彼が原石を持っていたワケ
始めに感じたのは部屋に残った気配だった。
魔法を使ったというほどではないが、微かに残り香のようなものがある。
これが、シルヴァーレン大陸にあるセントポーリア城下の森だったら気付かなかった可能性もあるだろう。
だが、ここはリプテラだ。
ウォルダンテ大陸にある水属性大気魔気に溢れた地。
「栞」
兄貴と向かい合って談笑をしていた主人に声をかけると、その黒い瞳がこちらに向けられる。
「お前、ここで魔法を使ったか?」
この部屋にある僅かな主張は、居るだけで残った気配とは別のものだ。
水属性の大気魔気に潜むように、隠れるように、風属性の心地よい魔力が混ざっていた。
「ぬ? ああ、雄也から『識別』を頼まれたからかな?」
少し考えた栞がそう答えた。
栞は、道具を使って「識別」した結果の記憶がほとんどない。
口にするか、何かに書いた後は、本当に綺麗サッパリ忘れてしまうらしい。
但し、道具の補助なしに行った後は記憶できているとも聞いている。
この様子だと、道具を使った「識別」の方だったのだろう。
「兄貴、無理はさせてないよな?」
「俺がそんな愚を冒す男に見えるか?」
見えない。
だが、夢中になり過ぎるとオレ以上に、度を超す男だとも思っている。
「何を『識別』させたんだ?」
オレの報告だけでは足りなかったということらしい。
そんな気はしていた。
そうなると、「魔法弾きの矢」、「魔法弾きの盾」辺りか?
ソレらはオレが所持していないものだ。
「『魔封石』の原石だ」
「なんで、『魔封石』を加工前の原石で持っているんだよ!?」
この魔石に関してだけは、オレも、加工後の状態でしか見たことはなかったらしい。
所持していた「魔封石」を栞に「識別」してもらった時は全て、カットや研磨などの人の手が入っていた「加工済み」のものだった。
実は、「原石」として手に入れたはずの鉱物も、僅かでもカットや研磨をされていれば、栞の「識別」には「加工後」の鉱物だと判断されるらしい。
天然石として売られている鉱物のほとんどは、人の手が全く入らないのはかなり難しいことを知った。
研磨はともかく、綺麗にカットをしていた方が、商品として売りやすいし、石としての価値も上がるからだろう。
掘り起こした状態の原石のままでは、その見た目で価格を落としてしまう。
効果が全く同じ物なら、人は少しでも見目が良いものを選ぶ傾向にあるから。
僅かに手を入れるだけで商品価値が変動するなら、少しでも状態を良くして売るのが普通の商人としての判断だろう。
「偶然、手に入ったからだ」
「偶然で手に入る代物じゃねえだろ」
栞に「識別」されて、本当の意味での原石を手に入れるのは、困難であることを知ったのだ。
店で売っていたものはほとんどカットされているため原石ではなく、「加工済み」と判定されている。
それでも、一部は「原石」だったために、オレに売ってくれた商人が手を抜いたか、商品に偽りがなかったかのどちらかだとは思う。
それも、もともと手に入りにくい「魔封石」だ。
どんなツテを使って手に入れたのやら。
そんなものを持っていたというのに、再会してすぐに「識別」をさせなかったのは、他の人間たちの目があったからだろう。
栞が使う「識別」はかなり稀少な魔法だ。
本来の識別魔法が齎す効果とは違うかもしれないが、それでも、それに近しいものを使えているだけでもとんでもない話である。
「貰い物だ。だから、本当に偶然としか言いようがない」
そんな兄貴の言葉に、何故か、栞が目を瞬かせた。
「どこのお大尽だよ、それ」
「黒い衣装に身を包んだ紅い髪のお大尽だな」
「「は?」」
オレと栞の声が重なった。
その反応から、栞も知らなかったらしい。
栞の「識別」の結果では魔石は販売者を含めて、所持者の名前も一切出なかった。
兄貴が言わなかったなら、その出所まで知るはずがない。
「黒い衣装、紅い髪って……ライトですか?」
それ以外に心当たりがあるはずもないが、栞は念のために確認する。
「そうだよ。『ゆめの郷』にいる間に、御礼として彼から頂いた物だね」
「おおう」
そして、最近の話ではなかったらしい。
「御礼って何かしたのですか?」
「彼にちょっとした資料を渡したぐらいかな?」
ああ、あったな、そんなこと。
だが、アレを「ちょっとした」とは、オレは認めない。
命令に従って、栞を餌としておびき寄せたミラに、オレが伝言と共に手渡した追加資料だけでも結構な量だったのだ。
先に「ゆめの郷」のヤツの活動拠点とやらに、兄貴が届けていた資料はもっとあったことだろう。
あのミラが、「気持ち悪い」、「異常」だというほどだった。
なるほど。
あの男がやられっぱなしで引き下がるとも思えん。
兄貴が人知れず資料を送り付けたというのなら、同じようなことをやり返した気がする。
尤も、兄貴はそれすらも想定して、自分の元に届けられたその「魔封石」の原石を見ながら、ほくそ笑んでいそうだが。
「ライトから……。それで……」
栞が考え込んだ。
彼女は「識別」の結果を覚えていないはずだが、何か思うところがあったのだろうか?
だが、ここに漂う気配は、その「識別」魔法の結果らしい。
兄貴のことだから、その「魔封石」以外にもいくつか「識別」させたのだろう。
それだけの時間はあったはずだ。
だけど、なんとなく、栞の顔が浮かない気がした。
栞は「識別」結果そのものは覚えていなくても、その前後の遣り取り自体を忘れているわけではない。
何か、あったんだろうな。
だが、彼女自身がオレに何も言わず、兄貴はいつもの態度を崩さない。
そうなると、二人ともオレに言うつもりはないと言うことだろう。
そこに引っかかるものはあったが、オレに必要な情報ならば、時間を置いてでも話してくれるはずだ。
それならば、無理に聞き出すよりも、時期を見た方が良い。
「三人はまだ戻らないのか?」
「うん。水尾先輩も真央先輩も、二人に付き添っているトルクもまだだね」
オレが別の話題をふると、ホッとしたように栞は答えた。
「女の買い物は長いからな」
そう口にしたものの、目の前の女はそこまで長い買い物をしない女だった。
迷いはするものの、決めたらすぐに購入するし、無駄な物を探さない。
何も買わない時にいろいろな物を見て回るのは、自分の買い物ではなく、人の買い物に付き合う時だ。
「水尾先輩の買い物の仕方だと長くなるのは仕方ないよ」
栞はそう苦笑する。
水尾さんは値下げ交渉をするからな。
だけど、あの人は、物の価格を知っているわけではない。
目利きはできるのに、相場についてはかなり疎いのだ。
その辺り、王族だなと思う。
目が肥えているために、良い物は分かる。
だけど、自分で買い物をすることはないために、価格帯が分からないのだ。
それが自国はおろか、他国、他大陸ならば尚更だろう。
物の良し悪しは分かっても、それが、その場所でどれだけの価値があるのかが分からない。
「真央先輩はそうでもないのだけどね」
真央さんは余程、暴利じゃない限りは値下げ交渉をせず、相手の言い値で購入する。
曰く「相手にも生活があるからね」とのこと。
これはこれで、王族らしい買い物だと思う。
だが、偽物、粗悪品をそれと知りつつ高値で売ろうとする相手だった時は容赦しない。
周囲にそれが伝わるように交渉をしていくのだ。
仮に相手が激高したとしても、真央さんは王族である。
つまり、魔法が使えなくても、王族の特徴である暴力的な「魔気の護り」は存在するのだ。
尤も、真央さんの「魔気の護り」が発動することはない。
そうならないように、あの人は単独行動をすることなく、傍にいるトルクスタン王子や水尾さんが対応するから。
「まあ、三人が休息しているうちに、こちらもゆっくりしましょうか」
そう言いながら、オレたちの主人は笑うのだった。
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