気付いたのか、アーキスフィーロさまは、書類を見た。
「これらの書類は兄からの嫌がらせのようなものだから、気にしなくても良いですよ」
おおう、嫌がらせとな?
逆に気になることを言われてしまった。
「セヴェロ。悪いが、この場にテーブルと、椅子を準備できるか?」
「はい。畏まりました」
セヴェロさんは一礼して、部屋の真ん中に高級感溢れるテーブルセットを出した。
尤も、この場に出された椅子は二脚。
従者たちを座らせるつもりはないらしい。
「お茶は、お前には無理だな」
「はい!!」
清々しくも、堂々とした元気の良い返答である。
「高田さん、俺が淹れても大丈夫でしょうか?」
「はい」
アーキスフィーロさまは、お茶を淹れることができる人らしい。
わたしが淹れようとも思ったけれど、一応、客なのでそれは良くないと思った。
わたしの背後に立っている雄也さんも淹れることはできるけど、今回はトルクスタン王子の従者として来ているし、今は、話の立ち合いのためにこの場にいるので、ここで動く気はないようだ。
「屋敷の方に行けば、お茶の準備もできる従僕や給仕がいるのですが、セヴェロはまだ見習いなので、お目こぼししてください」
そう言いながら、わたしの前に差し出された。
「セヴェロ、先に」
「はい!!」
そう言って、セヴェロさんが先にお茶を飲む。
これは、毒見か。
でも、必要ないと思う。
アーキスフィーロさまがわたしを害する意味はないだろう。
「大丈夫です!!」
「声が大きい」
アーキスフィーロさまは表情からは分からないけれど、その言葉から、ちょっと呆れているような気がした。
どうやら、本当にセヴェロさんは見習いらしい。
確かに、ちょっと若いからね。
「それでは、どうぞ。お口にあえば嬉しいです」
少しだけ貴族的な笑みを浮かべるアーキスフィーロさま。
「いただきます」
わたしはその茶色いお茶を口に含んだ。
うん、普通!!
だが、不味くもない!!
飲める味!!
それでも、そう口にするわけにはいかないので……。
「お心遣いに感謝いたします」
そう言いながら、微笑むだけに留めた。
この世界では、人が飲めるお茶を出せるだけでも素晴らしいと、魔法国家の王女殿下たちが証明してくださっているから。
そして、お茶菓子はないらしい。
まあ、この世界ではお菓子は大変、珍しいことは知っている。
普通にお茶だけでなく、毎回、お茶菓子が出てくるわたしの環境がおかしいだけだ。
そして、それに慣れなければいけないのか。
わたしの護衛は、この国ではわたしのために動けない。
改めて、溜息が出そうになるのを我慢する。
「まず、先に確認しておきたいことがあります」
「なんでしょうか?」
アーキスフィーロさまからの言葉に、わたしは顔を上げた。
「高田さんは、この話を承知すると言うことで本当に良いのですか?」
「いいえ」
問われたことに対して、否定の意思を示す。
「わたしが先に聞いていたお話といろいろ異なるようなので、まずはそちらのお話を伺ってから改めて考えようかと思っております」
その前提が行き違っている以上、承知、不承知の話にできないだろう。
ロットベルク家からお願いされて来たと思っていたのに、この様子だと、家自体に歓迎されていないことはよく分かった。
しかも、「妻として愛せない」と言われて、それでも構わないと返答しようとすれば、戸惑われる。
さらに、先ほどの模擬戦闘に近い体内魔気の判定だ。
ここまでされて、「全てを丸呑みします」とは、わたしもあまり言いたくはなかった。
せめて、そちらの意思確認こそ先にしたい。
この話をぶち壊したいのか、そうではないのか。
壊したいなら、壊したいで協力するし、従うならそれでも良い。
「そうではなく……、その……」
アーキスフィーロさまは困ったように言葉を探している。
そのために暫し、待つ。
言いたいことは、自分の中から見つけるのが一番だから。
「貴女には想う人がいるのではないですか?」
「いませんよ」
はて?
何故か、断言された。
だが、わたしが知る限り、その心当たりがない。
トルクスタン王子が何か吹き込んだ?
そうだとしたら、その候補は、あの護衛兄弟のどちらか……、かな?
「人間界で、恋人がいたでしょう?」
「恋人?」
この場合、彼氏……、だよね?
それならば……。
「あの人はわたしの護衛です」
「護衛?」
不思議そうに問い返された。
「あの時期、わたしはちょっとトラブルに巻き込まれていたために、幼馴染が護衛をしても不自然ではない理由を考えてくれただけです」
多分、九十九のことだと当たりを付ける。
あの頃は、確かに「彼氏(仮)」だった。
でも、それも卒業する直前だったし、それを知っている人間の方が少ないとは思っていたのだけど……。
他者に興味がないように見えて、意外と見ていたようだ。
でも、彼は王族の従者として選ばれていたのだ。
視野が狭く、情報収集もできないようでは困るか。
「真夜中に、二人で空を飛んでいたことがあったでしょう?」
おおうぅ!?
アレも見ていたのか。
人間界の最後の夜。
確かに、わたしは九十九と過ごしていた。
魔力の気配に敏感な人なら、アレを目撃していた可能性は高い。
人間界で魔法を堂々と使う人自体が珍しいのだから。
その出所を確認しようとして、身体強化をしてでも探すことだろう。
それが分からないはずの九十九ではないはずなのに、どうして、あの時、彼はあんなことをしたのだろうか?
「あれは人間界最後の夜に思い出作りでした」
「思い出……、作り?」
アーキスフィーロさまがさらに問いかけてくる。
「はい。あの日、護衛は、わたしが育った町を上から見るか? ……と、言ってくれて……」
話していくと少しずつ思い出していくから不思議だ。
忘れていたことも、忘れられないことも、同じように思い出せるになる。
この世界へ行くと決めた最後の夜に、わたしから誘って、中学校へ歩いて行って、そして移動魔法で校舎の屋上へ行った後……。
「腹筋を鍛えられました」
「腹筋……」
「最初は、あの人の肩に担がれていましたから」
今、思い出しても、あれは本当に酷かった。
それを見ていたというソウだって、「かなり情緒のねえ抱き上げ方」と言っていたぐらいなのだから、わたしの感覚も間違っていないのだろう。
「これらのことから、少なくとも、恋人の扱いではなかったと理解していただけるかと思います」
主人としての扱いでもない気がするけれど、そこは今更だ。
いや、今なら「お姫さま抱っこ」をしてくれることも知っている。
今のわたしは、「ちょっと壊れやすい物」から「貴重品」へと変わっているから。
いや、あれって、多分、わたし自身が魔力の封印を解放したために、魔気の護りが働くようになったからかなとも思う。
お姫さま抱っこをされるようになったのは、それからだったから。
彼が自分の両腕を塞いでいても、わたしを護り切れる確率が上がっているということだろう。
「しかし、異性の護衛とは……」
「わが国でも、異性の護衛、従者は多くはありませんが、事情があってわたしに付けられた護衛は異性でした。この国では護衛を含めた従者は、異性のみという話を伺っているため、ご理解は難しいことも承知です」
異性が護衛に就くことがなければ、その考えには至らないことに今更ながら気が付いた。
真夜中に、一応、15歳以上の男女が二人でいたこと自体が、そんな関係に見られる可能性はある。
でも、同時にこの青年には、人間界の知識もあるのだ。
言葉を尽くせば、納得はできなくても、他国の文化として理解はできるだろう。
実際、他国で異性の護衛自体は珍しくない。
神官の多いストレリチアなんて、女性の護衛自体が珍しいのだ。
そして、魔力の強い女性が多いアリッサムは、その逆で、王配に女性の護衛騎士が付くこともよくある話だったそうだ。
「ですが、自分の名誉のためにも、あの夜にわたしが一緒にいた男性は恋人ではなかったとだけお伝えさせていただきます」
わたしはそう言い切ったのだった。
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