彼女の正体
「なんだと?」
わたしの返答が気に入らなかったようで、目の前の人がギロリと睨んできた。
大人の男の人に睨まれるのって凄く怖い。
しかも、相手は騎士だけあって、目つきはかなり鋭いし、その眼力だけでわたしなんか簡単に倒されそうな気がする。
でも……、確かに怖いけど……、それでも、わたしはこの人に言いたいことがある。
「わたしたちが他国の人間で、危険の有無が判断できないというのは分かります。でも、その意見を、あのせ……、あの方に告げもせず、こちらを動かそうとすることは理解できません」
確かに水尾先輩は、自分の考えを簡単に変えるようなタイプには見えない。
でも、だからと言って、人から本気の意見を出されても無視するような人でもなかった。
そんな自分本位な人だったら、中学の時に生徒会長なんてできるはずがないし、任命もされなかっただろう。
生徒会長は、単なる人気投票で選ぶものではなかったのだから。
水尾先輩のその部分については、人間界でも魔界でも同じだと思う。
それなのに、その水尾先輩に自分の意見をぶつけるよりか、少し脅せば簡単に従いそうなこちらに向かって威圧的な態度で接した上で命令するあたり、納得ができない。
そして、恩を着せるつもりなどないが、水尾先輩を保護したのはわたしたちだ。
それはこの人たちも理解していると思っていた。
加えて、騎士団としてはあまり良くない行動を止め、話し合いの場を提供したのはこの雄也先輩である。
正直、そんな態度から察するに、今回、この村で起こしたこともあまり反省していない気もした。
単に「運が悪かった」程度に思っているかもしれない。
そんなわけで、この人の言葉や態度は、わたしにとっていろいろと腹が立つ要素が盛りだくさんだった。
そんな人に脅されたからと言って、「はい、承知しました」と引き下がれるほどわたしは物分りが良くもない。
「小娘。身の程を知れ。あの御方について何も知らないくせに。本来ならお前たちのような人間が口を聞くこともその姿を目にすることも叶わぬほど尊い身分の御方なのだぞ」
「身分とか立場とかは問題にしていません。自分の意思を当人に話さないでおいて、周りになんとかしてもらおうという行為は貴方がたの国では普通の行動なのですか?」
おおぅ。
口から勝手に言葉が出てきてしまう。
大の大人……、それも、騎士団に所属するような人相手にわたしがこんなことを言うのは良くないし、お門違いでもあるだろう。
それでも、やっぱりずるいことだと思うのだから仕方がない。
この人は本当に水尾先輩のことを思っているのだろうけど、肝心な部分で、当人の気持ちを無視している時点で、遠まわしに彼女をないがしろにしてしまっているとわたしには感じられてしまったのだ。
「……小娘。なかなか良い覚悟だな。俺をアリッサムの聖騎士と知った上でその言葉。ほぼ魔気を感じられないお前など、一瞬で消し炭にすることも可能なのだぞ」
さらにじろりと睨まれる。
ああ、確かにこんな人が近くをうろついていたら、この村の人たちはかなり怖い思いをしたかもしれない。
魔気ってやつを感じないわたしでもそう思うのだ。
しっかり実力差を感じる魔界人はかなりの恐怖を覚えたことだろう。
背中にひやりとしたものを感じる。
やはりわたしもこの状況が怖いのだ。
魔気とかそんなものは分からないけれど、言われている言葉の意味が理解できないわけではない。そして、真実そうなのだろう。
だからと言って……、ここでこの人に従うのはなんか違う気がする。
元から水尾先輩と一緒に行けるとは考えてもいなかったけれど、それでも、彼女がこんな人の近くにいて欲しいかと思えば……、答えは「ノー」だった。
わたしは黙って目の前の人を見る。
その行動が、この人の気に障ることを承知で。
「小娘……。一応、確認しておく。他国のお前があの方の何を知る?」
「多分、貴方ほどは知らないと思います」
わたしは正直に答えた。
水尾先輩が魔界人だって知ったのもつい最近の話だ。
名前だって人間界と同じ「富良野水尾」であるはずはないだろう。
身分だってかなり高いのだろうなってことぐらいしか知らない。
「あの方が我が国でどれほど重要な立場にいたのかを知っているか?」
「いいえ」
それも正直に答える。
目の前の人は馬鹿にしたようにくっと笑った。
「やはりな……。何も知らないからこその無礼な振る舞いというわけか。バルディア隊長を差し置いて同室となるなど畏れ多いことをしても平気でいられるわけだな」
いや、その辺りはわたしのせいではない。
彼女たちの間で勝手に決めていたことだったから。
だけど、そんな正論も、今のこの人には意味もないのだろう。
「ならば、身の程を知るが良い!」
そう言って、目の前の男の人はわたしに向かって言い放つ。
「あの方の名はミオルカ=ルジェリア=アリッサム!我が国の第三王女殿下にして王位継承権第三位の尊き御方だ!!」
そんな叫びに対して……。
「……ぎゃふん」
わたしはそう答えるしかなかった。
「古典的だね」
あまり回ってはいない頭でなんとか搾り出せた言葉に、どこかのんびりとした口調で返してくれる雄也先輩。
い、いや、だって、第三王女?
王女さま?
あの水尾先輩が!?
いやいやいや?
なんで?
いつから?
そして……。
「ゆ、雄也先輩はご存知だったわけですね?」
そうでなければその落ち着きはおかしい。
いや、わたしも何度かその可能性が頭をよぎったけれど、それでも決定打に欠けているからどこかで否定していた。
そのわたしですらこの動揺!
いや、単純に人間の出来が違うだけって気もするけど。
「うん。知ってた。千歳さまもね」
「か、母さんまで!?」
その事実に驚きを隠せない。
雄也先輩が水尾先輩のことを知っていても、そこまでの驚きはなかったのだけれど、まさか母まで知っていたなんて……。
「な、なんで教えてくれなかったんですか?」
「う~ん……。水尾さん自身がそれを望んでいなかった気がしたからかな」
「水尾先輩が?」
確かに水尾先輩本人は一言も口にしなかった。
それにそんな話になっても、どこか誤魔化すような口調だった気さえする。
それが分かっていながら、第三者がそれを口にするわけにはいかないかもしれない。
あれ?
そう考えると……、この騎士さんは……、そんな水尾先輩の気持ちも読み誤ったってことになるのかな?
「水……、ミオ……ルカさまが、本当に王女殿下だというのなら、尚更、わたしたちなどより当人の意思を尊重するべきだと思うのですが……」
恐る恐る雄也先輩に同意を求める。
「その王女殿下の意見を聞きたくなかったりすることもあるんだよ。あまり逆らうことができない立場だと余計にね。自分たちにとって都合が悪い方向へ進みたいと言い出されても困るから」
「その辺りもわたしにはよく分かりませんが……」
自分たちにとって都合が悪いことってなんだ?
それは……、水尾先輩の意思よりも優先しないといけないことか?
身の安全とかそう言ったものなら、それも仕方がないことだとは思うけど……、それ以外のことならちょっと話は変わってくる。
「我が強い持ち主の説得は本当に大変だからね。できる限り楽をしようと言うのなら、俺も御しやすい方を選ぶと思うよ」
「雄也先輩があの人と同じ立場でも、水尾……ミオルカさまの説得は難しいと思いますか?」
「……俺は彼女に嫌われているからね。説得以前に話し合いのテーブルに着いてもらえない気がするな」
雄也先輩が苦笑しながら肩を竦める。
そこにはいろいろな事情があるのだろうけど、それでも、この人ならすんなりと水尾先輩を説得してしまう気はする。
何故なら……、雄也先輩は、「相手」の意思を無視しない。
必ず意見を聞いた上で、正論と言う名のピッチャー返しをしてくる人だから。
「それでも……、わたしとしては、やはり本人に一度も直接話をせずに裏で手を回すようなやり方と言うのは好きになれません」
もしかしたら、本人の意思はその人が想像しているのと違う可能性だってあるのだ。
勝手な考えで、自分の知らない所で自分の意思を勝手に決め付けられるのはわたしだったら嫌だと思う。
「お、お前たち……」
そんなわたしたちのやり取りが色々と癇に障ったらしい。
「我らが王女殿下をこれ以上愚弄するな!!」
そう言って、彼はわたしの方へ手を突き出した。
わたしが覚えているのはそこまで。
次にわたしの視界に入るのは、まったく別の場所だった。
彼女の正体は予想できた方も多かったのではないでしょうか。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




