魔封石
「魔封石の原石の識別結果については、予想通り過ぎて、あまり意外性はなかったかな」
そんな雄也さんの言葉に対して……。
「ほへ?」
いくらなんでも、間抜けすぎるだろうと自分でも思うような声しか出てこなかった。
「『魔封石』の特性は説明したことはなかったね。『魔封石』とも呼ばれ、触れるだけで体内魔気の動きがおかしくなることと、硬度が高く金剛石でも砕けないほどなのに、別の鉱物を擦り合わせるだけでも変形してしまう性質がある」
「『魔封石』という単語は何度か耳にしたことがあります」
装飾品として日頃から身に着けている「制御石」は、文字通り、魔力を制御する物だ。
体内魔気が外に出ることを抑えることができるため、表に出る体内魔気は本来よりも少なくなる。
つまり、魔力を弱く見せることができるという、わたしたちにとって、とても大事な効果があるのだ。
それに対して、この「魔封石」と呼ばれる物は、魔法を封印する効果がある魔石だと聞いている。
これに触れると、その質にもよるが、「魔気の護り」の働きも悪くなるらしい。
つまり、わたしや水尾先輩のように魔力頼りの人間には天敵であると言えるだろう。
だからこそ、話には何度か聞いたことはあったが、見るのは初めてである。
【魔封石の原石】
闇属性魔気鉱物。闇属性大気魔気のみからなる鉱物。六方晶系。紫色。闇属性。ダーミタージュ大陸産出。
先ほど、わたしは雄也さんから渡された魔石を識別した。
そして、書いた言葉には、雄也さんが教えてくれたことを含めて、「魔封石」の特徴はない。
わたしはその全てを覚えていないのだけど、九十九が言うには、加工前の鉱物、天然石のほとんどはそうだったらしい。
どんな種類の鉱物か。
そして、系統、色、属性、産出大陸名称。
これぐらいしか表示されないそうだ。
この辺り、植物を識別した時とはちょっと違う。
植物はもっと細かく、人体が使用した際の効能まで表示されていたと聞いている。
但し、これが少しでも人の手が加わった物だと、表示も変わるそうな。
これらの情報に加えて、効果、効能を含めた特徴が追加されるらしい。
この違いって何なんだろう?
そして、わたしの識別した情報って、一体、誰がまとめたものなんだろう?
これまで自分が書いた文章から見た限り、多分、誰かが名付けたり、効果を試したりした結果なのだと思う。
だけど、その大本が分からない。
何を参考にして、わたしの識別結果はあるのだろうか?
だが、それは今、どうでもよいことだ。
わたしの頭はそんなに難しいことを考えるようにできていない。
「雄也は、これがダーミタージュ大陸産の物だって知っていたのですか?」
大事なのはそこだ。
彼は、わたしの識別結果について、予想通りと言った。
意外性がなかったとまで言ったのだ。
魔気鉱物というのはともかく、この世界に存在しないと言われていた「闇属性」のものだったというところに驚きはなかったのだろうか?
そして、ダーミタージュ大陸という名前の大陸は、既にこの世界の地図上から消えたものでもある。
なんとなく、実はまだあるかもしれないと思わせるようなことはあるが、それでも、現状としては世界中を探しても見つけることができない幻の大陸である。
そんな大陸を名指ししたに等しい識別結果だったのだ。
普通はそこに驚くところだと思う。
「今、巷に存在している『魔封石』の大半は、その大陸から出た物だと俺は思っているよ」
「ほげ?」
なんですと?
「この世界に存在する天然魔石のほとんどは、それぞれの大陸の大気魔気……空気中に含まれる魔力の影響を大きく受ける。これは栞ちゃんも知っていることだよね?」
「はい」
人間界の宝石、鉱物と呼ばれるモノは地質学的な作用によって形成された固体物質だと聞いている。
だが、この世界にある鉱物はそれだけではない。
空気中に含まれた成分、魔力と呼ばれるモノが長い時を経て、固形、物質化することもあるのだ。
自分の魔力を凝縮して固めたものを「魔力珠」と言うが、その天然版らしい。
「この『魔封石』の原石が持つ効果は、六大陸の大気魔気である6属性のどれにも合致しない。だから、大気魔気から作られた天然魔石ではなく、気まぐれな神々が人間に与えた石と言われていたんだ」
「つまり、性格が悪い神さまの悪戯だと思われていたのですね?」
「人間視点ではそうなるかな」
触れるだけで体内魔気の動きがおかしくなるというのが本当ならば、それだけで、この世界の人間は調子を崩してしまう。
体内魔気、自分の身体に魔力を感じることは普通のことで、大気魔気、この世界は魔力で溢れていると感じるのも自然なことなのだ。
わたしは人間界で育っていたために、その意識が希薄だと思っていたが、実際、自分の身体内に魔力を感じ、周囲の人たちの魔力の気配を覚えてしまった今、知らなかった頃には戻れないとも思っている。
その体内魔気の動き、働きがおかしくなるのを自覚するのは、かなり困惑、いや、混乱することは間違いないだろう。
それを神さまが与えたと人間たちが思うのも納得ではある。
神さまの中には、人間に試練という名の悪戯をしてその反応を楽しむという悪癖を持つ者が少なくない。
同じ人類が作り出したと考えるよりは、神さまのせいだと思い込んだ方が、気も楽である。
それに、そう思い込んでも神さまたちは怒らない。
寧ろ、その見当はずれな考え方を楽しむだろう。
そして、長い間、そう信じられてきたのだろう。
体内魔気の働きをおかしくしてしまうという「魔封石」は、神さまが人間たちに与えた試練だと。
「この『魔封石』の産出地とされたダーミタージュ大陸について書かれた書物は、そう多くない。地図上から消えて久しく、その大陸があったことを疑問視する声すらある。だけど、今でもある場所には残っているんだ」
「ある場所?」
「どの国からも独立した区画だよ」
その言葉で、一つの答えに辿り着く。
「それは聖堂……、ですか?」
「その通り」
わたしの返答に満足してくれたのか、雄也さんは先ほどまでとは違う種類の笑みを見せてくれた。
雄也さんが口にした「独立した区画」、そして、「聖堂」という言葉で、なんとなく、恭哉兄ちゃんから連れられて行った大聖堂の中にあった「寵児の間」を思い出す。
あの場所は、王族と神力の所持者しか入ることが許されないという。
そして、神さまの御手によって、「神子」の記録が全て収納される空間でもあった。
遥か昔、「救いの神子」の一人である闇の神子「リアンズ」さまが書いた記録もあった。
「救いの神子」たちがいたのは、ダーミタージュ大陸がなくなるずっと前の話だ。
ダーミタージュ大陸がなくなったのは、五千年前だと聞いているから。
それならば、ダーミタージュ大陸が存在していた時代に神子がいたら、そこにあった国について書かれている可能性はある。
いや、もしかしたら、ダーミタージュ大陸が消えた直後に、そのことを書き記した神子がいたかもしれない。
「不思議なもので、今も昔も、『聖堂』と呼ばれる場所だけは、その国の頂点すら手を出すことができない。どんなに魔力が強い王でも、一番大事な祭壇がある内陣だけは破壊できないと大神官猊下より伺ったことがあるよ」
内陣は会堂の奥まった所、祭壇がある場所だ。
わたしは大聖堂しかよく知らないけれど、祭壇には「聖櫃」と呼ばれる神さまの遺物が収められているという箱がある。
王が破壊できないのは、その「聖櫃」のためだろう。
王族たちが持っている魔力も元をただせば、血筋というよりも大陸神との契約、加護によるものが大きい。
そんな王族たちが本物の神さまに勝てる道理がないのだ。
下手すれば、その加護すら失われてしまう可能性もある。
「そして、聖堂にはそこを管理する神官たちにもよるけれど、その時代の神官たちが書き記した史書が残っていることがある。王族たちにとって、不利益となるものでも、そこにあるものは手出しができないために、一般的に知られていない歴史も収められているらしいよ」
「歴史の裏側というものですか?」
「そうだね」
時の権力者たちにとって都合が悪い真実。
気付けば消えてしまった事実もあることだろう。
「そこに保管されていた書物の中に、『闇の大陸』と呼ばれる地から、不思議な魔石が届けられたことが書かれていたんだよ」
そして、雄也さんの口から出た言葉は、ある意味、予想通りのものであった。
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