王女の判断
彼女は魔法国家アリッサムの王女殿下だ。
そのために、一般よりは他人の魔気に鋭く反応しても不思議ではない。
だが、先ほどのアレは、そんなことなど関係なく分かりやすい気配だった。
先ほど、この少女が体内から放たれた魔気は、父親とされるセントポーリア国王陛下のものにとても良く似ていた。
親子兄弟姉妹でもあそこまで似ることは少ないだろう。
それほど分かりやすい形で、彼女は誰の血を引いているのかという、最大の証明をしてしまったのだ。
もし、この場にあの国王陛下がいたなら、小躍りして喜んでいたことだろう。
自分に似た魔力の質と、その大きさに。
彼女自身がこの国に来たことはなかったはずだが、セントポーリア国王陛下は即位後に何度かアリッサムへ足を運んでいると聞いている。
だから、2人が面識があってもおかしくはない。
「だから、不自然なほど完全に封印していたんだな。僅かでも漏れたら王妃に見つかる可能性があるから」
「この封印に関しては、俺たちも何故、施されているのかは分からない」
実際、いつの間にか……、彼女の封印が変わっていたとしか思えなかった。
「……封印したのは、現在の大神官か?」
その言葉に少し考える。
大神官……。
法力国家ストレリチアが誇る神官最高位の存在。
最近、代替わりをしたと聞いているが、その人物については謎が多く、情報が錯綜していて、どんな人間かまだ掴み切れていなかった。
「さあ。でも、大神官にお会いする機会があったとは思えないな。彼女は10年間、人間界で過ごし、その間一度も魔界へ足を踏み入れていないからね」
「……そうか。あの方の法力に良く似ている気がしたから」
彼女は小さく呟いた。
「今の大神官にお会いしたことが?」
「当時はまだ大神官ではなかったが、お会いしたことならば、何度かある」
考えてみれば、彼女は魔法国家の王女殿下なのだ。
もし、面識があるならそれを利用することもできるのだが……。
「法力は勿論、綺麗な魔気の持ち主だったよ。清廉潔白で神官としては理想的だと思う。穢れを身に纏っていた誰かと違ってね」
分かりやすく棘のある言葉に思わず苦笑した。
ここまで敵意を向けられるのもかなり久しい。
いや、彼女はいつもそうだったか。
口には出さなかった部分が、ちゃんと言葉になっただけの話だ。
人間界にいた時に、穢れだの魔気だの言えるはずもない。
魔界人であることは基本、隠す必要があるのだ。
相手が異質だと分かっていても、それが分かる自身も異質だと自白するようなものなのだから。
「改めて思うよ。本当に吐き気がするぐらいドス黒い気配だな。魔界に来て、こうして近くにいると嫌でも臭う」
なかなか辛辣だが、その表現は間違っていないことはよく分かっている。
俺自身も好んで身に纏っているわけではない。
「自覚はしている」
だからと言ってそれを改善する気もなかった。
大半の人間は魔気の強弱、属性しか意識はしていないだろう。
だが、感覚が鋭い者は、魔気に内包された気配からその人間の性格……、いや性質まで見抜くことができる。
さらにはその時の感情まで読み取ることができるものも存在するらしいが、生憎、俺はそこまで感知能力に優れてはいない。
表面に出ている表層魔気を多少誤魔化す術はある。
だが、身体に宿っている体内魔気となると、短期間、定期的に変えることはできるが、それを本人の意思で永続的に変えるとなると困難だ。
性格を変えることができても生まれつきの性質を変えることは容易ではない。
そこには多少なりとも遺伝的なものも含まれるから尚のことだろう。
……とはいっても、可能性はゼロではなく、置かれた環境で極端に変わる例もあるし、魔気も色々な方法で後付も可能ではある以上、どんなに知覚に優れた人間でも相手の性質……、深層魔気と呼ばれるもの全てを簡単に看破できるものではないのだが。
「そんな穢れた手でよく、そんな無垢な娘に触れることができるな」
「俺如きが触れたくらいで穢れるような子じゃないよ」
「分からないぞ。白はたやすく汚れる」
なかなかに辛辣な言葉だ。
だが……。
「それでも、10年以上近くにいても、汚れない頑固で驚きの白さを俺は知っている」
俺がきっぱりと断言すると、彼女は怪訝な表情を隠そうとはしなかった。
「……あ、あ~。でも、少年と高田じゃ質が違う」
「それは同感だ」
多分、彼女が言うのは耐性、免疫の話だろう。
だが、俺は性質的な部分で弟とこの少女が違うことを知っている。
俺はこの少女が本当の意味で無垢で無知だとは思っていない。
真に何も知らないような少女なら、普段の言動はありえないからだ。
確かに……、先ほど放たれた魔気は、確かに強さもさることながら、真っ直ぐな彼女を表していた。
それは父親譲りのものだろう。
だが、それに隠れるように強かで粘り強く、逆境にも不屈な精神で突き進む誰かの姿も重なって見えた。
確かに大きな魔気に紛れて消え入りそうなものではあったが、それを見落としてはいけない気がする。
そして、それが彼女に宿っている以上、ただの少女と同じ扱いはできないと俺は感じていた。
「ま、そんな問答をしにきたわけじゃない。先輩がどんな人間だろうと正直、知ったこっちゃないし、どちらかというと関わりたくはないが、こっちはそういうわけにはいかない」
彼女はそう言いながら、手首の運動をするかのように振った。
「……と、言うと?」
「先輩や少年だけでは高田の守りは荷が重すぎるという話だよ」
そんな分かり切っている辛辣な言葉を遠慮なく口にする。
「そうは言われても、雇い主直々の命であり、彼女の母君からも託された以上、荷が勝つからといって簡単に放り投げることはできないだろう」
尤も王命だとか、命呪による強制的な縛りとかそんなものは表向きの理由でしかないのだが。
「向けられた悪意を無視できない。封印されているために魔界人としての知識もない、魔力の制御もできない。こんな不安定な王族の守りなど命がいくつあっても足りないだろうな」
「生憎、命の在庫は弟も俺も一つ限りだ。それを切らさぬようなんとか回避するしかないだろう」
元々、なかったものだ。
今更、惜しむこともない。
「先輩たちに覚悟がないとは思ってない。ただ王族ってのはそれだけでデタラメな存在なんだ。人間界と違って武士道とか騎士道とか、人間の尊厳すら当人の意思に関係なくふっ飛ばしちまう」
そんな風に、デタラメな存在自身が苦々しげに口にする。
上に立つ者しか分からない苦痛や苦悩。
だが、そんなことはこちらには関係ない話だ。
そもそも相手がこちらの都合を気にしてくれるほど優しいものではないことはとっくに知っていることだし、こちらとしても相手に合わせて差し上げる気などさらさらない。
「ご忠告、ありがとう」
礼だけを口にすると、さらに怪訝な顔をされてしまった。
どうやら、ご不満らしい。
「どうあっても、高田から離れる気はないんだな」
「離れる理由がないからね。アリッサムの臣下たちも命を惜しんで貴女がたに仕えてはいなかっただろう?」
そこで、彼女はじっと俺を見た。
何かを見定めるような審判の目。
さて、一体、どんな裁きが下ることか。
「先輩、治癒魔法は?」
「不得手だ」
「火の耐性は?」
「人並み程度には」
「この国の人並みはよく分からんな」
「アリッサムの民に比べては劣ると思う」
何かを計る言葉。
なんとなく、今から自分に何をする気なのかが分かった気がする。
「荒事なら、九十九を呼んでも良いか? 自身の治癒は本当にできないのだ」
「万能っぽいのにな。呼ぶなら五分後だ。少年に邪魔されても困る」
「荒事なのは否定しないんだな」
「荒っぽくする気はないが、先輩次第だ」
「抵抗するなと?」
通信珠を取り出しながら確認する。
「抵抗? できないよ」
そう言って、彼女は人差し指を俺に突きつける。
「弟に連絡は済んだ?」
そう微笑む姿は今まで見たこともないぐらい妖艶で、気品に溢れていた。
誰が見ても魔法国家の第三王女であることは疑えないほどに。
「済んだよ」
「じゃあ、覚悟しろ」
物騒な言葉の後……。
「裁 き の火炎 」
さらに、特定の層が喜びそうな言葉が聞こえたかと思うと、俺の周囲は紅い炎に包まれたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




