少女の正体
「……ぎゃふん」
少女が迷った挙句、口にした言葉に……。
「古典的だね」
思わずそう言っていた。
彼女からすれば、青天の霹靂といったところだろう。
それも無理はない。
人間界で出会った親しい先輩がいきなり別の国の王女だったとか……、夢見がちな少女漫画ぐらいでしか許されない話だろう。
「ゆ、雄也先輩はご存知だったわけですね?」
「うん。知ってた。千歳さまもね」
「か、母さんまで!?」
俺は……、ずっと前から知っていた。
人間界でも彼女たちの魔気は抑えていても、特徴があって分かりやすかったから。
チトセさまは……、倒れていたミオルカ王女殿下の魔気は誤魔化しようがないほどはっきりしていたと言っていた。
チトセさまは他者の体内魔気にそこまで敏感ではない方だ。
それなのに、気付いてしまうぐらい分かりやすい火の魔力を伴う気配。
名前についてはその後、アリッサムを調べている時に見つけたらしい。
偶然にしてはできすぎている話ではあるのに、寧ろ、あの弟は何故気付かない? と疑問に思う。
「な、なんで教えてくれなかったんですか?」
「う~ん……。水尾さん自身がそれを望んでいなかった気がしてね」
「水尾先輩が?」
大事なことは自分で言う人だ。
だから、今は言うべきではないと思っていたのだろう。
もしくは、我々を信じきることができていなかったか。
まあ、よほど脳がお天気な人間ではない限り、その反応は当然だといえる。
「水……、ミオ……ルカさまが本当に王女だというのなら、尚更、わたしたちなどより当人の意思を尊重するべきだと思うのですが……」
言いなおそうとする辺りがなんともいじらしい。
「その王女殿下の意見を聞きたくなかったりすることもあるんだよ。あまり逆らうことができない立場だと余計にね。自分たちにとって都合が悪い方向へ進みたいと言い出されても困るから」
「その辺りもわたしにはよく分かりませんが……」
分かりやすく、納得のいかないような顔をしている。
「我が強い持ち主の説得は本当に大変だからね。できる限り楽をしようと言うのなら、俺も御しやすい方を選ぶと思うよ」
「雄也先輩があの人と同じ立場でも、水尾……ミオルカさまの説得は難しいと思いますか?」
あらゆる方向から答えにくい質問がきた。
「……俺は彼女に嫌われているからね。説得以前に話し合いのテーブルに着いてもらえない気がするな」
そう答えるのが無難だろう。
「それでも……、わたしとしては……」
少し考えながら、黒い髪の少女は口にする。
「やはり本人に一度も直接話をせずに裏で手を回すようなやり方と言うのは好きになれません」
それは、正論だ。
だが、それを簡単にできない事情と言うのもそれぞれ存在する。
尤も、この少女だってそれぐらいは分かっているのだろう。
だから「一度も」と言う言葉を使っているのだ。
それは、考えようによっては直接対話してみても無理なら外部の根回しは仕方がない手段と認めているということになる。
「お、お前たち……」
どうやらこの言葉が癇に障ったか、これ以上の会話は無意味と判断したのか騎士はキレたようだ。
「我らが王女殿下をこれ以上愚弄するな!!」
男がそう叫んだ時だった。
そして、それは恐らく、殺意に近い敵意や脅威に対する反射だったのだろう。
あまりにも刹那の出来事だったために、俺は自身の護りと周囲に対する近距離の防護処置をするのがやっとだった。
弟は言っていた。
それは、「閃光のような魔気の塊」だったと。
そんな報告を受けていたにも関わらず、その程度のことしかできなかった己の過信と未熟を恥じるばかりである。
「これは……」
想像以上の威力だった。
男が攻撃態勢に入り、魔力を収束して魔法を作り出すという行為に移る前に、少女の黒髪が舞い上がり、その小さな身体から魔気が一気に放出され、爆発に近い現象を起こした。
それは、単純に魔気の塊をぶつけただけ。
だが、そこには具体的な「想像」も「創造」も必要としないため、魔法を生み出すよりも遥かに早い。
普通の魔界人であれば、魔法を行使することが呼吸をすることと同じぐらい当たり前の事象であるため、魔力の塊をそのままぶつけるという発想はないだろう。
それは酷く無駄で、魔力の暴走行為と変わらない制御不能の荒業であった。
魔法に慣れ親しんでいる魔法国家だからこそ、敵意への反撃に魔法以外の攻撃など考え付かないかもしれない。
相手が銃火器を弾丸等の装填する前に、持っていた鈍器で殴ったようなものだといえば分かりやすいか。
しかも、男にとって不運はまだ続いてしまった。
喧嘩を売ったのが抵抗もできない小さなネズミだったと思えば、巨大な龍だったのだ。
知らなかったとは言え、本来なら下手に手出しをして良い相手ではない。
そして、その現象を起こした当人はその場に倒れていた。
ゆっくりと抱き起こして確認する。近付けただけで指に痺れが走った。
封印は……、やはり解けていなかった。
少女自身が無理矢理封印を破ったならこの状態はありえない。
そうなると想像の範囲ではあるが、封印を施した者が、この少女が何らかの危機に遭遇した際に、瞬間的に封印が解除されるようにしていたとしか考えられなくなる。
そしてその考えに間違いがなければ、封印としてはかなり優れたものだと思う。
だが、そうなるとますます疑問が湧きあがってきた。
この少女はいつ、どこで、そんな法力国家の高神官と呼ばれるような神官たちぐらいしかできないような封印を施されたというのだろうか。
この封印形態からそこに悪意はなく、明らかにその対象を守るためのものだという事ははっきり分かる。
日頃の暴走の危険と、非常時の危機回避を同時にこなしていることが何よりの証拠だ。
そして、そうなると更なる疑問も浮かんでくるのだ。
稚拙とは言え、少女自身が過去に封印していた魔気の存在を看破し、そして、何らかの危険に遭遇する可能性があることを知っていたということだ。
記憶を封印されている以上、少女自身に覚えがないのは仕方がない。
今後のためにも、僅かでも良いから手がかりが欲しいところだったのだが、あまりにもこの封印が見事すぎて、そんな綻びすらなかった。
「先輩」
そんな風に色々と考えている間に、背後から声がした。
油断して後ろを取られたわけではない。彼女がそこにいるのは知っていたから。
「我が国の者が大変失礼なことをしました。その非礼をお詫びします」
それらの言葉に一切の私情はなく、部下の非を素直に謝罪する上司の言葉だった。
「その言葉はこの彼女に。自分は見ていただけですから」
見ていることしかできなかったとも言うが。
「周囲の結界には感謝します。自分は反応が間に合わず、すぐ近くしか張ることができませんでしたから」
あの瞬間で、そんな余裕はなかった。
「魔法国家の人間が魔法を行使する際に結界を張るのは基本だから。この馬鹿はそんな基本すら忘れていたみたいだけどな」
そう言って、すぐ近くに倒れている男を見る。
先ほどからほとんど動かないが、意識を失っているだけで生きているようだ。
魔法国家の聖騎士ともなれば、王族クラスの魔気の塊が直撃しても即死に至ることはないのだろう。
尤も、それが魔法という形だったらどうなっていたか分からないが。
「でも、まさかそれが……、高田の攻撃を止めることになるなんて思ってもいなかった」
彼女が張った結界は俺が張った結界の上からさらに範囲を広げたものだった。
俺の結界だけでも少し離れていた村にまではそよ風すら届きはしなかっただろうが、それでも魔気の気配が漏れてしまう可能性はあった。
「自分もあれほどの威力とは思っていませんでした。九十九……、弟がいれば、もっと対処方法も変わっていたのですが」
少し、準備不足だったことは認めるしかない。
「先輩、敬語はやめてくれ。貴方から使われると落ち着かない」
「敬意を表しているだけですが?」
「高田相手ではしてないだろう? 主人である高田にはそんな言葉を使っていないのに私だけに使うのはおかしくはないか?」
「……お望みなら、仕方ないね」
俺は溜息を吐く。
仮にも他国の王族相手に気安い言葉というのはどうかとも思うのだが、当人がそれを望まないのならそれに従うしかない。
尤も、他の聖騎士たちの前ではそんなわけにはいかないだろうけど。
「高田は……、王族だったんだな」
彼女はポツリと言った。
「気になっていたんだ。この国の国王のことを悪く言われた時、高田にしては珍しく、明らかな怒りの表情だった。一国民として……というより、身内への暴言に対してと言うのなら納得できる」
俺は答えない。
だが、彼女はそれを気にせずに言葉を続けていく。
「何より、瞬間的とは言え、あの魔気の爆発。あそこまで濃密なら意識を失わない限り間違えようがない。風属性の純度が高すぎる上、あまりにも似すぎている」
「誰に?」
分かりきっている答えを促す。
あそこまではっきりしたものを見て、感じてしまえば否定のしようがない。
だが、俺の方からその答えを口にすることなどできないのだ。
彼女は溜息を吐きながら答える。
「セントポーリアの、この国の国王陛下の魔気に」
改めて、夢見がちな少女漫画でしか許されないような設定で申し訳ありません。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




