【第111章― 弓術国家 ―】下準備
この話から111章です。
よろしくお願いいたします。
弓術国家ローダンセ。
平らな地が少なく、その半数は山岳というウォルダンテ大陸の中心国とされる国である。
国家としても、中心国の歴史としても、古くも浅くもないという国でもあった。
ウォルダンテ大陸においても、目立った国ではなかったが、それ故、周辺国より面倒ごとを押し付けられやすく、気が付けば、大陸の玄関、窓口となっていたという経緯がある。
フレイミアム大陸、シルヴァーレン大陸、ライファス大陸、スカルウォーク大陸に近いと言えなくもない距離にあったこともその一因であろう。
魔法が使える人間たちが溢れるこの世界で、古くから、「弓術」と呼ばれる技術が発展した国である。
但し、現代では、それらの技術は剣術国家セントポーリア同様、一部の人間にしか伝わっていないとも言われている。
さて、ウォルダンテ大陸最大の特徴は、多種多様な動植物が多数生息していることにあるだろう。
それは、山岳地帯が多く、人間たちが住める場所が少なかったためとも言われているが、他大陸では既に滅んだ種も存在しているために、多くの研究家たちが集う地として人気が高く、町は少ないが、小規模な村としての住居地が点在している。
国として存在しているのは、ローダンセ、アベリア、ナスタチウム、ネメシア、オキザリス、ステラの6国であるが、中心国であるローダンセを除き、他大陸の諸国と比べて、人口が少ない。
そのため、魔獣に関しては、人間よりも多く生息しているのではないかと言われるほどであった。
だが、ローダンセは、中心国で一番の人口を誇っている。
その驚異の出生率は、王族を始めとする諸侯が、正妻だけでなく、側妻を傍に置くためだろう。
そして、それらが同時に子を生すことを許容している。
男たちはその甲斐性を見せることが責務であり、女たちはそんな男を支え、付き従うことを美徳としている。
男は働き、女は子を生し家を護る。
その昔ながらの考えを今も守り続けている国がこのローダンセなのだ。
「―――― 以上! ローダンセのガイドブックより!!」
「久しぶりだな、その解説」
わたしの言葉に呆れたように九十九が言った。
結構、大変なんだよ?
ウォルダンテ大陸言語はこれまでのアルファベットと同じ物もあるけれど、不思議な記号に見える文字も多い。
いや、どこの大陸言語も素直なアルファベットの方が少ない。
シルヴァーレン大陸言語は素敵だ。
アルファベットの基本的な数が少ない。
尤も、セントポーリアと隣国のユーチャリスやジギタリスで微妙に文体の癖が違うから、文章では注意が必要なことを最近、知った。
いや、どこの大陸でも同じ傾向があるから、それぞれのお国言葉、方言のようなものだと思うけど。
日本でも、北と南の人が、方言で会話すると、全く通じないほど違うと聞くからね。
そして、気を付けないと、わたしも方言が出そうになる。
自動翻訳が頑張ってくれているとは思うけどね。
ライファス大陸言語は馴染み深過ぎて、人間界の英語ってここからか? ……と、うっかり考えてしまうほどだ。
それでも、やはりイースターカクタスと他二国ではちょっと文体が違うらしい。
英語と米語な感じ?
グランフィルト大陸言語の文字は多すぎる。
普通の文字に加えて、上やら横やらに記号がつくのだ。
一国しかないのに。
いや、元は小国が乱立していたらしいから、それらを統合していくうちに……、なのだと思う。
スカルウォーク大陸言語は、普通の文字にいくつか追加の文字がある。
フレイミアム大陸言語は、馴染みあるアルファベットに一文字追加されただけだから文字形態としては良心的ではあるが、まだ勉強中だから知らないだけで、もしかしたら増えるかもしれない。
まだ見ぬダーミタージュ大陸言語はどうなのだろう?
いつか、見る機会があるのかな?
「リプテラは、結構、人が多かったけれど、人口は少ないってことかな?」
「リプテラは観光地のような場所だからね」
わたしの疑問に雄也さんが答える。
そう言えば、あのリプテラは「花と芸術の街」だったね。
「だから、そこに居住する人が少ないんだよ」
「なるほど」
確かに広場にいる人たちもいつも同じ人ではなかった。
何日間かは同じなのだけど、暫くすると変わるのだ。
そして、いつも賑やかだから住みやすいかと言われたら、好みに分かれることだろう。
わたしは、あの喧騒も嫌いではなかったけどね。
「そろそろ行くぞ」
トルクスタン王子はこの町の管理者である「シガルパス=テグス=リプテルア」さまとのご挨拶が終わったらしい。
わたしたち一行の中で、一番身分が高いのは、間違いなく彼なので、いろいろと大変だと思う。
水尾先輩と真央先輩はその存在を隠すべく、変装をしていた。
変装とは言っても、水尾先輩は男装ちっくな様相。
ベリーショートにした髪は緑色に、瞳の色は青に変えていた。
心なしか、身長も低い気がするのだけど、どんな仕掛けなのだろうか?
後で、聞いてみようと思う。
それに対して、真央先輩はロングヘアーにしてワインレッドに変えて、瞳の色は緑。
さらに、特筆すべきは、二人して眼鏡を掛けているところだろう。
凄い。
頭良さそう。
なんでも、この眼鏡は、存在を希薄にすることができるらしい。
体内魔気を押さえるではなく、気配を薄くする。
つまり、そこにいるのに、気付かれにくくする性質があるそうな。
なんだろう?
認識阻害的な道具なのかな?
そして、忍者かな?
本来、護衛たちが周囲や対象者に気付かれないように、重要人物をこっそりと護るために使うものらしい。
でも、気付かれにくくするだけで、全く気付かれないわけではないという特徴がある。
あれ?
あんな人いたっけ?
いた気がするね。
それぐらいのものらしい。
だけど、二人にとってはそれでも十分なのである。
こんな気配の持ち主を、魔法国家アリッサムの王族だなんて誰も思わないだろう。
魔法国家アリッサムの王族は、そこにいるだけで目を引く容姿と、恐ろしいほどの存在感。
さらに、他者を圧倒するほどの魔力の気配を持つことが多いのだ。
因みにこの魔法具の提供者は、アックォリィエさま。
嫁入り道具の一つだったらしい。
しかし、こんな魔法具10個セットを嫁入り道具として渡すアベリアという国は一体……?
しかも、その嫁入り道具を5個もくれたのだ。
それも、昔からの知り合いであるわたしでも水尾先輩や真央先輩でもなく、何故か九十九に。
だから、九十九と雄也さんも同じように眼鏡を掛けている。
ローダンセでは、彼らを知っている人間たちもいる可能性があるらしいから。
つまりは驚きの眼鏡率!!
そして、美形の眼鏡は男女に関係なく、眼福だと思います。
ああ、絵が描きたい!!
そのアックォリィエさまはわたしたちとの別れが辛いとのことで、部屋に閉じこもってしまったらしいが、正しくは閉じ込められたのではないかと水尾先輩が言っていた。
別邸の滞在期間中に、わたしに対する妙な執着を、旦那さんが知ったらしい。
あれでも前よりマシになったと言ったらどう思うのだろうか?
「アッコは九十九に胃袋、掴まれたな」
「うん。九十九くんは罪深いね」
先に、既に胃袋を掴まれている双子は、眼鏡に触れながら口々にそう言っている。
チョコマシュマロは偉大だ。
人間界にいた頃の、アックォリィエさまの大好物だったらしい。
あんなふわふわを再現できるなんて……と、感動して泣かれたぐらいだ。
チョコ抜きマシュマロも大量にもらって、さらにはお屋敷の料理人にいくつか料理方法まで渡したらしく、その対価に眼鏡セットとなったらしい。
わたしの護衛は本当に凄い。
「なんだよ?」
わたしの視線に気付いた九十九は、やや不思議そうに問いかける。
「ベストって珍しいね?」
「カルセオラリアの従者なら珍しくねえ」
そうなのだ。
九十九と雄也さんは今回、わたしの護衛としてではなく、トルクスタン王子の従者としてローダンセに入国することにしたらしい。
異性である彼らは、わたしの護衛としては傍にいることができない。
目的がお見合いなのだから当然だろう。
水尾先輩と真央先輩もトルクスタン王子の世話役として一緒に行くことになる。
つまり、今回、わたしは一人だった。
真央先輩の話では、通常、こういった時は、女性の付き添い者が女主人に同行するらしいのだけど、ローダンセ……いや、ロットベルク家が、人も物も全てこちらで揃えるから身一つで来いと言ったらしい。
うん。
歓迎されていないのは分かる。
婚約破棄後に来る見合い相手だからね。
前の人よりランクが落ちる扱いだろうし、さらに言えば、わたしは他国の人間だ。
しかも無名。
そして、ローダンセとしても、下手な人間を連れ込まれても困るというのは分かる。
それだけのことが、過去にあったのだろうし。
そのロットベルク家にはカルセオラリアの王族が嫁いできたのだ。
その時に何かあった可能性もあるだろう。
まあ、どちらにしても、前途は多難だなと思うしかないのであった。
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