そこは不思議な町並みだった
長い長い真っすぐな道が、やがて緩やかな坂道に変わった頃、その町並みがようやく一部を見せる。
「あれ?」
そこで微かな既視感があった。
ここは間違いなく、初めてきた町だ。
だけど、おかしい。
わたしはこの建物の形を知っている気がした。
いや、これと似たような景色を見たことがある?
「これは……」
真央先輩も何かに気付いて足を止めた。
「トルク。この城下は昔から、こうなのか?」
「こう? どういう意味だ?」
「ああ、悪い。えっと、こんな感じで建物が並んでいたのか?」
水尾先輩も違和感を覚えたらしく、一番、知っていると思われるトルクスタン王子に確認する。
「俺も城下から入ることはほとんどないが、城下の建物はカルセオラリアみたいに崩れない限り、そう変わらないと思うぞ?」
トルクスタン王子はけろりとした顔でそう答えた。
しかし、そこで半壊した自国の城下を例に出すのはどうなのでしょうか?
いや、分かりやすいけど。
「先輩! 答え!!」
「その単語だけで普通は分からないと思うけれど、トルクと同じ質問に対してならば、答えはこの町並みは、数十年前から変わっていないらしいよ」
水尾先輩のあまりにもいろいろ省略しすぎた問いかけに対して、雄也さんは丁寧に答えた。
いや、彼は知っているはずだ。
わたしたちが何に対して驚いたのかを。
「この景色……。人間界の、俺たちが住んでいた町にちょっと似てないか?」
そして、わたしも水尾先輩も真央先輩も明確な言葉を避けていたのに、九十九はあっさりとソレを口にした。
「ちょっとじゃない! まんまだ!!」
九十九に向かって、水尾先輩がそう叫んだ気持ちはよく分かる。
今、わたしが見ている光景は、彼が口にしたように、人間界で見ていた景色によく似ていたのだ。
真っすぐ緩やかに伸びた坂道を交差する大きな通り。
その坂道の右側に商店街が並び、左側には住宅街がある。
建物の大きさは違うし、よく見るとその形は当然ながら違う。
ちゃんとこの世界の建物の形をしている。
でも、その色合いとか雰囲気は、わたしたちが住んでいた町のものにそっくりだった。
これは、本当に偶然だと言えるのか?
「ミオは何に驚いているのだ?」
一人、その景色を知らないトルクスタン王子は雄也さんに尋ねている。
「見知った風景によく似ているそうだ」
そして、さらりと答えているが、この人は恐らく、もっと深い部分まで知っているのだろう。
だからこそ、わたしたちが驚くと予告していたはずなのだから。
「それはそうだろう」
だが、何故かトルクスタン王子が頷いた。
「この国の人間たちは、王族を護るために、ニンゲンカイと呼ばれる地の一部をこの城下と同じように作り替えたらしいからな」
「「「「は?」」」」
トルクスタン王子の言葉に、雄也さん以外の声が重なった。
いや、ちょっと待って?
今、さり気なく、とんでもないことを言ってくださいませんでしたか?
「あ~、この国の王族の二番目、三番目が10歳になる頃……、だから、12、3年ぐらい前か? 丁度、その頃に情報国家が、こことは別の……、ニンゲンカイという世界があることを発表したことは覚えているだろ?」
「争いも少なく安全な国があるけど、同時にその世界そのものが、全体的に大気魔気が薄く、王族であっても魔法の効果が半減するとも伝えられたことは覚えているよ」
トルクスタン王子の言葉に真央先輩が答えた。
わたしは、ソレを知らない。
だけど、情報国家イースターカクタスがそれを公表したのは、あの国王陛下が、わたしの母を探すためだったのではないかと雄也さんは推測している。
この世界の人たちは、ある程度の安全が保障されている上、この世界とは違った文化、文明を発展させた国々に興味、関心が全く湧かない保守的な人間ばかりではない。
いや、どこの国にもいる。
だからこそ、人間界でも海外旅行なんてする人がいたのだ。
そして、自然と人間界に行く人が増えれば、その中に情報国家の人間たちを送り込むこともできただろう。
ただ情報国家の国王陛下にとって、誤算ともいえたのは、当時のわたしが、母と自分の記憶と魔力を完全に封印してしまったことだっただろう。
母の体内魔気はともかく、わたしはその頃から、かなり濃い風属性の体内魔気を持っていたはずだ。
その分かりやすい目印となるはずの体内魔気が、感じられない状態になってしまったのだ。
さぞ、当てが外れたことだろうとは思う。
「ローダンセは王族が呆れるほど多いからな。その安全な国で、王族たちが安心して過ごすために、町を一つ創り出したと聞いている」
「ほげっ!?」
なんですと!?
いや、そんなはずはない。
わたしと母は、その情報国家の発表前に人間界へ向かっていたはずだ。
だけど、町が一つ創り出されていたら、そんな異常事態に気付かないはずがない!!
「あ~、それで、あの場所。人間界にしては、妙に大気魔気が濃かったのか」
「私たちは適当に繋いだつもりだったけど、実は、そういった基盤が先にあったわけだね」
「ほげげっ!?」
だけど、水尾先輩と真央先輩はあっさりと納得してしまった。
「その手段までは分からんが、その区画に入ると、不自然なはずの事象も何故か疑問を持たずに受け入れてしまうらしい。まあ、町一つ創り出してしまうのだから、それぐらいのことをしなければ、その世界に溶け込むことはできないってことだな」
いやいやいや!
それ、おかしい!!
「正しくは、町の一部だ」
「あ?」
「町の近くにあった山を一つ消して、この風景と似た建物を置いていた。そこに住むのは王侯とその世話役だけだ。そう多い人数ではない」
トルクスタン王子の言葉に雄也さんがそう補足する。
「少人数で事足りるのだから、その区画だけ新たに創るだけで良い。そして、今、目の前に見える景色と同じようにした。尤も、同じに見えるのはこの周辺だけで、もう少し行けば見知らぬ景色が広がっているだろう」
「まるで、見て来たように言うんだな?」
トルクスタン王子は少しだけ不満そうに言う。
自分の意見に水を差されたような気がするのだろう。
「15年前には山しかなかったところが、現在、多くの建物が並んでいることは確認している。流石に全ての図書の改竄まではできなかったようだな」
そう言って、雄也さんは数枚の紙をトルクスタン王子に見せる。
「これはなんだ? 絵? だが、不思議な……?」
「航空写真だね。本か何かを撮影した感じかな?」
トルクスタン王子が首を捻っている横から真央先輩が覗き込んで、それを見た。
写真はこの世界でも限られた人間しか作り出せない。
そして、トルクスタン王子は写真を知らなかったようだ。
「緑だな。一部茶色だけど」
「ミオ、素直に山って言いなよ。ご丁寧に、写真の下に撮影した年月日も書かれているから、こうやって並べると分かりやすいね」
トルクスタン王子から写真を取り上げ、水尾先輩と真央先輩がそれぞれ見比べている。
「いきなりこの次の年には建物がある。これは、私たちが来る少し前だな」
「人間界の感覚なら不自然だけど、魔法を使えば簡単にできることだね」
どうやら、雄也さんの言葉は本当らしい。
だけど、いつからそれを知っていたのだろうか?
人間界にいた頃から?
さらに気になるのは、この山の所有者はどうしたのだろうか?
「ここの自治体はマメだったようだね。自治体が発行している広報に毎年、航空写真を載せていたらしいよ」
そして、何故、そんなものまで調べてあるのか?
話を聞けば聞くほど、疑問が尽きなくなっていくのは何故だろう?
「しかし、山を一つ町の一部としてしまって、誰も騒がなかったのは不思議だな」
水尾先輩は、山の写真を見ながら溜息を吐く。
「ああ、それはあの地域の水道水に、僅かながら、記憶を混濁させる成分が入っていたみたいだからね」
「「「「は?」」」」
そんなとんでもないことをさらりと告げられた。
「この国が水魔法に強いことは分かっているけど、それでも、俺もこの世界に戻る直前まで気付けなかったのは不覚だったかな」
雄也さんはさらにそう続けた。
どこか悔しそうな表情を滲ませて。
しかし、この様子だと、水尾先輩も真央先輩も気付いていなかったのだと思う。
それにしても、わたしはかなりとんでもない地域に住んでいたことを今更ながら思い知るのであった。
今回の話の航空写真については、今は主流の某検索エンジン会社が作っている地球規模の写真もなく、頼みの綱だった国土交通省国土地理院の航空写真もまだ公開されていない年代だったので、泣く泣く、地方自治体に頑張ってもらったことにしました。
自治体の広報ならば、公立の図書館や役所等で確認できますので、ギリセーフ!!
しかし、当時、今のように空撮用無人航空機もない時代です。
航空写真を毎年撮影するってどれだけ税金がかかっているのだ? ……と思わなくもありません。
そこまで年代設定に拘らなくても……と、自分でも思うのですが、後々のための設定ということで、ある程度は見逃していただけたらと思います。
こんな部分までお読みいただき、ありがとうございました。




