こっちが本性
「遅い!!」
その場所に足を踏み入れた瞬間、いきなりそう叫ばれた。
気配はあったからそこにいることは分かっていたが、まさか叫ばれるとは思っていなかった。
「これは、王女殿下。ご機嫌はいかがでしょうか?」
「最悪!! 誰かさんたちが待たせやがるから」
待っているとは思わなかったから、それは仕方がない。
まさか、王女殿下ともあろう人間が、事前の約束も無しに大聖堂の聖運門のある部屋で待ち伏せしているとは普通は思わないだろう。
だが、この様子だと、何時間、この場所で待っていたのだろうか?
「……って、なんで、高田は笹さんの腕の中で寝ているの?」
「この女、転移酔いするんだよ」
正しくは、国境を越えるたびに変な状態異常を起こしやがるのだ。
だが、眠らせていればそこまで激しい変化はない。
だから、毎回、眠らせている。
「転移酔い? ああ、高田は神の加護、かなり強そうだもんね」
「……何?」
「あら? 笹さん、もしかして知らない? そっか~、知らないんだ~」
ニヤニヤする王女殿下。
「なるほど。今度、大神官猊下に伺ってみることにする」
神の加護が絡むことなら、大神官でも知っているはずだ。
そう言って、王女殿下に碌な挨拶もせず、先に進もうとする。
「ちょっ!? いや~ん!! 笹さん、冷た~い!!」
「温かい男が良ければ、他を当たってくれ。この女が起きると意味がない」
不意を突いて、誘眠魔法を使いはしたが、今回は無詠唱だった。
弾かれるかどうかは賭けだったが、完全に不意を突けたらしい。
いろいろあって、栞が疲れている証拠でもあるだろう。
早くゆっくり落ち着いた場所で休ませたいのだ。
「覚醒魔法って知ってる? 私、得意なんだけど」
「嫌がらせにしては質が悪いぞ。寝た子を起こすな」
「え~、笹さんが高田を抱き締めていたいだけでしょう?」
そこは否定しない。
否定しないが、この女に対して肯定もしたくない。
「早く、帰りたいだけなんだよ」
「早く帰りたいにしては随分、待たせてくれるじゃない?」
「待つなよ、暇人か?」
「いえいえ、これでも忙しい身なのですよ?」
本当に忙しいヤツはこんな所でいつ来るとも分からない客人を待たないと思う。
「それで、御用向きは何でしょうか? 王女殿下」
「いや、ベオグラが急に『禊』に入っちゃったじゃない?」
ここ数日グダグダ言っていたが、まだ絡む気か?
「だから、笹さんに気にするなって言っておこうと思って」
「あ?」
その言葉に思わず顔を顰めてしまったことは自分でも分かった。
「あら、不敬な反応」
「それは今更じゃないか?」
「違いないわね」
王女殿下はどこからか扇を出してコロコロと笑う。
「で? なんで、オレなんだ?」
栞に伝えろというのなら分かるのだが、何故、オレに言う?
「高田は気にしない。自分のせいだって欠片も思わないから。でも、笹さんは違う。気付いているでしょう?」
扇で口元を隠しているが、その目は心底、楽しそうだ。
「ベオグラは高田のことが大好きなのよ。まあ、私に対する愛情とは違うみたいだけどね」
ここ数日、あれほど弱気なところを見せていた人間と同一人物とは思えないほど堂々と、この王女殿下は宣った。
「なんて言うの? 同族意識? 互助精神? 同類意識? 同調圧力?」
「最後だけ明らかにおかしい」
「聞き逃さない、笹さんが素敵」
さらに王女殿下は笑う。
「まあ、ヤツにとって笹さんが大事に抱えている娘さんのことが特別なのは理解できる?」
「それは知っている」
だからこそ、錫杖を振るったことも。
アレをただのストレス解消とは認めない。
私闘にしたくないから、そう言っただけだというのはオレでも分かる。
「きゃっ!! 笹さんたら、高田のことが大事だなんて」
「それも当人に伝えているから問題ない」
本当に、存分に。
その半分も伝わっている気はしないのだが。
「あら、冷静。そこはもっと焦って、『そ、そんなんじゃねえよ、誤解すんな! ば~か』ぐらいの反応を見せても良いのよ? 腕に抱えている高田さえ落とさなければね」
「どこのガキだ?」
そんな反応が許されるのは小学生までだ。
中学生ぐらいになると、流石にアホっぽくなる。
高校生なら、もはや、拗らせ過ぎだろう。
そして、当然ながら栞を落とす気など全くない。
「え~? お約束じゃない? 素直になれない初心な少年の」
「オレはいつでも素直だ」
「そうね。昔に比べたら随分、分かりやすく、素直になったと思うわ」
王女殿下は含み笑いをする。
その表情を扇で隠す気もないらしい。
「笹さんが高田に何も言わないのは例の首輪のため?」
その笑みは明らかに餌を欲しがっている。
「それを若宮に語ってどうしろと?」
どうすることもできないのに。
「私が癒されてツヤツヤピカピカ、珠のような肌になる」
そう言いながら、にやりと笑うものだから……。
「そんなものより、蛋白質、ビタミン、ミネラル、食物繊維、脂質をバランスよく取れ」
思わずそう返す。
「この世界で、まさかの栄養観点!?」
そして、破顔された。
そこまで笑うほどのことだろうか?
「いや~、結構、結構。笹さんが分かりやすく素直になって、高田は扱いにくくも素直なまま。うむうむ。良き哉、良き哉」
さらに自分を扇で仰ぎながら笑いやがった。
ただ、これではっきりした。
ここ数日。
栞とオレの前で見せていた王女殿下の姿は半分が演技なのだろう。
そして、こっちが本性だ。
この王女殿下は大神官のことを微塵も疑っていない。
栞はそれをどこまで気付いていた?
友人に甘い栞のことだ。
気付いていて、王女殿下の好きにさせていた可能性もある。
つまり、オレが振り回されただけってことはよく分かった。
「相変わらず、いい性格してやがるな、王女殿下」
「いやん、褒められちゃったわ」
照れたように言うが、本気ではないだろう。
「でも、いい性格っぷりなら、笹さんが大事に抱え込んでいる女性には負けますわね~」
それは同意だ。
栞は言動に反して強かな面もある。
まあ、そこも可愛い。
だから、オレは許せる。
「おや?」
ふと王女殿下が何かに気付いた。
「いやいや、本当に、貴方たちは退屈しないわ~」
そう言いながら、どこからか何かを取り出し……、独特の音を立てた。
「素敵構図! ゲットだぜ!!」
「おいこら!?」
オレたちはポケットサイズのモンスターか!?
「え? 笹さん的には、『この写真! ここできめた!!』の方が良かった?」
「微妙なアレンジ止めろ!?」
この王女殿下は何を思ったか、いきなりカメラを構えて撮ったのだ。
何って?
勿論、栞を抱きかかえているオレの図だな!!
「いくらで買う?」
「おいこら?」
そこでいきなり商売人になるな!!
「笹さんに売らずとも、この構図を高田に見せたらどんな反応を見せるかしら?」
栞に……?
「絵の資料として使われる気がする」
そういった意味では喜ぶだろう。
嬉しくねえけど。
「……色気のない答えねえ。でも、高田が絵を描き始めたって言うなら、こんな絡み写真は、もはや、参考資料にしか見えなくなるかもしれないとは思うわ」
そして、友人は知っている。
栞が絵を描く資料を求める人種であることを。
「絡み写真って言うな」
「それらを踏まえた上で、いくらで買う?」
この女は……。
「これでどうだ?」
それなら、こちらも似たようなものを出すだけだ。
オレは王女殿下の扇に向かって、一枚の写真を出す。
「おや? 懐かしい高田。髪が長い」
それを見た王女殿下が頬を緩ませる。
リプテラで、栞の後輩を名乗る女から受け取った一枚だ。
部活中のものなら、この王女殿下が持っていない可能性は高い。
これなら、取引材料になることだろう。
「でも、笹さんには悪いけど、ソフトボール中の高田って、私、あまり好きじゃないのよね~」
だが、オレの予想に反して、王女殿下はそんなことを言ったのだった。
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