不憫で難儀
自分の知らない時間がある。
それ自体は仕方ない。
学生の頃のように同じ時間を過ごすことができなくなったのだから。
それでも、いろいろと考えてしまうのだ。
その場所は自分の場所だったって。
一番、近くにいるのは自分だったって。
私にまだそんな子供じみた感情があるなんて、本当にビックリ。
まあ、18年も生きていれば、いろいろあるわよね?
そう思ってしまうのは、目の前の男が原因だ。
自分の主人を抱きかかえて、何度も蕩けるような表情を向けている。
お相手は熟睡しているというのに。
これは、「だだ漏れ」って周囲に言われても仕方ないわ。
実際、見ていて身体のあちこちがむず痒くなるほど、愛情がだだ漏れているのだから。
本当に何があったんだか。
それを知りたいような、知りたくないような変な気分だわ。
そこまで露骨な変わりようは、様々な艱難辛苦を乗り越えた果ての姿なのだろうから。
私が彼らと会わなかったのは数カ月だ。
その数カ月で、目の前の青年はすっかり一皮どころか十皮ぐらい剥けてしまった気がする。
「男子、三日会わざれば刮目して見よ」って、どこかの少年漫画やアニメでも言っていた気がするけど、本当にその通りね。
気が付いたら、まだどこか幼さが抜けきらなかった青年が、一気に急成長して落ち着きある男性になっているんだから、おね~さん、驚いたわ~。
その域に達するまで後、数年はかかると思ったのに、大人の階段をいくつ駆け上ったのかしら?
そして、恋心云々に関しては、その性格上、ずっと頑なに認めないと思っていたんだけど、観念せざるをえないほど決定的な何かがあったんでしょうね。
でも、認めてしまったらその心は全く隠さないと思っていた点については、大当たりだったわ。
それが当人には伝わっていないと思っている辺り、もともとあった不憫さが追加されている気がするけど。
私の友人はそこまで鈍くない。
いや、鈍いは鈍いのだけど、あそこまで過多で重い愛情表現を見せつけられて、本当に何も気付かないほど鈍くはないのよね。
まあ、彼女もかなり頑なな性格をしていますし?
どこか無意識にでも、彼のことを受け入れられないと思ってはいるんだろうなとは思いますけど?
それが彼の言っていた「首輪」に起因するものか。
全く別の要因なのかは、判断が付かない部分ではあるのだけど。
どちらかと言えば、スキンシップが苦手な娘が、昔からの友人と言っても、異性からあれだけベタベタされて、困った顔をしつつも受け入れているって、相当なことなのよ?
それを、私は声を大にして言ってやりたい。
でも、それって野暮ってやつなのよね~。
もうとっととくっついちゃえって!
ああ、めんどくさい。
あの男からもやたらぶっとい釘を刺されているからな~。
余計なことをするな、言うなって。
でも、ヤツはどこまで知っていたのかしらね?
あの護衛青年に付けられた首輪とかの話。
想うだけは許されているなら、首輪を嵌めた人間から情けを頂く程度の信頼関係は構築されていると言っても良いのかしら?
でも、どちらの友人もしている身としては、やっぱり面白くはないわね。
私の友人たちに何をしてくれるのかしら?
まあ、その首輪を嵌めた人に心当たりはガッツリあるのだけど。
それが、私如きの身では太刀打ちできない存在だというのも勿論、理解しているけど、一言ぐらいは物申したいとは思っているのよね。
常々。
この国で行われた世界会合で、彼女の母親の姿を見た日から、全てが腑に落ちてしまった。
ええ。
私の友人の母親も、やはり、娘と同じように只者ではなかったということね。
そして、同時に彼らの行く末は明るいものばかりではないということも知った。
その辺については仕方ないわね。
こればかりは理屈ではないのだから。
この世界に多く存在する古臭い仕来りや周囲の柵からは逃げらない。
それは私も嫌になるぐらい知っているし、当然ながら、目の前の青年も十分すぎるほど理解できていることでしょう。
進む先は遠く、そして果てしなく。
それでも彼らは共に行くのだろう。
その先が茨で作られていると知っていても。
本当に不憫だし、難儀だわ。
どちらも、もっと楽な道を選べばよいのに。
どんな被虐趣味しているのかしら?
その辺り、あまり他人のことは言えないので、余計なことは言わないでおこうとは思っているのだけど。
友人については全く心配していない。
危ういという意味では心配だけど、あそこまで過保護でドロ甘な護衛たちがいれば問題はないでしょう。
どれだけこの国の神官たちの心胆を寒からしめてきたことか。
まあ、神官たちの自業自得、因果応報だとは思うけど、ちょっとばかり報復が過剰なのよね~。
しかも、その報復している人間が護衛兄弟だけじゃなく、あの男まで絡んでいるから腹立たしい話でもあるのだけど。
それも、あの男は処置直前に、わざわざ私の許可を取ろうとするから、もっとはらわたが煮えくり返る思いだわ。
そんなヤツらを見せるなと思うの。
私の前に出せば、温厚で淑やかな私は、いつものように「地獄に落ちろ!」と言うしかなくなっちゃうじゃない。
あの可愛らしい友人に手を出そうってのよ?
当然よね?
でも、あの男は「そこまでの罪ではないので」と甘っちょろいことを言っているように見えるけど、その手には、聖杖「ラジュオーク」が握られているのだ。
その時点で、対象の神官はなすすべもないってこと理解しているわよね?
涼しい顔して、聖杖を振っているけど、始めから「裁きの間」に送るつもりなら、私にいちいち報告せず、そうしろっての!!
本当に腹立たしい!!
しかも、王族の前に引きずり出しての所業だ。
その神官にはあらゆる意味で先がないことは、誰にだって分かることでしょう。
本当に自業自得でしかないけどね。
か弱い私にできることなんて、精々、その神官に対して蔑んだ目で見ながら、「植物棘魔法」がうっかり発動しちゃったり、罪状によっては思わずこの手に愛用の茨棘鞭を握って、唸らせるぐらいかしらね?
ああ、確かにこの娘は愛されているかもしれないわね。
どこかの可愛くない「神に愛されし聖女」よりもずっと、護られている。
いや、あれはあれで可愛いのだけど、あの女の可愛さは本当に分かりにくいったらありゃしない。
でも、「聖女の卵」って、どうして、独りで立とうとしちゃうのかしらね。
そういう生き物なのかしら?
それでも、「神に愛されし聖女」の方は、兄様に甘えられるようになっただけ進歩しているとは思っている。
昔の一線引いた距離感は、兄様限定でなくなっている。
まあ、あの二人は物理的な距離もないから仕方ない。
でも、残念ながら、「導きの聖女」の方はまだまだっぽいのよね。
それでも、昔より甘えるように誰かに甘えようとはするようになっている。
具体的にはこの護衛青年に、甘えている姿を何度も見せられた。
それも可愛さ十割増しで。
……うん、やっぱり腹が立ってきたわ。
何なのかしらね、この居場所を奪われた感。
小さい頃からその娘を護ってきたのは、貴方だけじゃないのよって言ってやりたい。
小学二年生で彼女にあったあの日から。
私は、彼女を護りたいと心の底から思ったの。
そこには既に、その護衛の姿が見え隠れしていたけれど、今ほど距離が近くなくて。
だから、同性である私しか護れないと思ったの。
それは「聖女」とか、どこかの王族の血筋とか全く関係ない話。
私はこの世界と関係ない場所で出会った、王女ではなくただの「若宮恵奈」を受け入れてくれたあの娘のことを好きになったの。
父親がいないことをけろっとした顔で言って、それでも背筋を伸ばし、人に恥じない生き方をしているあの娘に惚れ込んだの。
まあ、それは周囲の声に無関心だった裏返しでもあるっぽいけれど、そこまで自分を曲げないって凄いと私は思えたわ。
ただ強いだけの人間は多い。
でも、その上で、何かを期待させてくれる人間となると、限られてくる。
それを私はあの娘に感じたの。
―――― この先、何かをしでかす娘。
それがどんな結果を齎すか分からない。
喜劇かもしれないし、悲劇かもしれない。
それでも、私は、ケルナスミーヤ=ワルカ=ストレリチアは、自分の全てを賭けると決めたの。
大神官ベオグラーズ=ティグア=バルアドスと共に。
だからね?
「私の大事な親友を……、泣かさないでね? 笹さん」
私は笑顔で貴方に彼女を託すのだ。
作中の言葉は、その元である「士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし」と迷いましたが、分かりやすいため、こちらとしました。
そして、この話で109章が終わります。
次話から第110章「再会から始まる」です。
ようやく、戻ります。
長かったですね。
今回の章の後半は例によって、護衛青年視点を入れるか迷いましたが、流石に長くなりすぎるために、カットしました。
そちらは機会、もしくは、要望があればということで。
こんな所までお読みいただき、ありがとうございました




