言わなければ分からないのに
「最初に『発情期』になった時もそんな感じだったな」
九十九がポツリと口にする。
「ぬ?」
最初?
ああ、そうか。
九十九はこの国にいた時、初めて「発情期」の兆候が出たのだ。
だから、わたしはセントポーリアに一時的に避難することになったことを思い出す。
「あれ? でも、最初の『発情期』は『禊』をしたんでしょう?」
「この国の『禊』はただの隔離措置だ。『発情期』に対して特別何かするわけでもねえ」
「そうなの?」
……ということは、恭哉兄ちゃんも今、その状態ってことなのだろうか?
何でも、大神官である恭哉兄ちゃんは、いつもよりも早い「発情期」の兆候が出たため、急遽、「禊」に入ったらしい。
「水を被ったり、お清めみたいなことをするのかと思っていた」
なんとなく、神社の手水舎を思い出す。
お清めって言うと、お手水、……水と塩、お酒ってイメージがあるのは、わたしの思考が日本人よりだからだろうか?
「氷水を被ったぐらいで、簡単にアレが鎮まれば、苦労はねえな」
「そ、そうなのか」
水を被ったぐらいでは落ち着かないらしい。
しかも、さりげなく、氷がインされた。
自分で試したってことなんだと思う。
「魔法、法力、神力が漏れない場所にお迎えが来るまで『隔離』して放置……だな」
「ほげっ!? じゃあ、手足とか拘束されちゃうの?」
なんとなく、拘束具によって、ベッドに縛り付けられている人を想像する。
暴れる人とか、言っても聞かない人に対してする措置としてはやはり簀巻きだろうか?
「……そこまではしない」
「ほ? でも、大神官さまみたいな人を拘束もせず放置って……、大丈夫なの?」
「魔法も、法力も、神力も通さない空間だからな」
そう言われて考える。
「でも、モレナさまはそこに入ったって話だよね?」
当時の大神官さまに迫るために。
いや、罠に嵌めるために?
「あの『盲いた占術師』を常識で測るな」
「でも、大神官さまはその血を引いているのでは?」
わたしの言葉に九十九が閉口した。
「まあ、あの方のことだから、いろいろ何かしているとは思うけどね」
特に義父の失敗談? ……を聞かされているはずだ。
ガチガチに対策を取っている気がする。
自分の意図しない所で、神さまが罠に嵌めようとしていることを知っている人だしね。
「当人も何気に物理攻撃が強そうだから、それを封印するならやっぱり拘束具を準備するのが良さそうなんだけど……」
「あ? お前、知ってたのか?」
わたしの独り言に九十九が反応する。
「何を?」
「何をって……、大神官猊下が物理攻撃もできるってことを」
「知っていたっていうか、あの大神官さまって、かなり力が強いよね?」
あんなに細腕なのに、あっさりと重たいモノを涼しい顔で持ち上げるのだ。
それも、片手で。
あれで、物理攻撃を鍛えていない人とは思えなかった。
九十九と同じように筋トレしていても驚かない。
あの外見では、あまり似合わないけど。
「あ~、そうか」
「見たことはないよ。でも、そんな気がする」
大神官である恭哉兄ちゃんが持っているものとして国内外に有名なのは、聖杖「ラジュオーク」だ。
でも、あれは罪深い人間を、神さまの御許に送るだけのものだって聞いていた。
あれ?
もしかして、それって「聖霊界」へ送るって怖い話だった?
いやいやいや!
神官は生き物を殺めてはいけないのだ。
だから、大丈夫……、多分。
「オレが見た大神官猊下の得物は錫杖だった」
「錫杖!?」
意外過ぎる武器名が出てきた。
いや、職業を考えれば、意外でもないような?
人間界では四国のお遍路さんの人たちが持っていた覚えがあるから、多分、仏教……お坊さんたちが持つものだとは思う。
でも、錫杖って武器だっけ?
そして、ワカたちの演劇部が使っていた小道具でしか見たことはない。
あれは修行僧が天狗を退治する話だった。
しかも、実はその錫杖の持ち手部分に刃物が仕込まれていて、芝居の途中で武器が切り替わるという仕掛けがあって、初めて見た時は興奮したものだ。
「でも、九十九がなんで、それを知っているの?」
「一度だけ、大神官猊下のストレス解消に付き合ったことがある」
「ほおっ!? 強かった?」
ストレス解消ってことは模擬戦闘みたいなものだろう。
あの恭哉兄ちゃんもするんだね。
そして、その相手が九十九とか、かなり手に汗握る展開になったのではないだろうか?
「手も足も出なかったよ」
「え? 九十九が?」
それは意外過ぎる言葉だった。
「錫杖をぶん回された上、あっさりと床に張り付けられた」
「は~、そんなに強いんだ」
でも、以前、恭哉兄ちゃんは九十九のようなタイプは苦手だと言っていた。
それはもしかしたら、既に、一度、戦っていたからかもしれない。
だけど、同時に感心もした。
恭哉兄ちゃんではなく、九十九に。
言わなければ、わたしが知ることもない勝敗の結果。
それも完敗だったなら、あまり言いたくはないはずだ。
それなのに、世間話のついでのように、あっさりと口にした。
それって、簡単にできることではないと思う。
わたしなら?
言っちゃうかな、事細かに。
言ったな、実際に。
わたしはセントポーリア国王陛下との模擬戦闘……、まだ魔法が上手く使えない時期の話も雄也さんと九十九に報告している。
どんな魔法を好むか。
どれほど威力があるか。
自分に向けられた魔法を覚えていられる限り伝えたのだ。
いつか、あの方と彼らが本気で戦うことになった時のために。
神剣「ドラオウス」だけは仕方ない。
契約者がセントポーリア国王陛下である以上、あの方が振るう時こそ、最高の力を発揮する。
大神官である恭哉兄ちゃんは勿論、ソレを知っていて、セントポーリア国王陛下の直系であり、神力所持者でもあるわたしなら、仮に斬られてたとしても、即死は免れるだろうとのこと。
……即死は免れても、斬られた時点で致命傷だと思うのですよ?
「その様子だと、栞は大神官猊下の戦闘スタイルは知らなかったみたいだな」
「ぬ? 法力防護特化型だって、ワカからは聞いているけど」
「法力を使わなかったらどうなるかは?」
大神官である恭哉兄ちゃんから法力を引く?
「神力強化攻撃型かなあ?」
「そこは防護型じゃないのか?」
九十九が意外そうな顔をする。
「え? 大神官さまって、結構、好戦的じゃない?」
黒いし、とにかく黒いのだ。
そして、特にモレナさまに関しては敵意を隠さない。
さらに言えば、神を呪っていたような人だ。
そんな人の内面が大人しいとは思っていない。
「法力って枷が無くなったら、のびのびと持ち前の怪力を振るいそう」
頭部に重みや棘のある杖をぶん回すイメージ。
長身だから、長い武器で遠心力を使った攻撃とかは絵になるだろう。
是非、モデルになっていただきたい。
そして、ワカに渡す。
ああ、でも、得物は錫杖だったか。
なるほど、そこまで大外れではないらしい。
「何より、九十九が巻き込まれた昇格試験だって、法力を封じた肉弾戦があってもおかしくはないものだしね」
昇格試験の内容は毎回、同じではない。
全てはその年に考えられる。
それならば、大変性格のよろしい神官さまがいらっしゃれば、上位神官の昇格試験の際、法力を封印した試験とか平気でやりそうだよね?
特に高神官以上は椅子が限られているのだ。
才能のある神官が自分より下位にいる間に蹴落としておかなければ、蹴落とされてしまう。
恭哉兄ちゃんやリヒトのいるのはそんな弱肉強食、下剋上上等! 試験中には出会って即バトル! な世界なのだ。
「お前は意外といろいろ見ているよな」
「そう?」
「ああ、凄いと思う」
褒められた。
ちょっと照れくさい。
それでも、九十九や雄也さんほど視野は広くないと思っている。
わたしの視野は穴が多すぎるのだ。
それを、雄也さんと九十九が補ってくれている感じだろうか。
つくづく、わたしは一人では駄目なんだなと実感するのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




