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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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理解はできるが承服しかねる

 黒髪の小柄な女性に対して……。


「私は、貴女を妻として愛することはできませんが、それを承知していただけますか?」


 そんなことを黒髪の青年は口にする。


 婚儀の約束をしようとして、他国からはるばるやってきた女性に対する言葉としては、相手の軽視、侮蔑以外の何物でもない。


 そして、その言葉に対してこの場の雰囲気は当然ながら変化する。

 押さえていても分かるほどの体内魔気の激変。


 その筆頭は、意外にも、真央さんだった。


 体内魔気が激しくなっているが、表に出さないよう押さえている。

 但し、その表情までは隠せていない。


 明らかに彼女は怒りを外に出していた。


 水尾さんもかなりの怒りを覚えたようだが、それ以上に真央さんの変化に押されている気がした。


 自分の片割れがここまで先ほどの発言に怒りを覚えたことに、戸惑っているようだ。


 尤も、この辺りは、王族の教育の違いだろうか。

 第二王女殿下は第三王女殿下以上に、国のために尽くすよう育てられている。


 だからこそ、誇り高い。

 他者から軽んじられる発言を酷く嫌うのだ。


 そして、それを口にされた相手は、可愛がっている後輩である。

 だからこそ、自己投影……、自身への侮辱に等しい捉え方をしてもおかしくはない。


「アーキス!!」

「アーキスフィーロ様!?」


 この場で一番、発言権のある男は、やはり声に出して反応した。


 そして、部屋の隅で小さくなっていた幼い従僕も、自分の主人の言葉に驚きを隠せなかったようだ。


 この反応から、家の方針ではなく、青年の独断からくるものだということはよく理解することができた。


 当然だ。


 カルセオラリアの王族から紹介された女性。


 公式的な身分を持たなくても、その魔力の強さと、先に伝えらえている名前からいろいろ察する人間はどうしても出てくる。


 セントポーリアの王族が探し求めている者と同じ名前の女性。


 セントポーリアが追っているということは、他国にいることは誰もが考えることだろう。


 その偶然とは思えない女性が自ら飛び込んできてくれたのだ。

 どうしても、結び付けようとする。


 しかも、その国際的な手配書は王子の名によって出されたものだった。


 その背後を考えれば、彼女を使ってセントポーリアに貸しを作ることも、優位に立つことも可能となろう。


 それも、ローダンセ王族ではなく、ローダンセの一貴族であるロットベルク家が。


 財政が火の車である以上、浅慮にも、自国に内密で他国を相手取って強請り集りをすることを夢想しても詮無きことだ。


 万一、違ったとしても、ロットベルク家としては、痛手を負うほどではない。


 普通に魔力の強い女性を取り込み、次世代で魔力が強く、制御可能な人間が生まれれば、王族と縁を繋ぎやすくなるという目論むこともできる。


 さらに良い点は、今回の縁談は長子ではなく、次子に齎されたものだった。


 当主を狙う長子としても、自分の地位を脅かそうとする次子に公式的な身分を持たない配偶者が来てくれた方が、好都合なのである。


 それらの様々な利点がある女性を、ロットベルク家が拒む理由はなかった。


 トルクスタンには、是非、このまま、事情を全て吐かせて欲しいものである。

 その方が、俺が後々、楽になるから。


 意外にも、一番、憤慨しそうだった愚弟は落ち着いていた。


 先ほどの発言時に、その体内魔気に動揺はあったものの、そこにあるのは怒りとは別種のものだと感じる。


 すぐ近くで真正面から言われたわけはなく、いつもよりも主人から離れていたためだろうか?

 それでも、主人が軽視されるような発言ではあった。


 だが、トルクスタン付きの従者として怒りを出すことはできない。


 そして、いきなり、顔見知りの男から、再会の挨拶もそこそこに、そんな言葉を投げかけられた当人は、この場の誰よりも落ち着いていたのだと思う。


 恐らく、その言葉を予測していた俺や、それを言い放った青年以上に。


「お前、なんてことを言うんだ!?」

「本当のことです。後で伝わるよりは良いでしょう?」

「ふざけるな!!」


 だが、トルクスタンは激昂していた。


 この時点で、ヤツは、俺が思っている以上に、主人のことを好んでいるのだなとある種の警戒心を上げておくことにする。


 確かにこの青年の申し出は、大変、ふざけた話だとは思う。


 どんな事情があっても、婚約するつもりで来た女性に対して、言って良い種類の台詞ではないだろう。


 だが、どうせ与えるなら、その傷は浅い方が良い。

 そう思ってしまうようなこの青年の境遇と心情も、少しぐらいなら理解はできる。


 だからと言って、勿論、()()()()()()()が。


「ふざけてはいません。それを承知してもらえる相手以外と婚儀をするつもりはないと言っているだけです」


 虫のいい話である。

 そして、自分本位である点は、貴族らしい思考だとも言えるだろう。


 自分にとって、隣にいるだけのお飾りの妻で良ければ婚儀をしてやるということだ。


 それは、傲慢な考え方だと言えるし、同時に、(てい)のいい断り文句にも聞こえる。


 だが、この青年は、それを本気で言っているのだろう。


 その条件を飲める相手でなければ、自分の横にいて欲しくはないと。


 ああ、そうか。

 俺もこの発言に対して面白く思ってはいないらしい。


 先ほどからどうも、否定的、批判的な思考に寄りがちだった。


 だが、露骨なまでの主人への侮辱だ。

 心安らかでいられるはずもないのか。


 思ったよりも俺は単純だったらしい。

 この辺りの感情の機微は、できれば全て愚弟に押し付けたいところなのだが。


「トルクスタン王子殿下、わたしも発言してよろしいでしょうか?」


 そんな剣呑な雰囲気の中、それを浄化するかのような透き通った声が響く。


「ああ、存分に胸倉を掴んで抗議しても良い」


 それができるのは、お前だけだ、トルクスタン。

 我らが主人はお前ほど軽挙妄動な人間ではない。


「そんなことはしませんよ」


 その主人が苦笑する。


 そこにあるのは微かな余裕。

 彼女には、あの青年の事情について、その詳細を伝えていないはずなのに。


「もう少し近付いてもよろしいでしょうか? アーキスフィーロさま」

「いえ、そのままの距離でお願いします」


 お互いに同級生だと気付きつつも、敬語が崩れないのは、周囲の目があるためか、遠慮をしてしまう性格(ゆえ)か。


 あるいは、それだけ距離のある関係だったのか。


 俺が知るのは、書面上の情報でしかない。


 ましてや、この二人が同級生だったのは数年前のことで、しかも遠く離れた人間界での話だった。


 後から手に入る情報はどうしても限られてしまう。


 尤も、どこか似た者同士であることもよく分かった。


「では、このまま、先ほどのお言葉について、お聞きしたいのですが……」


 主人は首を傾けながら……。


「それは精神的な意味の話でしょうか? それとも、肉体的な意味の方ですか?」


 あどけない声で、そんなとんでもないことを口にした。


 暫しの奇妙な沈黙の後……。


 ぶはっ!! ……と、俺たちの背後から何かが吹き出されるような音がした。

 先ほどの緊迫した空気もあって、いろいろと耐えきれなかったらしい。


 真央さんは笑い上戸であることは知っているが、この場ではもう少し我慢してほしかった。


 そのために、その横の同じ顔した女性まで笑いを堪えきれなくなってしまったではないか。


 俺の真横にいる愚弟は平然としたものだ。


 いろいろと複雑な思いを抱いていることは分かるが、それでも、ある程度予測していたのか、目に見えるほどの動揺はなかった。


 ()()()()()()()()()()()()ことがよく分かる。


「し、シオリ嬢!?」


 意外なことに、トルクスタンは動揺していた。

 ヤツは慣れている方面の話題であるはずなのに、目を白黒させている。


 この主人がこんな発言をするなどそれだけ予想外だったのだろう。


「大事なことですよ?」


 主人は不思議そうな顔をして問い返している。

 確かに大事なことではある。


 夫が妻を愛せない。

 それが、精神的な意味か、肉体的な意味かでは大いに変わってくる。


 精神的な意味合いなら、肉体的に繋がることだけは可能だ。


 次世代となる長子、次子が産まれたら、後はお互い自由に生きる夫婦も珍しくはない。


 だが、肉体的に愛することができないなら、その身体に何らかの障害を抱えている可能性も出てくる。


 具体的には性的不能障害や、同性愛者だ。

 それならば、確かに事前申告が必要な話だろう。


 その点を周囲に隠して突き進むと、城が崩壊する事態になることは、既に、()()()()()()()()している。


「わたしと子供を作る気あるかどうかという話に繋がりますから」


 率直な言葉だった。


 トルクスタンも唖然としている。

 この愛らしい主人の口から、そんな話題が提供されるとは思ってもいなかったらしい。


 まあ、「ゆめの郷」であそこまで弟を拒絶していたのだ。


 この男は、主人のことを男が苦手とか、そういった話題に嫌悪を覚える人間だと思っていたのだろう。


 だが、違う。


 彼女は、異性との接触も不慣れな上に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけだ。


 そして、疑問に思ったことはそのまま問いかける。


 それも、公の場で口にしても問題ない程度の言葉を選ぶが、そこに誤解が入らないように婉曲な表現(オブラートに包むこと)をしない。


「子供ができなければ、()()()()()()()()()()()()()()()だと聞きます。子供を作る気がないなら、予め、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょう?」


 だが、さらに続けられた言葉には、流石に周囲が絶句した。


 彼女は始めから、ソレすらも選択肢に入れていたらしい。


 まあ、つまり、我らが主人の度量は天井知らずと言うことだけは理解したのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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