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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 友人関係変化編 ~

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再認識してしまった

「さあ、全て吐いて楽になれ」

「さっきも言ったけど、なんか、わたしの方が罪人みたいだね」


 九十九の言葉を聞いたわたしは、苦笑するしかない。


「つまるところ、お前はオレの『発情期』のせいで、不快な思いをした上、オレに疑問を持ったんだろ?」

「ぬ? それは何か違う」

「違うのか?」


 九十九の問いかけに大きく頷く。


「確かに『発情期』の九十九は怖かったし、あの状況から逃げたかったけど、不快ってほどではなかったよ」

「怖くて逃げたいって感情を抱いた時点で、それは十分『不快』と呼ばれる感情なんだよ」

「ぬう、九十九の判定が厳しい」


 わたしがそう言うと、九十九は不服そうな顔をした。


「嫌だから、その場から逃げたかったんだろ?」


 そうだろうか?

 なんとなく、微妙に違う気がする。


「あれは、嫌というよりも……、現実味がなかった? 自分の置かれている状況が信じられなくて現実逃避を計りたくなるような?」

「なんで疑問なんだよ?」

「いや、自分でも、あの時の状況と感情を上手く説明できなんだよね」


 倒れていた九十九を心配して部屋に連れて行ったら、いきなりキスされて押し倒されたのだ。


 それだけでも混乱は必至だったというのに、それからあんなことやこんなことまでされてしまった。


 全てを夢だったと思い込みたくなったのはそこまでおかしな話ではない。


「あの直後、部屋に帰るまで、さっきのは全部悪い夢だったと思いたかった」


 わたしの言葉に九十九は何かを呑み込んだ。


「だけど、部屋で待っていたのはこの上ない現実で……」


 お風呂に入った時に、茫然としたことを覚えている。


「その現実ってやつは聞いても良いものか?」

「お風呂場で鏡を見た」

「鏡?」


 わたしの言葉だけでは伝わらず、九十九は首を捻る。


「身体のあちこちに印付け(マーキング)


 さらにそう続けると……。


「あ……」


 その事実に気付いた彼は、顔を青くしながらも、耳だけを赤くするという器用なことをしてくれた。


「その、悪い……」


 九十九がそのまま俯く。


「痛くはなかったんだけどね。お風呂に入って身体を温めると、より一層色鮮やかになることは分かった」


 あれは凄く恥ずかしかった。

 自分が九十九の薄暗い部屋でされたことを、明るい場所で再認識してしまったのだ。


「吸引性皮下出血は、早い話、内出血だからな」

「そんな名称があるんだね」


 吸引性……。

 確かに、と納得してしまった。


「処置としてはすぐに風呂に入らない方が良い。冷やす方が理想だな」


 医療の知識がある青年はそう言うが……。


「ほぼ全身の至る所が汗や誰かさんの唾液でベタベタしていたのに、お風呂に入るなって無理じゃない? わたしに身体を洗うなと?」

「すまん!!」


 わたしの言葉に、机に打ち付けんばかりに勢いよく頭を下げた。


「もう済んだことだから良いけど」


 既に何ヶ月も前の話だ。


 だけど困ったな。

 さっきから、何を言っても、九十九の顔が見えなくなってしまう。


 そして、自分の吐き出す言葉が微妙に棘や毒を含んでいるのも分かっている。


 話しているうちに、あの時のやるせない感情や思考が次々と思い出されていくからだと思う。


 でも、どうしたら、コレ、止められるんだろう?

 彼が言うように全部、吐き出すまで?


「でも、びっくりだよ。アレって、数日消えないんだね」

「吸引性皮下出血は吸った強さによるが数日は消えん」


 まあ、内出血だからね。


「胸のにあった数個は、完全に消えるまで一週間かかったかな」


 九十九が言う処置が正しいなら、入浴したことによって、悪化させてしまったせいである可能性は高いかもしれないけど。


「……いっそ、殺せ」


 そんな九十九の弱弱しい声が聞こえる。


「こんなことで死んでもらうのは困る」

「こんなことって、お前……」


 彼が顔を上げる。


「あのね? 既に終わったことなの。それももう数カ月も前の話。そして、わたしはあなたの『発情期』の行動をちゃんと覚えている上で、今も傍にいることを願ったの。それなのに、ここで死なせてどうするのさ?」


 一週間程度で消える傷をいつまでも引っ張る気もない。


「どれぐらいあった?」

「ふへ?」

「オレは夢中だったから、その数までは覚えてねえんだよ」


 そんなとんでもないことを尋ねられている気もするが……。


「そそそ、そんなこと聞かれたって、いちいち、数えていないよ!!」


 いっぱいあったことは確かだ。

 少なくとも、見えていた範囲だけでも二十個は超えていた気がする。


「それに背後までは見えなかった。だから、全部は把握できていない!!」


 わたしが自分の目で確認できたのは正面だけ。


 項とか背後、自分の見えない位置に付けられたモノまでは数えられるはずがなかった。


「本当に悪い」

「ホントだよ。鏡に映された自分の身体を見た時、思わず『うわぁ』って声が出ちゃった」


 でも、アレで現実を直視した感はある。


「それで、ふと、()()()()()んだが……」

「ぬ?」

「お前、もしかして、オレのここにも付けたか?」


 九十九は自分の胸の中央部を指し示した。


「ふぎゃっ!?」


 その動きと言葉の意味を理解して思わず叫んでしまった。


 いや、付けたよ。

 付けましたよ?


 「絶対命令服従魔法(命呪)」で九十九を完全に眠らせた後、このまま、部屋に戻るのは癪だと思って、一箇所だけ。


「いや、胸()トコに、覚えのない紅い印があったから……」


 あの時は、起きた時、九十九が焦れば良いと思った。


 だが、今、ここで焦っているのはわたしだ!!


 そして、そんな感情の乱れを、わたしの護衛は見逃さない。


「栞?」

「はい!!」

「お前、()()()()()()()

「うぐ……」


 わたしは知っている。

 獲物を追い詰める時のこの護衛からは絶対逃げられない、と。


「なんか……、()()()()……」


 だから、観念してポツリとそう零した。


「悔しいって、お前……」

「わたし、『発情期』って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から」

「あ?」


 わたしの言葉の意味が分からず、彼は不思議そうな声を出す。


「あの時の九十九はいつもの九十九じゃなかった。まるで、何かに操られているみたいで怖かった。だから、あの時の九十九は九十九じゃなくて、別人だと思ったんだよ」

「いや、純度100パーセント、オレだったが」


 九十九は困ったようにそう答えた。


 彼はその時のことを覚えていると言った。

 だけど、あの直後のわたしはそのことを知らなかったのだ。


「何度、止めても止まってくれなかったし」

「それに関しては言葉もないが、『発情期』ってのは、そういうものだってことで納得して欲しい」


 九十九は気まずそうにそう言った。


 意識があっても、止まることができなかった。

 これだけ意思の強い人が自制できなかった。


 「発情期」っていうのはそういうものだ、と。


「あちこち、触られるし、印付け(マーキング)されるし、掴まれるし、舐められるし」

「……申し訳ない」


 九十九の声も身体も萎んでいく。


「それまでの九十九と違い過ぎて、ナニかが乗り移っているのかと思った」

「そんなことはねえ」

「分かってるよ」


 あれも彼の一部だって。

 わたしが知らなかっただけで、九十九が隠し持っていただけのことだ。


「アレは、間違いなくオレだった」

「うん、そうだね」


 だから、わたしは混乱したのだ。

 自分が知らない九十九を見せられて。


「でも、その時のわたしにはそう思えなかった。いつもと違う九十九。いつもと違う行動。全てが違い過ぎて、これは、終わったら全部、()()()()()()()()()()()()()()()()()んだろうなって思った」


 それが、悔しかった。


「わたしは、いろいろ初めてだったのに」


 誰かにキスされることも、服の下に隠されている素肌に触れられることも、女性として求められることも、情欲の籠った目を向けられることも、身体中に印付け(マーキング)されることも、誰には言えない部分に触れられてしまったことも、互いに上半身裸の状態で抱き締められることも。


「その全てを九十九は忘れちゃう……、いや、何も覚えていないんだろうなって思ったんだよ」

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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