耐性の確認
こうなることは予想していた。
だから、そこに何の違和感もない。
「高田さん。軽く、魔法を使わせてもらってもよろしいでしょうか?」
男のそんな確認に……。
「はい。どうぞ、お気遣いなく」
栞は丁寧に答えた。
相手の「魔気の護り」を確認するために、魔法をぶつけることはおかしな話ではない。
実際、セントポーリア国王陛下の時も、それで栞の魔法耐性を確認している。
後半、とんでもない魔法が飛び出していたが。
トルクスタン王子や真央さんと会った時は、水尾さんとの模擬戦闘という形で見せていた。
魔法耐性については、実際に魔法と接触しない限り、正しく分からない。
その人間が表面上、纏っている体内魔気以外の要素が絡むからだ。
そして、その言葉から、この男も治癒魔法の適性があるのだろう。
もしくは、そこの従僕が治癒魔法を使えるか。
そうでなければ、周囲にその確認もせずに、魔法を振るう宣言はないだろう。
尤も、オレは栞が傷付けられるとは欠片も思っていないが。
これまで、栞はセントポーリア国王陛下や水尾さんなど、王族が振るう魔法を見てきただけでなく、耐えてきたのだ。
普通の王族相手では話にもならないだろう。
「それでは、失礼します」
そう言いながら、頭を下げた男は……。
「水魔法」
水属性魔法の基本魔法となる呪文詠唱を口にする。
大きな球状の水の塊が現れ、ソレが形を歪めて、栞へと向かっていく。
兄貴の光球魔法よりも遅いため、栞が反応できないほどではないだろう。
しかも、的がでかい。
本来は相手を呑み込んで窒息を狙う系の魔法だと見た。
オレならもう少し小さく、顔ぐらいの大きさにするか。
できれば複数を維持したい。
そう思っている間に栞の身体にその水の塊がぶつかる。
オレの近くにいた従僕が、目を両手で覆ったのが見えた。
―――― あの程度でやられるような女じゃない。
栞の身体に当たったはずの水の塊は、一瞬で弾け飛んだ。
その身体は元の場所から全く動くことなく、ぶつかった衝撃で体勢を崩すことなく、当然ながら、その全身どころか、髪の毛すら濡れていない。
さらに言えば、「魔気の護り」を使わず、自前の魔法耐性だけで凌いだのだ。
これまで、魔力の強さに自信がある人間ほど、この事態は衝撃的だろう。
実際、オレの傍にいる従僕は目を見張っていた。
あの男の基本魔法が、あんなにあっさりと耐えられた姿を初めて見たのだろう。
もしくは、この従僕自身も食らったことがあるか?
基本魔法と言っても、魔力の強さで当然ながらその威力は大きく変わる。
それも主属性の魔法なら、基本魔法で一番、強力なものとなるだろう。
水尾さんの火魔法なんて、出された瞬間、防御態勢に入るほどのものだったりする。
しかも、この王女殿下は一つ一つが高威力のその魔法を微笑みながら大量に出すんだ。
模擬戦闘慣れしている人間は本当に質が悪い。
こちらが嫌がる気配を察して、それを平気でするんだからな。
「もう少し、強めます」
やはり、基本魔法一つだけで終わらなかったか。
魔法耐性を知るだけなら、基本魔法への対応だけである程度の予測は付くものなのだが、完全に耐えられてしまうと、逆に、それを計りにくくなる。
セントポーリア国王陛下もそこで、次に放つ「風魔法」の威力を一気に何段階も上げた。
始めに加減しすぎたというのもあるだろう。
栞は制御石の装飾品をいくつも身に着けている関係で、本来の体内魔気がちょっと計りにくいのだ。
それでも、オレは多分、この場にいる誰よりも、栞の体内魔気の状態も、魔法力の残量も正確に分かる。
「氷水魔法」
基本魔法の威力を上げるより、魔法を変えてきたか。
氷系魔法の基本魔法である「氷魔法」ではなく、氷系と水系の複合魔法である「氷水魔法」の方とはな。
だが、面白い。
先ほどの「水魔法」の中で、氷の塊が飛び交っている。
氷の強度、硬度によるが、あの勢いで当たると、普通に殴られるよりは痛そうだ。
栞は、一瞬、目を丸くしたけれど、すぐに笑った。
恐らく、「魔気の護り」に任せることにしたのだろう。
確かに、見た目は意外と凶悪な魔法ではあるが、結局のところ、魔力で作られた魔法には変わりない。
それ以上の魔力の塊に当てられては、その形を保つことは難しくなる。
尤も、「魔気の護り」すら働かずに、栞の表面に出ている「魔気の護り」だけで、飛散するだろう。
そう思っていたのだが、飛び散るどころか、霧消しやがった。
どれだけ、魔力差があったんだ?
「もう少し、上げます」
栞に変化がないことを確認して、男はホッとしたように息を吐いた後……。
「氷魔法」
今度こそ、氷系魔法の基本魔法を放った。
先ほどまでのように、手から直接、氷を放つのではなく、栞を氷で包もうとしやがったらしい。
だが、栞の魔法耐性は破られない。
彼女の周囲を護るように、氷はそこだけ溶けてしまった。
そして、やはりまだ「魔気の護り」の方は出ていない。
貴族の基本魔法ならこの程度と言うことだろう。
この魔法の使い方は「凍結魔法」に近かった。
魔法は想像力だ。
その人間が思い描く氷のイメージが、人を氷で包むこと……というのは不穏過ぎるが、ないことでもない。
魔法を契約する前に、氷柱、氷漬けのものを見ていたら、その可能性はある。
あるいは、身近にそんな氷魔法の使い手がいるか。
そして、最初に見た魔法のイメージというのは、そう簡単には拭えない。
それ以上、衝撃的な何かで塗り替えない限り、いつまでも、頭にこびりついて離れなくなるのだ。
オレは「氷魔法」は、氷柱に似た尖った氷の塊が出る。
これはミヤドリードが使っていたからだろう。
栞のように、「風」という単語から、次々と連想して形を変えていく方が稀なのだ。
「なるほど……。かなり魔法耐性が強いですね」
そんな小さな声。
そこにあった感情は……、恐らく歓喜だ。
自分の魔法に耐えられる存在を酷く喜んでいる声色だった。
そして……。
どふおぅっ!!
栞の内側からようやく、「魔気の護り」が放たれた。
今のは、無詠唱だったが……、恐らく、「氷結魔法」だ。
完全に栞の隙を突こうとして、先ほどその場に残っていた「氷魔法」を利用して強化しようとしやがった。
だけど、栞本人の意識はともかく、彼女の危機回避能力である「魔気の護り」がそれを阻んだ。
再び固まり大きくなろうとした氷の塊は、それ以上の空気の圧力によって、内側から、粉砕されたのだ。
やっぱり、あの女は深く考えない方が無駄なく強い。
いや、考えても強いけれど、たまに思考が変な方向へと進化するので、それはそれでやりにくいのだ。
「もう少し……」
さらに呟かれた言葉。
これは不味い。
先ほどから、ずっと嫌な予感がしている。
このまま突き進めばきっと……。
「氷嵐魔法」
激しい竜巻の中に、目に見えるほど大きな氷の塊。
だが、栞はニヤリと笑って、「魔気の護り」に任せた。
相手を侮っているわけではなく、純粋に嬉しいのだろう。
魔法を使えるようになって日が浅い彼女は、意外にも魔法での模擬戦闘を楽しむ節がある。
だが、彼女のことをよく知る人間ならば、かなり自信がない限り、あの手の魔法は使わないとは思う。
少なくとも、オレは絶対に使わない。
勝ち目がないからだ。
他属性魔法であっても、そこに「風」、「嵐」などの風属性要素が入れば、風属性が主体の栞にはあまり意味をなさない。
下手すると、他属性の効果すら薄れさせてしまう。
それだけの風属性魔法耐性を持っているのだ。
彼女に攻撃をしかけるなら、風属性魔法は、牽制、足止め程度しか効果はないために、それ以外の属性魔法を使うことをおすすめする。
「これでも、魔気の護りだけで……」
さらに零れ落ちる言葉。
先ほどまでの丁寧な言葉はどこにもなかった。
だが、そこにある喜色は消せない。
この男も戦闘狂か!?
だが、ここまで当たらないなら、多少の威力を上げたところで効果が見込めないことは分かるだろう。
そうなると、一気に最大限にまで魔法を引き上げるはずだ。
―――― 特大魔法が来るか!?
その気配に気付いた栞も身構えた。
さて、何が来る?
「津波魔法」
その瞬間、白い大波が栞に襲い掛かる。
予想よりも遥かに威力のある魔法。
並の人間なら、あの大波の衝撃によって一瞬で意識が刈り取られ、その四肢があらぬ方向へと引っ張られるだろう。
あるいは、波に巻き込まれ、上も下も分からぬうちに窒息するかもしれない。
だが、それすらも……。
「魔気の護り!!」
そのたった一言で、栞は耐え凌いでしまった。
いや、「魔気の護り」って、そんなもんじゃねえからな!?
それだけで、「魔法防御」が一気に上がるお前はおかしい!!
いつもの一言魔法のようで、実は、集中して意識的に自分の魔法防御を上げただけだった。
身構えれば物理的な防御が上がるように、魔法防御も魔法攻撃が来ると身構えていた方が耐性が上がる。
しかし、それだけで終わらなかった。
「氷河魔法」
次の言葉が続く。
部屋を覆い尽くすほどの巨大な氷の塊が……って、おい!?
これは、オレたちも巻き込まれる!?
自力で対処するかどうか迷ったが、その氷が一斉に栞の方へと流れ込むのを見て、彼女に任せることにした。
水尾さんや真央さんも一瞬、身構えた姿を見たが、自分へと向かわなかったことを確認して、警戒を解く。
兄貴とトルクスタン王子は始めから身構えてすらいない。
巻き込まれないことが分かっていたのだろう。
そして、分厚すぎる巨大な壁に周囲から一斉に迫られた栞は……。
「風属性盾魔法!!」
流石に「魔気の護り」だけでは、対処しきれないと判断したのか、彼女が持つ数少ない普通の? 魔法でそれらを全て、吹き飛ばしやがったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




