そこに向かう目的の裏に
「有耶無耶のうちに、気付けばローダンセに行くことが決まっていたわけだが、高田はそれで良いのか?」
水尾先輩が手首を軽く振りながらわたしに尋ねてくる。
手を振っているのは、魔法を使った後だからかな?
「特に行くところもなかったですからね。あまり一つの所に留まりたくもないですし」
どこの国にいても、神官や行商人以外で他国から来る人間は目立つのだ。
この世界は旅行をする人間がほとんどいないことがその一因である。
神官は巡礼があるし、行商人は自ら移動することで商品の流通を行うために世界各国を渡り歩くが、一般の人はそうではない。
わたしはあまり意識していないけれど、体内魔気の護りがそこまで強くない普通の人たちは、他大陸の大気魔気が身体に合わないこともあるそうだ。
国境越えでわたしのような状態変化を起こすこともあるし、ずっと長く留まっていると、体調不良などの症状が出る人もいると聞いている。
勿論、それには個人差があり、体内魔気の護りが弱くても、他大陸の大気魔気の影響が薄い人たちもいるという話である。
こればかりは、行ってみなければ分からないらしい。
この世界のどの国でも、王位継承権第一位を除いた王族やそれに近しい人たちに他国滞在することになっているのは、見聞を広めるためとか、他国の大気魔気を知るためとか、いろいろな理由がある。
でも、言い換えれば、他国に滞在することが大丈夫なのは、そういった人たちということになる。
普通の人は無理らしい。
勿論、長く滞在すれば大気魔気からの感応によって、身体は慣れるとは聞いているけれど、やはり、一般的ではない。
そうなると、普通の人間の振りをして同じ場所に留まることは難しいと言えるだろう。
城に潜り込めれば、他国からの高貴な客人という扱いになるが、城下やそれ以外の場所となればどうしても人目についてしまう。
神官はそれすらも修行の一環だ。
そして、聖跡などに触れることで、そこの大陸の大気魔気の耐性も付きやすくなる。
尤も、神官たちは、そういった大気魔気の影響を受けにくい、魔力の感知系が鈍い人も少なくはないのだけど。
だから、ストレリチアは他国からも人間が集まる。
それ以外の国では、中心国なら機械国家カルセオラリアと、少し前なら魔法国家アリッサムだろう。
カルセオラリアは魔法耐性も魔法感知も鈍い人間が集まりやすい。
魔法にも法力にも恵まれなかったが、物を作りたいという知的好奇心に溢れた人間たちは、多少の大気魔気による身体の変化ぐらいで、思い描いた夢を諦めることはしないというのも理由の一つだろう。
その結果、国自体が多種多様な大気魔気で溢れることになったそうな。
トルクスタン王子が笑いながらそう話してくれたことがある。
そして、自分からアリッサムに行くような人間が、外からの大気魔気にやられるほど魔法耐性に弱いはずがない。
同じく、多種多様な大気魔気で溢れていて、なおかつ、それらが空気中で喧嘩しているような状態だったので、自分で制御できないと、魔力が暴走しやすくなると言っていたのは真央先輩。
そこで「そうだったか?」と首を捻っていたのは水尾先輩だった。
「でも、お見合いが纏まって、いずれは婚儀……って話になったら、そこに留まる形になるでしょう?」
真央先輩がわたしにそう尋ねる。
確かにそうなれば、同じ場所に留まり続けることになるのだけど……。
「どこかの高貴な人も、流石に既婚者を追いかけるようなことはないと思うんですよね」
わたしは知らなかったけれど、セントポーリアの王子殿下は、何故か、わたしを妻にするために手配書をばらまいたらしい。
まさか、僅かな時間の会話だけで、そこまで気に入られたとは思っていなかった。
だが、一応、腹違いの兄妹でもある。
それは絶対に避けたい。
そして、それを理由に断ることもできないのだ。
厄介なことに、セントポーリアの王家は、実の兄妹でも問題がなかった時代がある。
今は、勿論、認められてはいないようだが、血を守るためとその前例を出されたら、現状、セントポーリアの女性王族が少ないために、頭の固い王族の方々も、父親が同じでも母親が違うから問題ないとかなんとか言って不承不承ながらも頷く可能性はゼロではないらしい。
本当に笑えない。
「あの王子がそれぐらいで諦めるか?」
「諦めなければ、身を護るための正当防衛が成立するでしょう?」
今は、わたしに公式的な身分がない。
だから、王族の無体は多少、飲み込むことになる。
しかも、一応、出身はセントポーリアだ。
だから、セントポーリアに身柄があるような状態らしい。
そうなると、自国の王族に逆らうのは、かなりの理由が必要となる。
そして、セントポーリア国王陛下の娘として公式認定されたら大丈夫かという話でもなくなっている。
寧ろ、先の理由から、却って危険なのだ。
他の手段としては、ストレリチアで「聖女認定」を受ければ、どこの国の王族も手出しはできなくなるだろうが、別の厄介事が生じるために、それは最後の手段としたい。
それ以外ならば、セントポーリア以外の王族、貴族、それも中心国の人と縁を結ぶこと、具体的には婚姻や養子縁組である。
そうなると、わしの身柄はセントポーリアから離れる。
そこで他国の王族が横暴を働けば、国家間の問題になるのだ。
何故、中心国か?
セントポーリアが中心国だからである。
相手が小国ならば、大国の無法に対して、声を上げられない可能性があるらしい。
因みにこれらの情報は、どこかの情報国家の国王陛下からのありがたい御言葉である。
しかし、そんな言葉を、ウォルダンテ大陸にいる珍しい動物の生態についての説明に交えて送ってこないで欲しい。
同じようにその手紙を読んだ九十九も困っていた。
しかも「尤も、それは一般的な話であり、既になりふり構わない人間は周囲を顧みない問題行動を厭わないこともあるから、参考程度に」と意味深な言葉まで添えられては、読んだ瞬間に力も抜けるというものである。
「正当防衛? ああ、その時は、高田も攻撃に転じるつもりなんだ」
「人妻に手を出すなら、当然でしょう?」
そんな男は、過剰防衛と言われるほどの攻撃を覚悟していただきたい。
昔のワタシと違って、今のわたしは母親以外に護りたいものが多いのだ。
そのためなら、王族相手への攻撃も迷わない。
セントポーリア国王陛下すら驚くような魔法をお見舞いして差し上げようとは思っている。
「「人妻……」」
だが、何故か、真央先輩だけでなく、水尾先輩もそんなことを言った。
「え? 婚儀を無事に終えたら、人妻ってことになりません?」
この世界では言わないのだろうか?
いや、自動翻訳機能が働いているはずだから、そこまでおかしな言葉にはなっていないはずだけど?
「そうなんだけど、ちょっと、高田に似合わなくって……」
「人妻……、人妻?」
真央先輩は苦笑して、水尾先輩は妙に唸っている。
「アックォリィエさまもそうでしょう?」
あの方は、わたしの後輩だ。
つまりは、年下。
でも、もう結婚して、子供までいる立派な人妻である。
「アッコはともかく、高田が人妻……、誰かの横に大人しく納まっている姿が想像できない」
「婚儀を終えた後でも、夫君よりも近い位置に、ユーヤや九十九くんが横にいそうだよね」
なんか、酷いことを言われている気がする。
夫君……って、夫のこと……だっけ?
「でも、確かに高貴な方からその身を狙われているなら、他国の貴族との婚儀で普通は十分だね」
「そうか? クリサンセマムの先代みたいなヤツもいるぞ」
「先代?」
前、世界会合でわたしが見たクリサンセマムの国王陛下よりも前の人ってことは、親世代ってことになるのかな?
今のクリサンセマムの国王陛下はセントポーリア国王陛下よりも年下の三十代前半だったと記憶している。
それなら五十代から、六十代……カルセオラリア国王陛下ぐらい?
「女王陛下が表に出てきた途端、口説き始めたと聞いている」
「しかも、その妹全てに声をかけたっていうからみっともないよね?」
アリッサムの女王陛下は確かセントポーリア国王陛下と同年だったはずだ。
しかも長子継承。
その妹全てにお声掛けをしたってことは、えっと……つまり……?
「トルクみたいな趣味ってことですか?」
「「ぶっ」」
わたしの言葉に同じタイミング、同じ顔で吹き出す、仲良し姉妹。
「違うよ。もっと利己的な話。アリッサムの王族の魔力は魅力的だよねってことだよ」
「それでも、四姉妹全てに声を掛けるのは利己的というだけでなく、単純に年下趣味なだけだろ?」
いや、四姉妹全てに声を掛けるってただの節操なしではないでしょうか?
そして、それがその娘たちにまで伝わっているという辺りが、ね。
でも、クリサンセマムの現国王陛下も、わたしとそう変わらない年代の女性を妻にしているわけだから、年齢差のある方を好む血筋であるのかもしれない。
そういう嗜好の方が一定数いらっしゃることは存じておりますが、わたしとは相容れないとは思う。
やはり、年齢は近い方が良い。
わたしは改めてそう思った。
何を話して良いかも分からなくなるからね。
会話大事。
わたしは、好きな人とはちゃんと話がしたい。
だから、好きな人と結婚することはなくても、結婚するからには、話が通じる人が良いなとは思うけどね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




