人払い
「高田さんの魔法耐性が異常に強いことは理解しました」
アーキスフィーロさまはそう言って、わたしに頭を下げる。
しかし、「非常に強い」ではなく、「異常に強い」とは一体……。
「いずれにしても、私の一存では決めることができません。そこまでの魔力の持ち主ならば、祖母は納得するでしょう。ですが、私の父と兄はもともと今回の話については反対の立場でした。そのため、なんと言うか分からないのです」
頭を下げたままでそう続けた。
まるで、先ほどと逆だね。
思わず、そう口にしたくなるのを我慢する。
ローダンセは男性優位の国だ。
女性に頭を下げるのは、ある種の屈辱を覚える人もいるという。
実際、この青年に仕えている少年が慌てている姿が目に入った。
「お頭を上げてください、アーキスフィーロさま」
わたしも頭を下げられるのは慣れていない。
「少し、込み入ったことをお話したいのですが、よろしいでしょうか?」
「込み入ったこと……ですか?」
「はい。具体的には、先ほど、アーキスフィーロさまがおっしゃった、ロットベルク家のお考えについて……ですね」
そう言うと、アーキスフィーロさまはわたしではなく、周囲を見た。
「勿論、貴女にそれをお伝えする必要はあるかと思いますが、できれば、人払いをした上で、お願いしたいです」
人払い……。
この場にはアーキスフィーロさまの関係者は、後ろに控えている少年だけ。
それ以外は、全てトルクスタン王子の関係者……、に見せかけて、実はわたしの関係者しかいない。
「貴女と二人でならば、お話ししましょう」
「待て。それは駄目だ」
わたしが返答するよりも先に、トルクスタン王子が反対する。
「シオリ嬢は未婚女性だ。お前が確実に彼女を婚約者とするならともかく、現段階で二人きりでの密談は許容できない」
密談……、そうなるのか。
「それに、俺は今回の話の仲立ち……、仲介者だ。さらにアルトリナ叔母上の縁戚でもある。ロットベルク家の意向を聞く権利はあると思うが?」
「トルクスタン王子殿下が祖母の言葉に振り回されない方ならばそれで良いでしょう。ですが……、違いますよね?」
ふむ。
昔よりもずっと長台詞。
思ったよりも話す人だったらしい。
いや、必要な時だから、話しているのかな?
「アーキスフィーロさま。そちらの従者の方の同席は可能でしょうか?」
「セヴェロを……ですか?」
わたしが少年を見ながら、そう言うと、アーキスフィーロさまは考え込んでしまった。
どうやら、その少年は「セヴェロ」という名前らしい。
「分かりました。それならば、トルクスタン王子殿下の従者からも一人、お借りした方がよろしいですね」
「俺ではなく、従者か?」
「はい。トルクスタン王子殿下は祖母の影響下にあります。従者の方もそうでしょうが、決定権はありません。この場の話の立ち合いだけならば、口の堅い従者でも十分でしょう」
つまり、口の堅い従者を選べ、と。
「それなら、ユーヤだな」
迷いもなく、トルクスタン王子は選んだ。
そして、この様子だと、自分が立ち会わない点はそこまで大きな問題ではないらしい。
「ユーヤに頼んで良いな?」
「承知しました、トルクスタン王子殿下」
ご指名された雄也さんは膝をついて、カルセオラリアの礼をする。
誰がついてきてくれても大丈夫だったけれど、雄也さんなら安心だ。
状況的に助言とかは無理だろうけど、近くにいるだけで心強い。
「悪いが、セヴェロも立ち会ってくれ」
「承知いたしました。アーキスフィーロ様」
セヴェロさんもローダンセの礼をする。
そんなわけで、アーキスフィーロさまとセヴェロさんが先に隣の部屋へ行き、わたしと雄也さんも行くことになったわけだけど……。
「雄也、ごめんなさい。巻き込みました」
「いいえ、貴女の付き添いとして選ばれたことは光栄です」
雄也さんはわたしに手を差し伸べながら、柔らかく微笑む。
「ぬ?」
「トルクスタン王子殿下の名代として、できるかぎりシオリ様のお側にいましょう」
ああ、付き添い行為か。
差し出された手の上に、わたしも手を乗せれば良いんだっけ。
先ほどまではトルクスタン王子がしてくれたことを今度は雄也さんがしてくれるらしい。
「だが、お前は発言するつもりはないのだろう?」
トルクスタン王子が改めて確認する。
「無駄に囀るだけが、従者の仕事ではありません」
うん。
傍にいてくれるだけで良い。
それだけで、わたしは安心できる。
だから、迷わず雄也さんの手に自分の手を重ねた。
「よろしくお願いします」
「はい。承知しました」
そう言いながら、わたしも雄也さんと共に隣室へ向かったのだった。
****
「さて、アーキスはシオリに何を吹き込むつもりやら……」
トルクスタン王子は閉められた隣室の扉を見つめながら、そう言った。
「トルクスタン王子殿下。気を抜きすぎですよ?」
真央さんが微笑みを浮かべながら、注意する。
そうだな。
ここは既に敵陣だ。
もしかしたら、この部屋も監視されている可能性はある。
だから、オレたちも気は抜けない。
「だが、腹は減った」
確かに朝、食っただけだからな。
時間は既に正午だ。
昼飯が食いたくなるのも分かるのだが……。
「他家で勝手に飲み食いなど、できるはずがないですよね?」
水尾さんが笑みを浮かべながら、トルクスタン王子にそう言った。
「そう言うルカも、腹が減っただろ?」
「問題はそこではないのです、トルクスタン王子殿下」
トルクスタン王子は水尾さんのことを「ルカ」と呼んだ。
偽名というほどではない。
ミオルカ王女殿下の「ルカ」だ。
いつも呼ぶ「ミオ」よりは、周囲に露見しにくいだろう。
そして、真央さんは「リア」。
由来は同じだ。
マオリア王女殿下の「リア」である。
「トルクスタン王子殿下は緊張感が足りません」
「緊張しても仕方ないだろ? アーキスの意見はある意味、納得ができるものだった。俺の首根っこをアルトリナ叔母上に掴まれている以上、叔母上の意に従う懸念はあるのだ」
確かに、頭が上がらないみたいだったもんな。
あの男にとっても自分に不利益となる人間に聞かせたくない話はあるだろう。
「ユーヤが付き添ったから大丈夫だ。全ては俺に伝わる」
「「伝わりますかね?」」
声を揃える双子。
あの兄貴だからな、そう思うのは無理もないだろう。
「必要なことなら伝えてくれるさ。私情で状況を見誤るヤツではない」
隠し事は多いけどな。
それでも、兄貴はトルクスタン王子の信用は得ているらしい。
まあ、今回はオレよりも兄貴の方が適任だということは間違いないとは思っている。
さて、そのアリッサムの王女殿下たちは、今、髪色や瞳、特徴を変えた上で、さらにデザイン違いの眼鏡をしているためにかなり印象が変わって、あまり双子っぽくは見えなくなっているけれど。
実は、水尾さんの身長が少し低くなっているのだ。
トルクスタン王子の作った薬によって、約5年、若返っているらしい。
5年前なら、水尾さんは14歳。
既にある程度、身長は伸びていたようだが、それでも今より5センチほど低い162、3ぐらいだと思われる。
そして、男装に近い姿。
いや、それでも女性的な身体の作りを誤魔化しているわけではないので、尋ねられても「女性」だと答えるらしい。
わざわざ聞く勇者がいるとは思えないが。
要は、ミオルカ王女殿下のイメージから離した上で、真央さんと双子と気付かれなければ良いのだ。
さらに、真央さんの方は、化粧で雰囲気を変えている。
その上で、二人して周囲に存在を気付かれにくくする眼鏡を掛けているために、すぐに誰かに見つかることはないだろう。
まあ、オレたちもその眼鏡をかけている。
ローダンセは人間界のあの町との繋がりがあると分かった以上、オレの周りにもこの世界の人間がいた可能性もあるからだ。
だが、髪の毛や瞳の色は変えていない。
この国は、黒髪、黒い瞳が多い。
金髪をあえて黒髪にしたりするらしい。
だから、黒髪以外の髪の色にしている方が目立つのだ。
水尾さんと真央さんが変えているのは、アリッサムの王族の特徴も黒髪、黒い瞳であるためである。
「ツクモは良いのですか?」
いつもと雰囲気が違う水尾さんが、丁寧に話しかけてくるので、少しむず痒い。
オレはこの時代の水尾さんを写真で見たことがあった。
彼女自身が持っていたアルバムを昔、見せてもらったから。
まさか、こんな形で会うことになるとは思わなかったけどな。
「あの場はユーヤが適任ですよ」
オレは向いていない。
変な反応をして警戒されるよりも、完全に隠しきる兄貴の方が絶対に良い。
それに、オレはあの男と栞が話す姿をあまり見たくはなかった。
長く延びた道の途中にいる人影。
風によってさわさわと揺れているイシューの穂。
息を弾ませながら、走ってきた栞が、顔を赤らめながらもそこにいた男に伝えようとする言葉。
―――― わたしは、あなたのことが……。
いつか、その先に続く言葉を現実に聞くことになっても。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




