試される
アーキスフィーロさまは言った。
「私が配偶者となる女性に最も求めるのは、私の魔力暴走に耐えるだけの魔法耐性。それを貴女は持ち合わせていますか?」
そんな言葉を。
だが、それに対して答えたのは、わたしではなかった。
「あ~、アーキス」
ちょっと気まずそうに……。
「恐らく、俺が連れてきた奴らは皆、いつもの魔力暴走程度ならば、耐えられると思っている」
トルクスタン王子はそんなことを口にする。
「え……?」
そして、どこか茫然とした声を出したのは、アーキスフィーロさまではなく、背後にいた少年だった。
「中途半端な人間を連れてきて、何の意味がある? 何なら、この場で全員を試しても良いぞ?」
「全員を確認する必要ありませんし、この場で試すのは、少々、困りますね」
トルクスタン王子の言葉に、自分の傍にあった書類を見ながら答えるアーキスフィーロさま。
まあ、確かに仕事場で魔法を放つわけにはいかないだろう。
「それならば、最初に通った広間に行こう。そこなら、吹き飛ばしても、問題はないだろう?」
「吹き飛ばす……ですか?」
アーキスフィーロさまは首を傾げた。
恐らく、トルクスタン王子はわたしが、アーキスフィーロさまを吹き飛ばしてしまうことを想定しているのだろう。
いや、流石にいきなりふっ飛ばすようなことはしませんよ?
魔法耐性の確認で、どうしてそうなるの!?
でも、待って?
ここでわたしが負けたら?
魔力が強くて、他人を傷つけてしまうほどの人……なんだよね?
だけど、同時に、先ほどのアーキスフィーロさまの出した最も必要な条件の意味も理解する。
―――― 魔力暴走に耐えるだけの魔法耐性
アーキスフィーロさまはその魔力の強さから、魔力暴走を起こしやすいと聞いていた。
だから、それに耐えられなければ、配偶者として選ぶのはかなり難しくなる。
先ほどの、身体を試したいというのも、そういう意味なのだろう。
アーキスフィーロさまとしては、自分の魔力暴走に耐えられる女性を選んだ上で、その人を愛することはできない、と言っているってことか。
いや、それって、かなり難しいよね?
少なくとも、国内ではもういないらしいし。
話を聞いた限りだけど、下手すると、アーキスフィーロさまの魔力は、ローダンセの王族を越えている可能性もあるのだ。
「分からないなら、試すと良い。そう言った意味では、シオリ嬢の身体は、最高に具合が良い」
先ほどのトルクスタン王子の発言と相まって、ちょっと厭らしい意味に聞こえるのは、わたしの心が穢れているのでしょうか?
「承知しました。トルクスタン王子殿下がお勧めする女性。是非とも、その真髄を確認させていただきましょう」
そう言って、わたしたちは、隣の部屋へと移動することになった。
だが、言いたい。
―――― どうして、こうなった!?
そんな心の叫びはさておき、隣室へと移動した。
この部屋にあったのは、テーブルや椅子ぐらいだったので、それらを雄也さんと九十九が隅に寄せてくれた。
少年がやろうとしたけれど、それより、彼らの動きが早かったのだ。
流石、わたしの護衛たちである。
この場で彼らを褒めることはできないし、暫く、今のように会うこともできなくなることが酷く淋しい。
そして、広くなった部屋。
具体的には、バレーコートぐらい。
これで、本来はお客さんを書斎に案内するまでの待機場所、控え室のような部屋だというのだから、不思議でならない。
「シオリ嬢。アーキスが使っている部屋は全て、契約の間と同じ材質でできている」
そんな気はしていた。
魔力暴走を起こしてしまう人間を閉じ込めるための部屋ってことだ。
だから、「封印の間」と呼ばれているのだろう。
「だから、存分に暴れて良い」
「トルクスタン王子殿下は、わたしがそんなに暴れん坊に見えますか?」
模擬戦闘と言われたわけでもないのに、いくらなんでも、人さまの家で暴れるような趣味は持ち合わせていない。
「いや、この場にいる誰よりも魔法耐性は強いと思っているよ」
さらに、耳元でそう囁いた。
周囲に聞こえないようにだろう。
尤も、雄也さんと九十九には聞こえていると思うけどね。
「アーキス、シオリ嬢の魔法耐性をどうやって確かめる?」
トルクスタン王子が少し距離をとったアーキスフィーロさまに声をかける。
「高田さん。軽く、魔法を使わせてもらってもよろしいでしょうか?」
そんな風に問われた。
そう言えば、セントポーリア国王陛下からもそんな試され方だったな。
「はい。どうぞ、お気遣いなく」
これまで、様々な王族の魔法を見てきた。
その方々を超えない限り、わたしは大丈夫だと思う。
万が一のことがあっても、この場には治癒魔法が仕える九十九と真央先輩がいるのだ。
一瞬で、身体ごとふっ飛ばされるような即死状態にならない限りは、死ぬことはないだろう。
「それでは、失礼します」
そう言いながら、アーキスフィーロさまは……。
「水魔法」
低い声でそう唱えた。
水属性魔法の基本魔法。
大きな球状の水の塊型。
ソレが形を歪めて、凄い勢いでわたしに向かってきた。
なんとなく、小学校のドッチボールを思い出して受け止めたくなるが、大きすぎる。
わたしよりも大きい。
これで軽い魔法なのか。
だけど、これぐらいなら、通常の体内魔気だけで耐えられると思う。
うっかり食らったら、読み間違えたと笑うことにしよう。
わたしの身体に水の塊がぶつかる。
だが、見えない薄い膜によって、衝突は阻まれ、身体は微動だにしなかった。
当然ながら、濡れてもいない。
この世界の人間は無意識に魔力を放出している。
その結果、常に薄い魔力の膜が身体の表面に隈なく張られている状態になっているらしい。
それが体内魔気による物理防御と魔法防御だと聞いている。
わたしが以前、九十九と雄也さんから刃物で切り付けられた時に、彼らの武器を破壊してしまったのもソレによるものだ。
それがあるから、ある程度の魔法なら、わたしは「魔気の護り」すら働かない。
尤も、模擬戦闘の時に、そこまで弱い魔法で牽制してくるような優しい方は、わたしの周囲にいませんけどね。
「もう少し、強めます」
そう言って、かなり強くしたのがセントポーリア国王陛下でした。
軽い「風魔法」から、強い「風魔法」、さらには、「暴風魔法」って、明らかにおかしいと、今なら言える!!
「氷水魔法」
先ほどの「水魔法」に氷要素が追加されました。
いや、さらっと言っているけど、何気に酷い魔法じゃないかな?
自分よりも大きな水の球の中で、拳大の氷の塊がいくつも凄く激しい勢いでぶつかり合っているんだけど?
あれって、当たると痛いよね?
わたしは少し考えて、「魔気の護り」が反応するようだったら、さらに防御魔法を追加することにした。
集中すれば、体内魔気が自分を護ろうと動き出す気配ぐらいは、わたしにも、もう分かるようになっている。
だけど、「魔気の護り」が反応することなく、わたしにぶつかる前に、氷がふんだんに大暴れしていた水球は消えた。
「もう少し、上げます」
わたしの無事を確認した後、アーキスフィーロさまは軽く息を吐く。
「氷魔法」
おおう?
足元から、氷の塊が現れた。
だが、わたしのいる場所だけ何もなく、周囲に氷の壁が出来上がった。
……不思議現象。
いや、これって、もしかしなくても、わたしを氷の塊に閉じ込めようとした?
そうなると、「凍結魔法」に近い?
「なるほど。かなり魔法耐性が強いですね」
そう呟くのが聞こえた。
ゾワリと、背筋が凍るような気配。
同時に……。
どふおぅっ!!
わたしの周囲に空気の塊が発生し、周囲にキラキラしたものをまき散らした。
わたしには何が起きたか分からないままに、「魔気の護り」が発動したらしい。
多分、氷系魔法だとは思うけれど、先ほどまで残っていた「氷魔法」ごと綺麗に粉砕したのでその正体は分からないままだ。
「もう少し……」
そんな呟きの中……。
「氷嵐魔法」
さらに、聞こえる声。
その単語に聞き覚えがあって、ちょっと顔がにやけてしまった気がするが、ここで緩ませてはいけない。
拳大の氷の塊が渦となって迫ってきたが、これも「魔気の護り」に任せた。
確かに水属性魔法であっても、そこに「風」、「嵐」などの風属性要素が入れば、風属性が主体のわたしには威力減である。
複合属性魔法は難しいらしいけど、その分、威力は上がる。
だけど、相手の魔法耐性によってはそんなことも起こりえるのだ。
尤も、逆に主属性の魔法であっても、他属性が混じることで有効打となるという事態も起こるのだけど。
「これでも、魔気の護りだけで……」
あ……。
なんか、嫌な予感がする。
そうだね。
当たらなければ、当てたくなるのが人の心。
それまで確実に当ててきた人なら、尚更だ。
―――― 特大魔法が来るだろうな
水属性魔法なら、名前からも分かりやすい。
水系、氷系の魔法だろう。
わたしは身構える。
そして、その言葉は告げられる。
「津波魔法」
その瞬間、白い大波がわたしに襲い掛かってきたのだった。
最後の「津波魔法」は、「津波魔法」と迷いましたが、こちらにしました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




