縁談の裏側で
「今回の話は、アルトリナ叔母上と、その息子であるエンゲルクから持ち上がった。向こうからすれば、恩を売るためという形でカルセオラリアに話があったことが始まりだ」
改めて、トルクスタン王子は今回の話の発端を説明してくれるらしい。
「城が崩壊し、中心国としても落ち目のカルセオラリアにメルリクアン王女を置いておくのは勿体ない、と。仕方なくもらってやるから連れて来いと言いやがった」
その声には明らかに怒りが混ざっている。
当然だ。
自国だけでなく、自分の妹も軽く見られているのだからな。
しかも、ローダンセは女を男よりも下に置く傾向にあるのは有名な話だ。
男は常に偉い、無能な女どもは何があっても男に従え、と教え込まれて育っている国民性だと聞いている。
言葉は悪いが、アリッサムの王配殿下が王族の種馬扱いなら、ローダンセの女たちは、次世代という種子のための苗床扱いとも言えるだろう。
そんな国に、栞を連れて行くのに抵抗がないはずがない。
何より、あの主人が、意味なく他人から見下されて大人しくそれに従うイメージが全く湧かないのだ。
いや、それ以上に、栞を下に見られて、オレや兄貴が我慢できるだろうか?
「自国から、アーキスフィーロに釣り合う相手がいなくなっただけの話なのに、カルセオラリアを救済するという名目で、王族を寄越せと言い出したのだ」
カルセオラリアは城が崩壊し、城下も半壊した。
復興はかなり進んでいるが、それでも、元通りには程遠いという。
尤も、元に戻らないのは、国民たちの拘りのせいだとも耳にしている。
だから、どんなに時を重ねても、崩壊前と同じ形にはなることはないだろう。
「始めはメルリクアン王女殿下への話だったんですね」
そこは知らなかった。
そして、それが、何故、栞にすり替わったのかが分からない。
「そうだな。だが、メルリには既に婚約者がいる。それでも、ヤツらはその話をこちらに寄こした。今のカルセオラリアなら立場上、断れないと踏んだのだ」
言われてみれば、確かになかなかふざけた話だな。
婚約者がいる王族に婚約解消を求めた上で、他国の貴族へ嫁がせろとか、カルセオラリアを下に見ている証拠だ。
同時に、細かくは言われていないが、実際は脅しも入っているのだろう。
メルリクアン王女殿下を寄越さなければ、カルセオラリアを中心国に戻さないようにする、と。
あの会合で、ローダンセはどちらかといえば、クリサンセマム同様、カルセオラリアを中心国のままでいるのは反対の意思を表示していた。
その貴族がローダンセ国内でどれだけの権威を持っているかは分からんが、少なくとも、兄弟で王子たちの側近になるほどとは聞いている。
決して、王族たちに影響のない臣下ではないのだろう。
「だから、メルリよりも良い女を紹介すると、アーキスフィーロには伝えた。メルリのように王族なら、兄のヴィバルダスも不満に持つだろうが、魔力の強い平民の出なら、納得するだろう、と」
ヴィバルダス?
確か、栞の見合い相手の兄貴だったはずだ。
アーキスフィーロという男が第五王子に仕え、そのヴィバルダスって男は第三王子に仕えていたはずだ。
……何故だ?
この時点で嫌な予感しかしない。
「ローダンセの王位継承問題に主人を巻き込む気か?」
兄貴の声が一段階低くなった。
他者に対して、ここまで露骨に声にするのは珍しい。
「いや、そんな予定はない」
トルクスタン王子はきっぱりと否定した。
「ならば、ロットベルク家の相続問題の方か?」
「ああ、やっぱりわかるか」
「今の流れで分からんはずがない」
いや、分からねえよ?
それっぽいなとは思ったけれど、オレは兄貴のように確信はできなかった。
「ローダンセは、当主が家督相続する男を任命する。その際、女性に相続権はなく、発言も聞き入れられないらしいが、ロットベルク家はちょっと特殊なんだ」
「特殊?」
「先代の配偶者が他国の王族だった。その先代は既に隠居の身であるが、アルトリナ叔母上は発言権が強い」
「はあ……」
それはなんとなく分かる。
女が蔑ろにされるような国だとしても、他国から来た王族で、それも気が強ければ、言われっぱなしではいられないだろう。
気が強いわけではないが、芯があり、曲がったことを好まない栞もそんなタイプだと思う。
「ローダンセの現当主『エンゲルク=サフラ=ロットベルク』と、その母親である『アリトルナ=リーゼ=ロットベルク』は、次期当主に『アーキスフィーロ=アプスタ=ロットベルク』を推している」
よりによって、栞の見合い相手は次期当主候補だと?
眩暈がする。
なんで、そんなものを選んだ?
「だが、先代当主の兄弟……、現当主の伯父たちは、その兄の『ヴィバルダス=ミール=ロットベルク』を推している」
既に、相続問題が勃発してるじゃねえか!!
本当に、何故、そんな状況に放り込む?
「お前の考えは?」
「性格、才覚、資質などを鑑みれば、アーキス一択だな。ヴィバルダスは短気で軽率、おまけに浅慮だ」
長子に救いがねえ。
それなのに、親族がそっちを推すのは何故だ?
傀儡にする気か?
「ヴィバルダスの婚約者の名は、『トゥーベル=イルク=ローダンセ』。まあ、早い話がローダンセの王女だ」
配偶者の問題だったか。
分かりやすい政略だな。
「トゥーベル=イルク=ローダンセ王女殿下は、確か、15歳だよな?」
オレより年下だったと聞いていた。
メルリクアン王女殿下よりも下だったはずだ。
「そうだ。少し前まで、クリサンセマム国にいたらしい。クリサンセマムの王妃殿下とご友人だったと聞いている」
オレの問いかけに兄貴が答えた。
ここで、何かが繋がった気がする。
いや、偶然だ。
偶然だよな?
「アーキスフィーロ=アプスタ=ロットベルク殿は、もうすぐ19歳。そして、兄であるヴィバルダス=ミール=ロットベルク殿は今、22歳だったな」
「なんで、お前はそこまで他国の貴族の年齢まで覚えているんだよ?」
「それを知らんお前の方がおかしい。仮にも親戚だろ?」
オレもその辺りはあまり、自信はない。
だが、今回のことで一応、調べたために、ローダンセについては記憶に新しい。
「トゥーベル王女殿下の嫁入り条件が、ロットベルク当主の妻の座ということか?」
「その可能性はあると思っている。だが、現当主がアーキスを推すのと、親族がアーキスを次期当主として認めないのは表向き同じ理由だ」
「同じ?」
そして、表向き?
「アーキスは魔力が桁外れだ。その強さは王族に匹敵すると言っても過言ではないだろう。だが、その魔力が強すぎて、魔法の制御ができない。だから、親族たちはあまり、ヤツを表に出したくないのだ」
「制御石は?」
「ウォルダンテ大陸内のものでは駄目らしい。日頃使用しているのは、フレイミアム大陸からの輸入品だと聞いている。だが、それも、一月持てば良い方らしい」
それは、かなりのものだと思う。
それで押さえられないのはもしかしたら、アリッサムの王族たちよりも……?
「お前の見立ては?」
「体内魔気の強さと大気魔気を取り込む能力が釣り合っていないというのが、俺ではなく、マオとミオの見立てだな。魔法が発動しないならともかく、発動して暴発するなら、その可能性が高いらしい」
魔法国家アリッサムの王女殿下が二人揃って同じ結論なら、そうなのだろう。
「そちらではなく、魔力の強さの方だ」
「俺よりも強い」
それは王族に匹敵どころか、王族越えじゃねえか。
「件の人間の魔力暴走は、お前の結界で抑え込めないほどか?」
「いや、そこまでではなかった」
少し考えて、トルクスタン王子はそう答えた。
「それならば、強くても王族越えということはあるまい」
「む?」
「簡単なことだ。制御できないほどの魔力の暴走、暴発している魔法を抑え込めているのだから、トルクを越えてはいないことが分かる。全力を出して魔法を使っても、日頃、制御できているトルクを越えられていないのだからな」
兄貴はつまらなそうに答える。
確かにそうだ。
魔力の暴走、魔法の暴発は、自分が制御できないほどの力が働いた時に起こるものだ。
その状態をトルクスタン王子は自分の制御下の結界魔法で抑え込めているのだから、決して、魔力でその相手に劣っているわけではないのだ。
「尤も、それは昔の話なのだろう? 魔力成長期の現在、どれだけ魔力を伸ばしているかで、その評価が変わる可能性はあるとも言える」
さらに兄貴はそう付け加えるのだった。
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