彼の企み
俺は正直感心していた。
少女の目の前にいる相手は、騎士団に所属しているような大柄で屈強な男だ。
それも、ただの騎士団ではなく、この世界で一番と言われている魔法国家の聖騎士団である。
そんな相手から威圧的な態度で脅しに近い態度で進退を問われれば、魔法に自信がない大半の少女は、怯えながら膝を屈して頭を垂れてしまうことだろう。
自分から返答を促してはみたものの、年齢不相応に小柄な彼女がその気迫に負けて、相手の意思に従う態度になってしまってもそれは仕方がなく、その事自体を責めることはできないとも思っていた。
彼女自身は魔法が使えないが、魔法に対する恐怖心は既にあるのだから。
だが、彼女は顔を背けようとはしなかった。
自分と向かい合っている相手が、年上の異性であっても。
身近にいなかったために成人男性からの罵声には慣れていないと聞いている。
普通の人間の少女でも、見知らぬ男からの説教や脅迫まがいの言葉など好んで聞きたいものではないだろう。
本当なら逃げ出したいぐらいの恐怖があってもおかしくはないのに、自分の考えを曲げない意思表示をする。
手足や全身の震えを懸命に隠して、背筋を伸ばし、その大きく強い瞳で相手を逆に射抜こうとする姿は、自分が知っている誰かにとてもよく似ていた。
そこに計算されたものはない。
恐らく、彼女は近くにいる自分のことも意識の外にあり、相手の言葉だけに集中している。
護ってくれる人間が近くにいるから大丈夫だというある種の甘えた考え方が少しでもあれば、逆にここまで強くはなれないだろう。
―――― さて、どうするか。
この強さは確かに一見の価値はあると思う。
しかし、同時に危険極まりない行動でもあった。
彼女の言葉はある意味、正論と言えなくもないのだが、この状況ではただの挑発行為である。
それは言葉の強弱や意思の強さではなく、相手にとって痛いところを突かれているからに他ならない。
彼女が言うように「王女殿下を説得する」という考え方は確かに間違っていないのだ。
王族に仕える臣下は、時として、上の人間が誤った方向へ進むというのなら身を呈してでも止めて軌道修正する必要もある。
だが、今回の場合において、彼は自国の王女を確実に止めることができる手段を持っていない。
我々の方へ王女殿下が行くという選択が、誰の目にも明らかに間違っていると言い切れるほど、明確な理由を探すことが難しいのだ。
確かに、彼らからすれば、我々は素性も知れぬ3人ではあるが、敵対姿勢を見せているわけでもなく、不利益を与える行動もとっていない。
どちらかと言えば、他国で問題を起こした彼らの名誉を守るために動き、そのために交渉の仲立ちを行うことで恩を売っている形になっている。
だから、王女殿下が自分の意思で「こちらに行く」と決めてしまっては、反対しても押し切られてしまう可能性が高い。
彼女が一言、「騎士団が勝手に起こした厄介ごとに巻き込まれたくない」と口にしてしまえばそれまでなのだ。
そうなると説得するのはこちらの主、目の前にいる少女となる。
魔気を感じられない相手なら少し脅せば、簡単に言いなりになると思うのは当然だろう。
あまりスマートなやり方ではないし、自分なら絶対に選ばないような手段ではある。
こんな風に、なりふり構わず行動する辺り、今回の問題行動も同じような流れで起きたのだろう。
巻き込まれた側としては、大変、迷惑な話だった。
そして、思っていた以上の強い反発を彼女は見せた。
このままでは、確実に相手の男は激昂し、これまでの言動から彼女に対して、強硬手段に出ると考えられる。
つまり、少女に危害を加えようとするだろう。
そしてその結果、彼自身が一番気にしていて、同時に恐れている相手からどう思われることになるかということまでは考えていない。
それを考えていたら、そもそもこんな手段に出ることすら思いつかないはずだ。
尤も、王女殿下が少女を友人、恩人扱いしている姿を一時の気の迷いと侮っているのかもしれないのだが、それはそれで、王女殿下の感情は随分と軽く思われている気がする。
上に立つ人間は確かに私情のみで動くことはできないが、そこに人としての感情というものがないわけではないのに。
騎士団と一口に言っても、結局はただの組織でしかない。
厳しい試練、審査の末に選ばれた自分に多大な自信がある人間の集団ではあり、そこには様々な考え方を持つ人間がいるため、意識の同一化を図るためには一定の規則遵守が求められるが、国が無くなった現在は、それが完全に揺らいでいる。
生き延びるために精一杯だったためか、未だに具体的な規律が存在しないのだ。
そうなると、「自分の考えこそが正当」。
それをまかり通そうとする人間も出てくる。
だから、このアリッサムの残党騎士団は、今もどこか統率が取れていないように見えるのだ。
平時なら、聖騎士団長を中心とし、目を見張るような集団だった。
だが、長らく平和ボケしていた彼らは、窮地に陥った際にどう動くかは考えていなかったのだろう。
例えば、他国から攻め入られた時。
例えば、聖騎士団長が不在の時。
例えば、指揮系統が分断された時。
例えば、護るべき王族が行方知れずの時。
そういった混乱時にどうすべきかなんて考えていなかったのだ。
平和すぎてある意味羨ましい。
自分も弟も、ずっとこのまま平穏無事にいられるとは思っていない。
明日にでもお互いの身に何かある可能性だってあるのだ。
だから、緊急時にどうすべきかというのはいくつも想定して、それぞれ動けるようにしている。
普段は頼りない愚弟だって、賢兄がいなければ一人でこの魔界を歩けないほど無知には育ててきてはいない。
「一寸先は闇」などという言葉を知る以前に、俺たち兄弟は闇を見てきたのだから。
アリッサムの聖騎士団……。
それは目の前の男にとっては誉れ高いものなのだろう。
だが、そんな肩書きをいつまでも高々と掲げている時点で、大した人間とは思えない。
アリッサムが崩壊し、王族すら行方不明。
その時点で国とは言えないのだ。
いや、だからこそ第三王女殿下に拘っているのかもしれない。
縋り付くものがなくなってしまうことが怖くないものなどいないのだから。
だから、固執し、どんなことをしてもその場所を守ろうとする。
外敵を排除するしか方法を思いつかないのなら、その方向へ進もうとするだろう。
だが、こちらとしてはそんなことなどどうでも良いのだ。
正直、そんなお家事情に巻き込まないで欲しいとも思う。
本当に良い迷惑な話だ。
しかし、それらの流れを分かった上で、俺は迷っていた。
自分はずっとこの目で見てみたいと思っていたものがある。
それを見ることができる絶好の機会でもあるのだ。
この先にあるもの。
弟が既に見ている今の彼女の姿を。
目の前の少女からは確かに魔気を感じることができないが、その身体に魔気が本当にないわけではない。
魔力の封印というのは、身体のどこかに眠らせているような状態だと思っている。
その身体から魔力そのものを消去したわけではないのだ。
だから、周囲の少女に対する評価はどうであれ、魔法に対する耐性が本当に皆無だとは俺は思っていなかった。
だが、多少の魔法耐性があるとは言っても、本来、一番の護りである体内魔気が表に出ていないため、万全ではないのだろう。
そして、その能力も未知数であるため、消し炭はともかく、アリッサムの聖騎士団の攻撃により、少々の火傷を負う可能性はある。
護衛の立場にある自分としては、こんな下っ端騎士崩れ如きに毛の先ほどの傷すら少女に付けることを許したくはない。
そして、あの単純な弟も恐らくは同じ考えでいることだろう。
昔から、彼女が傷つくことを極端に嫌っていたのだから。
彼女の中に眠っている能力を、弟の口からではなく我が目で確かめたいと思う好奇心があるとともに、その反面、代償として僅かな犠牲も払いたくはないという気持ちも強い。
ただ、彼女の魔力の目覚めがその身の危難にあるのなら……、暫く様子を見たいという気持ちが勝ってしまったのだった。
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