Shall we dance?
いろいろ考えて、これをサブタイトルにしました。
18年ほどの人生ではあるが、本当に何が起こるか予想もできないと何度、思ったことだろう。
身体を動かすのは好きだ。
だから、中学校の時は、身体を動かすことができる運動部に入部した。
筋トレだって苦にならない。
筋力を衰えさせない意味でも、部活を引退した後、受験勉強中もずっと続けて今に至るわけだが、それでも、まさか、こんな形で身体を動かすことになるとは思わなかった。
鍛えていた場所を全く使わないわけではないが、これまで使っていなかったと思われる部分に酷く負荷がかかっていることはよく分かる。
つまり、何が言いたいかというと……。
「どうしてこうなった!?」
この一言に尽きるわけである。
「お前がローダンセの貴族と縁を持つ予定だからだな」
近くで休憩していた黒髪の青年は平然と答える。
「足が! 爪先が痛い!!」
履き慣れないヒールの高い靴なので、踵が痛むかと思っていたが、意外にも爪先の方が痛かった。
考えてみれば、ずっと爪先立ちをしているようなものだ。
こちらが痛くなるのは当然だろう。
ヒールの高い靴で動くって、本当に辛い!!
そして、足を動かすからと、身構えていた脹脛の方はそこまでの痛みはなかった。
「オレは腰と背中だったな~。変に力が入っていたらしい」
既に痛みを経験していた先人はそう言う。
だが、殿方は女性と違って革靴である。
だから、爪先の負担はそこまででもないのだろう。
「栞ちゃんは、立ち姿は良いけど、動き出すと足の前方に体重をかけすぎているみたいだね。多分、ヒールを履き慣れていないせいだと思うよ」
立っている姿が良いというのなら、それはワカやオーディナーシャさまのおかげだと思う。
ストレリチアにいた時に散々、強制……、もとい、矯正された。
立っている時、座っている時、何をするにも、姿勢は大事だと。
それだけで、それなりに見える、と。
それならば、このヒールに慣れればマシになるかな?
「脹脛や、膝の方は大丈夫?」
「そっちは大丈夫です」
雄也さんの確認にそう答える。
今のところ、痛いのは爪先だ。
脹脛も膝も痛まないし、足首も捻った様子はない。
「首、背中、腰は?」
「そっちも大丈夫だよ」
九十九の確認は、体験談かな?
その辺も痛むのか。
身体が緊張するからかな?
さて、わたしは今、何故か、社交ダンスの練習をしております。
アックォリィエさまにダンスの講師を紹介してもらうようにお願いしたら、まさか、その日のうちに来てくださるとは思いませんでした。
しかも、練習のためにお屋敷の別邸をそのまま貸してくださるそうです。
金持ち、凄い。
そして、いろいろ感覚がおかしい。
だけど、不思議なことに、その講師は、既に近くにいません。
わたしの傍にいるのはいつものように二人の護衛と、そして、真央先輩だった。
何故ならば……。
「トルク様!! 足!!」
「あ!? すまない!!」
先ほどから聞こえる女性ダンス講師の悲鳴。
「ミオ様。視線がまた足元を見ていますよ」
「分かってる!!」
別の方向から聞こえるのは、水尾先輩の声。
男性ダンス講師から何度目かの注意を受けていた。
アックォリィエさまが手配してくれた講師は男女一人ずつだった。
その二人は、わたしたちに基本を教えて、動きを一通り見てくれた後、トルクスタン王子と水尾先輩を重点的に見ることになったようだ。
そして、真央先輩については、雄也さんが教えている。
その雄也さんに関しては、ダンスの講師が驚くほどだったので、相当な腕前なのだろう。
先ほどから、真央先輩に教えながらも、近くにいるわたしに話しかける余裕までありますよ?
そして、その雄也さんから叩き込まれていた九十九も、やはり、この世界では踊れる方だった。
そもそも、ローダンセに社交ダンスの知識と技術が入ってきたのもここ十数年のことらしい。
歴史としてはかなり浅いことが分かる。
だから、雄也さん曰く「人間界では拙い技術」であっても、この世界の人たちにとっては高度なテクニックとなるそうな。
何でも、十数年前のローダンセの王族の一人が、人間界へ他国滞在期に人間界を選び、そこで社交ダンスに魅せられたことが始まりだったらしい。
他国滞在期は長くても、五年だ。
その期間で当人と従者が覚えて帰ったとしても、プロたちの高等テクニックには及ばないだろう。
そのために、ローダンセのダンスはワルツのみらしい。
これらは、ダンスの講師たちから聞いたことだ。
今回のことは、わたしはともかく、覚える必要のない水尾先輩と真央先輩は、ローダンセの貴族の嗜みならば覚えておいて損はないと、習うことにしたらしい。
トルクスタン王子は単に踊れるとかっこ良さそう、とのこと。
結果として、ローダンセに行く前に、全員で習うことになった。
そして、意外なことに、わたしのワルツは、そこそこという評価を得たらしい。
目を引くような派手さはないけれど、基本に忠実で堅実な動きだとお言葉をいただきました。
しかし、それはダンスの評価としては、いかがなものか?
わたしの踊りは、どこまで行っても華がないことがよく分かる。
でも、これまでワルツなど縁のなかった人間が、指導者から少し習っただけでいきなり踊れるはずがない。
どうやら、「神舞」の足捌きの中に、ワルツの足運びと似たようなものがいくつかあったようで、わたしは踊れなくもない域にあったようだ。
恐らく、オーディナーシャさまが「神舞」の舞い方を教えてくれた時に、ワルツのステップも入れていたんじゃないかというのが雄也さんの話。
もしかしたら、ワカの方から習った動きの方には、彼女が人間界にいた時にやっていた日本舞踊が入っているかもしれない。
やたらと視線と、腕の角度、指先の動きを指摘された覚えがあるし。
だけど、「神舞」は一人で、もしくは神女たちに囲まれながら舞うものである。
そして、ワルツはパートナーがいる。
相手が近くにいる動きというのが、なんとも難しい。
自分だけならステップは踏めても、相手の足が邪魔するのだ。
だから、水尾先輩がよく指摘されるように、わたしもついつい足元を見てしまう。
「爪先の痛みは治癒魔法がいるほどか?」
「今はまだ大丈夫。でも、後でしてくれると嬉しい」
癒されても、またすぐ痛むのだ。
それなら、後で纏めてしてもらった方が良いだろう。
幸いにして、足も頑丈になっている。
それなのに、痛むって、人間界だったらどうだったんだろうね?
わたしたちの中で一番、踊れないのは、トルクスタン王子だった。
リズム感がちょっと独特だからだと思う。
そのために、まあ、先ほどから九十九が待機して、定期的にダンスの講師の女性に治癒魔法を使っている。
わたしがのんびりしているのもそのためだった。
トルクスタン王子と水尾先輩が手配されたダンスの講師とペア。
そして、雄也さんが真央先輩と組んでいる。
必然的に、残っているわたしと九十九が組むことになるわけだが、その九十九しか普通の治癒魔法が使えない。
因みに、九十九と一度、踊ってみたけれど、ヒールを履いても、身長差があるために結構、大変だった。
雄也さんが言うには九十九の技術が足りないということだけど、それならば、わたしの方がもっと足りていないはずだ。
わたしの見合い相手であるアーキスフィーロさまは、どれぐらいの背だろうか?
中学時代しか知らないので、今の身長は分からない。
流石に社交ダンスが貴族の嗜みだというのならば、見合い相手と踊らないわけにはいかないよね?
トルクスタン王子のように相手の足を踏むことだけは避けたい。
因みに練習用として用意されていた音楽は、人間界でも聴いたことがある映画の曲だった。
ゆっくりしたテンポで、初心者でも踊りやすいものが選ばれたらしい。
それを蓄音石という魔石で鳴らして踊るのだ。
石から、人間界の音楽が出るってなんか、不思議だよね。
「踊るか?」
先ほどまで流れていた曲が止まり、九十九がわたしに手を差し出した。
まるで、漫画みたいなお誘いである。
ちょっとときめいたのはここだけの話。
「うん、頑張る!」
いろいろ誤魔化すように、わたしはその手を取るのであった。
さて、もう少し、頑張りますか!!
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




