包み隠さずに
「乱暴にしてしまった点に関しては、本当にすまなかった。自制……、いや、手加減があまりできなかった」
手加減はされていたとは思っている。
九十九は手加減なしだと、ちょっとした床や壁を叩き壊せるような人だ。
そんな人が全く気遣わずにわたしの手首を押さえつけたなら、確実に骨が折れていると思う。
その行いが、彼が言っていたように、「逃がさない」って感情から来るものなら、手足を傷付けて完全に動かなくする方法もあっただろう。
手足の腱を切って捕虜が逃亡しないようにするなんて漫画や小説でしか見ないようなことも、この護衛ならば可能なのだ。
そういった意味では目的のために、わたしを傷つけない程度の意識はあったのだと思っている。
それも落ち着いている今だから分かることで、その真っ最中にそんな心の余裕もなかったけれど。
「手首、痛かった」
「すまん」
それでも、少し赤くなった程度だ。
折れてもいない。
本当にわたしを押さえつけただけのこと。
痛かったのは事実だけど、それでも、最低限、気遣われていたのだ。
それも、呪いのような思考に囚われている状況だったというのに。
「胸も力強く掴まれて痛かった」
「それもすまん」
あれは本当に痛かった。
あれこそ痣になったかと思った。
まるで青あざができている所をさらに握られているようなそんな感覚だった。
「わたし、そんなに大きくないのにあんなに握られたら潰れちゃうよ」
元から潰れるほど存在していないというツッコミは無視する。
少なくとも、握られる程度にちゃんとあるのだ。
「あまりにも、柔らかくて、その……、つい……」
「ふごっ!?」
だが、この様子ではどうやら意識して強く掴まれていたらしい。
「初めて触れたから、嬉しくて、思いっきり掴んでしまったことは確かだ」
さらにそう続けられた。
ああ、そう言えば、思考は塗りつぶされるけど意識はあるとかなんとか?
だけど、嬉しいって何!?
「悪かったよ。女の胸なんか、意識的に触ったことはねえから、力加減も分からなかった」
考えてみれば、九十九は「発情期」になった。
つまり、それまで異性経験はなかったってことになる。
キスはしたことがあったらしいけど、女性の身体に触れたことがなかったらしい。
それはそうか。
そんな関係にならない限り、普通は、女性の胸に触る機会なんてないよね?
ぬ?
でも、キスをしたことがない割に、かなりキスされたような?
それも、浅いのだけじゃなく、深いのまでガッツリと。
少女漫画でそんな種類のキスがあることは知っていたけど、あれって、慣れてないとできないと思う。
「九十九って、キスもそんなに経験がなかったんだよね?」
「……おお」
「でも、初心者向きじゃないキスもされた覚えがあるのだけど」
「悪かった!!」
先ほどよりも勢いよく謝られた。
「もっと欲しいと思ったら、つい!!」
「んなっ!?」
さらに続けられた言葉に、わたしの顔が一気に熱を持った。
「あの状態だと、本当にエロいことしか考えられなくなったんだよ」
「そ、そうですか……」
先ほどから、九十九の話している内容はいつもと違う種類のものだ。
これは、下手な返答ができない。
いや、聞きたがったのは確かにわたしなのだけど、思ったより包み隠さない言葉で返ってくるのだ。
もっと誤魔化したり、いつものように婉曲的な答えを期待していたのに。
「他には?」
「これ以上、聞こうとすると、九十九が反撃してきそう」
さっきからやんわりとやり返されている気配がある。
「反撃?」
何故か不思議そうな顔をされた。
「九十九の言葉がいつもより露骨過ぎて、恥ずかしい」
「露骨? そうか?」
九十九は首を傾げる。
「健康的な殿方の考えを次々と口にされたら、それに慣れていない身にはかなり辛い」
「お前が時々、オレにぶちかます発言よりはマシじゃねえか? あまりにも直接的だし、オレは自分の性別に自信がなくなるようなことを何度も言われているぞ?」
「へ? そう?」
確かに九十九にしか言えないと思って、遠慮なく口にしている部分はある。
何より、彼はわたしよりも医療や人体に詳しい。
どうしても、いろいろと確認したくなるのは仕方がないと思うのだけど。
「お前はオレの性別を忘れていないか?」
「いや、性別関係なしにこの手の話はワカともした覚えがない」
生理についての話ぐらいはしたかもしれないけど、語れるほど互いに経験がなかったし、相談し合うほど必要にかられたこともなかったからだろう。
「そうなのか?」
「そもそも、こんな話って、誰にでもできるもんじゃないでしょう?」
「それはそうなんだが……」
九十九が自分の額を指で押さえている。
「ホントに! オレ以外に! 兄貴にもこんな話はするなよ!?」
「しないってば」
毎回、こんな風に注意されている気がする。
わたしは、信用ないな~。
こんな話ができるのも、ある意味、九十九には既に恥ずかしい姿を晒しているからだとは思っている。
精神的にも、その……、肉体的にも。
しかも、ぼんやりした記憶かと思えば、最初から最後までしっかり覚えているらしい。
つまり、わたしが甲高い嬌声を上げたことも覚えているってことになる。
それも、勝手に出てしまった声ではあるけれど、その原因を作り出したのは、間違いなく九十九の行動だった。
あんな自分は知らない。
異性から触れられて、舐められて、口付けられて、甘えた高い声を出す自分なんて思い出したくもない。
「ああ、これはずっと聞きたかったんだった」
「あ?」
「九十九はどうして一時的に正気に返ったの?」
行為がさらに進んで、さらに下履きにまで手を入れられた。
その時には既に、わたしは抵抗する気力もなかったのだけど、その瞬間、九十九が正気に戻ってくれたのだ。
「あれは、お前が『痛い』って言ったから」
「へ?」
言ったっけ?
それは覚えていない。
胸を掴まれて痛かった時も明確に「痛い」とは言わなかったはずだ。
でも、後半はいろいろ叫び疲れて喉は痛かったし、されていた行為の羞恥とか、それ以外の感覚にも襲われていて、わたし自身も正常な思考の働きはしていなかった気がする。
はっきりと覚えているのは、下着に手を突っ込まれたことだけ。
それを拒むために、「駄目」とは言った気がするけど、それについてははっきりと覚えていない。
「あれも、オレの経験不足だ」
「へ?」
何の話でしょうか?
経験不足?
それは、お互い未経験だったのだから、仕方なくない?
「そのお前のその叫び声の後、次々と思い出したくない声が頭に聞こえてきて……」
再び、九十九が沈んでいく。
「野郎どもの声を聞いて、ヤる気になんてなれるはずがねえんだよ」
「それは……」
そのおかげでわたしは助かったとも言えるけど、その時の九十九の心中を察して余りあるというか?
思い出したくない声を思い出すことによって、そういった気力が一時的に削がれたということは理解した。
でも、それがなかったら、九十九は正気に返らず、わたしに「命呪を使え」と叫ぶこともなく、まあ、そのまま突き進んだ可能性はあるわけだ。
わたしは処女じゃなくなって……、それで……。
「九十九が死ぬことがなくて良かった」
「あ?」
あの状況が、「発情期」のせいだったとはいえ、護衛対象であるわたしに手を出せば、彼が自死を選んだ可能性があると知った今。
やっぱり、あの選択は間違っていなかったとは思う。
「無理矢理、わたしを抱いたら、あなたは死ぬことになっていたのでしょう?」
「多分、そうなっていただろうな」
「それなら、その声の主は、お互いの恩人ってことだね」
わたしの純潔は守られ、九十九の命も護られたわけだ。
それは立派に「恩人」ってことで良いと思ったのだけど……。
「一部は認めるが、一部は断じて認めねえ」
九十九は苦々しげにそう言ったのだった。
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