そこに向かう目的
「ローダンセに行くのはトルクの私用と、高田の見合いのためっていうのは分かっているけど、本当にそれ以外ないの?」
そう言いながら、真央先輩が新たに出された焼き菓子に手を伸ばした。
今度は、一口サイズのエクレア。
これはまた、デコレーションが数種類ある。
それらは、先ほどと違って山盛りではなく、綺麗にお皿の上に並べられていた。
わたしは、さっきのシュークリーム3個で十分だったのだけど、一つぐらいは食べておきたいな。
「勿論、含みはあるが、それについて、お前たちに言うつもりはない。但し、ユーヤは知っている」
「「あ?」」
水尾先輩と真央先輩が同時に低い声を出した。
「仮にもツレに話さないってどういうつもりだよ?」
「う~ん。含みがあるって……。あっても、わざわざ言っちゃダメなんじゃないかな?」
だけど、その後の反応が分かれた。
この二人は双子だけど、割と反応が異なる。
「言えないものは言えない。だが、完全に隠すと、お前たちは暴こうとするだろ? できれば、それは避けたいんだよ。だから、匂わせるだけにする」
「かえって、気になる!!」
「まあ、事情があるのは理解できたけど。トルク、それは私たちに危険があるもの?」
水尾先輩は単純に憤り、真央先輩は危険性の確認をする。
全てを知ることで危険が増す話もあるのだ。
だから、真央先輩の判断は正しい。
「今のところは分からん。だが、ローダンセの国内情勢を見ると、絶対に危険がないとは言えないところだな」
「それなら、行く意味はあるの?」
確かに、この話を聞いて、行きたい!! とはならないだろう。
「ある」
だが、トルクスタン王子は断言する。
その声の強さに真央先輩と水尾先輩は息を呑んだ。
「お前たちは俺を信じろ」
そんなトルクスタン王子の力強い言葉に対して……。
「「信じられない」」
声を揃える双子の王女たち。
こんな時は息が合うお二人である。
「酷い!!」
それにしても、今日一日で、トルクスタン王子は何度「酷い」と叫ぶことになるのだろうか?
ちょっと気の毒になってきた。
そして、こちらに助けを呼ぶような視線を送らないでください。
わたしは、今、お茶とお菓子を楽しみたいのです。
先輩に逆らえる後輩などいない。
あれ?
このエクレアはフルーツ入りだ。
ちょっと嬉しい。
当たりを引いた気分になる。
そして、美味なり。
「ユーヤは反対しないの?」
トルクスタン王子では話が進まないと判断した真央先輩は、雄也さんに問いかける。
雄也さんは笑いながら……。
「反対はしたいが、他に目的もないからね。それに、カルセオラリア国王陛下との約定もある。トルクをローダンセに送り届けるぐらいはしようと思っているところかな」
「ユーヤは積極的ではないけど、賛成派ってことか」
「先輩がそう言うなら、確実に何かあるってことだよな?」
水尾先輩が雄也さんをじろりと睨んだ。
「何かあるかは行ってみないと分からないね。トルクやカルセオラリア国王陛下、それ以外の情報だけでは多分、足りない」
わたしがのんびりセントポーリアやストレリチアで過ごしている間、雄也さんはこの大陸でいろいろ情報収集をしていたはずだ。
勿論、水尾先輩と真央先輩を護るということもしていただろう。
だが、この屋敷に滞在していたなら、アックォリィエさまのことを利用して動いた部分もあると思っている。
それも、ある程度、アックォリィエさまの信頼を勝ち得た上で。
そうじゃなければ、病気になった息子をまず雄也さんに診せるなんてことはしないだろう。
なんだろうね?
あの他人の懐に入り込める技術って。
考えてみると、九十九も割とそうだ。
あのライトすら、気付けば、一緒にお酒を飲むような仲になっている。
これは血筋なのか。
それとも、雄也さんの教育の賜物なのか、よく分からない。
「じゃあ、仕方ないか」
「仕方ないね」
水尾先輩と真央先輩は同時に頷いた。
「いや、お前たち? その、ユーヤの判断ならすぐに納得するってどういうことだ?」
そして、トルクスタン王子の疑問。
「え? ユーヤが決めたのに、逆にそれに反対する理由ってある?」
「先輩の判断だからな。何か企んでいたとしても、高田に害はないと思う」
先ほどから真央先輩と水尾先輩が食べていたエクレアは既にお皿からなくなっている。
そして、トルクスタン王子の顔がそのお皿を見て蒼褪めていた。
それは、先ほど円盤投げをされたからではないと思う。
カルセオラリア国王陛下と同じで、甘いものがそこまで得意ではないようだ。
そんな人間から見れば、水尾先輩と真央先輩の食事量とその速度はかなりの驚異だろう。
「ゆ、ユーヤ、お前からも何か言ってくれ」
「ああ、九十九。追加を頼む」
「もう、持ってきている」
そう言って、新たなお皿がテーブルに載った。
今度は一口サイズのシュークリームが二つに割られ、その間に果物が挟まっているのが見える。
人間界では珍しくないけれど、この世界ではかなり難しいデコレーションだ。
ううっ!!
これらも美味しそう!!
一口サイズだから、一つぐらいは多分、食べられそうだけど、果物が何種類かあるように見える。
全部は無理だ。
今回は諦めてまた作ってもらおう。
「これ以上、追加するな!! これ以上、そんな甘いものを食えば、マオとミオが太……」
トルクスタン王子は最後までその言葉を口にすることはできなかった。
わたしに分かったのは、またも円盤が投げられ、さらに今度は複数の爆発音が起こったことだけである。
「兄貴、これは治癒魔法をした方が良いか?」
「不要だ」
「酷い!!」
そう叫びながらも、全く傷を負ったようには見えないトルクスタン王子。
前々から思っているが、この人は、かなり頑丈だと思う。
まるで、ギャグマンガの登場人物のようだ。
なんとなく、電撃で黒焦げになったり、ふっ飛ばされても、すぐに復活する少年漫画の主人公を思い出した。
さらに、あの主人公は、何度も電撃を食らっているうちに、気付けば耐性が付いていたと話していた。
やはり、慣れは大事だってことなのだろう。
「御二方も気は済んだかい?」
「いや」
「全く」
雄也さんの問いかけに、水尾先輩は苦々し気に、真央先輩は薄く笑いながらもそう答えた。
「無詠唱魔法に対しても、咄嗟に的確な防御結界を張りやがる。次はもっと威力を上げるか」
「反射神経が良いのかな。道具を使わない方が当たる気がするけど、テーブルのせいで、ちょっと距離があるんだよね。次は机を使うか」
さらに物騒なことを呟く双子の王女殿下たち。
しかし、今、一番、驚くべき部分は、あれだけの騒音で誰も来ないことだろう。
ここは、リプテラの管理者のお屋敷の一室である。
それなのに、警備の人たちが慌てて飛び込むこともない。
雄也さんか、九十九が事前に結界を張っているのだろうけど、その気配すらわたしには分からなかった。
事前に結界を張っているってことは、この話し合いがある程度、こんな風に荒れることを予測していたってことだよね?
「こう見えてもトルクは、結界だけは優れている。高威力の魔法を連発するにしても、種類を変えて呼吸させる間もなく、次々に放つ方が良い」
何の助言でしょうか? 雄也さん。
「さらに反射神経と危機回避能力が優れているため、道具を使った攻撃に関しては、未来予知並みの動きをする。さらに肉体も呆れるほど頑丈であるため、物理攻撃は急所を狙うしかない」
「「急所……」」
さらに続けられた雄也さんの言葉に、真央先輩と水尾先輩の視線が一点に集中する。
確かに殿方の急所で有名なのはソコですが、そこまで分かりやすい言葉と視線はどうかと思います、先輩方。
そして、別方向から突き刺さるような視線を感じているので、わたしは見ません。
雄也さんが苦笑している表情を見るだけに留めます。
なるほど。
傍から見れば、これはかなり恥ずかしい視線の動きだ。
気を付けよう。
「お前たち、男日照りが続き過ぎているとは言っても、その視線はどうかと思うぞ」
自らの身体を庇うような動きを見せるトルクスタン王子。
そして、再び、爆発音。
懲りない人だ。
「くっ! やはり防ぐか」
今回、攻撃したのは水尾先輩だけだった。
対して、真央先輩は机に伏していた。
耳が赤い辺り、己れの行動に恥じ入っているようだ。
水尾先輩は恥よりも、怒りの方が先だったらしい。
「九十九。人体の急所の代表的な部位を言え」
「顔面、額、こめかみ、目、乳様突起、顎、首、頚椎、肩口、脇の下、上腕骨の隙間、上腕三頭筋、手首、肋骨と肺、心臓、鳩尾、肝臓、腎臓、膀胱、金的、大腿部、膝、脛、アキレス腱が男女関係なく、人体の急所と言われている部位だな」
いや、なんで、そんなのを覚えているの?
護衛だから?
そして、乳様突起って何?
なんとなく、その言葉から胸の先?
でも、上から順番に言っている気がするから胸のことじゃないのかも。
さらに、脇の下や手首も急所なの?
脇の下はくすぐったい場所だよね?
何より、男女関係なくってことは、女性でもあの場所は金的って言うの!?
ああ、九十九にしっかり習いたい!!
「空手で習ったのが基本だな。正中線は、基本だ。人中、丹田、金的くらいは一般的にも聞き覚えがあるだろ?」
わたしの視線に気付いた九十九がそう教えてくれる。
正中線という言葉に覚えはないけれど、人中は確か、顔だっけ?
丹田はお腹の下にある、気が溜まるとか、気を練るために必要な部分だとかなんとか?
どちらも格闘漫画で見た覚えがある。
だが、後に続いた「金的」の言葉の印象が強すぎてどちらも、あまり頭に残らないのは何故だろう?
「九十九くん。後でその辺の詳細を求めて良い? 覚えておいた方が良さそう」
いつ、どこで、誰に使う気ですか? 真央先輩。
「金的……」
そして、気持ちは分かりますが、それは女性が何度も呟くのはあまりよくない単語だとわたしでも思います、水尾先輩。
「ユーヤ……。暫く会わないうちに、俺の幼馴染たちが狂暴化している気がするんだが?」
「その原因はお前にある。少し、自分の行いを顧みろ」
「行い……?」
雄也さんに促され、少し、トルクスタン王子は考えて……。
「マオもミオも、俺がいなかったから、凄く寂しかったってことか!?」
そんな幸せな結論を口にしたのだった。
作中の急所の箇所、「乳様突起」は、耳の後ろの隆起した骨のことです。
強い衝撃を受けると平衡感覚を狂わせ、刺されると運動機能が麻痺します。
そして、「金的」は女性でも急所です。
※ 女性でも「金的」と言います。
男性はショック死することもあるほどの激痛ですが、女性も神経が集中しているために、強打するとやはり激痛は避けられません。
こんな所までお読みいただき、ありがとうございました




