反応の条件
「でも、そっか……。九十九はわたし相手にも反応するのか」
「反応するから、オレが『発情期』になった時、お前が被害に遭ったんだろうが!!」
そう叫ばれても、顔を伏したままなので、迫力はいつもの半分以下である。
彼は、顔を上げないことに決めたらしい。
「いや、九十九はいっつも、普通の顔をしているから、わたしに対して、そんな感情はないって思っていたんだよ」
「どういう意味だ?」
「『可愛い』の言葉だって、笑いながら自然と口にするし、わたしの顔や身体に触れても平然としているでしょう?」
あんな風にされていたら、何の感情も抱かれていないと思うに決まっている。
「顔はともかく、身体ってなんだ?」
「へ? しょっちゅう、わたしを抱き上げているじゃない」
あれで触れていないとは認めない。
少し前までは荷物のように担ぎ上げていたが、「発情期」以後は貴重品のように大切に扱ってくれている。
だが、どちらにしても物扱いという点ではほとんど変わっていない。
つまり、人として対象外!
「それは必要だからやっているだけで、邪心を抱いてできることだと思うか?」
「ぬう。思わない」
有能な護衛青年は、公私の切り替えがきっちりできる男です。
そして、わたしを抱き上げたりする時はやはり邪心を抱くことはないらしい。
まあ、その方が安心だけど。
「それとも、邪心を抱かれたいのか?」
そう言いながら、顔を上げて、妖艶な笑みはズルいと思います。
「勿論、抱かれたいわけじゃないよ」
その笑みに呑まれないように言い返す。
流されてはいけない。
「単純に、男性は魅力的な女性の身体に触れたら、即、反応するのかなと思っていただけ」
「そこまで瞬間的な反応は、かなり難しいな」
「どんな条件で反応するのか詳しくは知らないから、そう思っていたんだよ」
魅力的な女性の身体に触れたら無条件で反応するとも思っていた。
だが、わたしは無条件で反応する対象ではないらしい。
「そればかりは人によるし、状況にもよるし、感情、機能、年齢にもよるから、一概には言えん」
「九十九は?」
「聞くなよ。それでもやっぱり、状況と感情次第だから女に触れたぐらいで、即、反応したことは記憶している限りほとんどねえよ」
聞くなよと言いつつ、それでも答えてくれる彼は律儀だと思う。
これはちょっと答えにくいとも思ったんだけどな。
「相手によるってこと?」
「いや、相手がいなくても、勝手に勃……、硬くなることはある」
「え? 相手がいなくても硬くなるの!?」
九十九が言いかけた言葉よりも、そちらの方が衝撃的だった。
それって、物凄く大変じゃないの?
「血液が流れ込んだだけだからな。性欲に関係なく、激しい戦闘直後とか、いつもよりも気が昂っている時とかはそうなりやすい。まあ、何もなくて気を抜いている時も、勝手にそうなることもあるけどな」
「気が昂っているという時は、なんとなく分かるのだけど、気を抜いている時にもなってしまうのは一種の機能障害なのでは?」
「違えっ!!」
激しく否定された。
だが、他に確認できる相手もいない。
そうなると、そういうものだと考えるべきだろう。
九十九限定かもしれないけど。
意外と、彼はわたしが知らない所で苦労しているのではないだろうか?
「男性は奥が深いね~」
「深くねえよ。お前が知らなすぎるだけなんだよ」
「知る機会もなかったから。我が家は父親もいなかったから、そこは仕方ない」
「あ~」
わたしの言葉に九十九は額に手を当てて上を向いた。
「そして、血の繋がった身内以外では、初めて殿方という生き物と接したのは、保育園の時になるかな?」
まあ、幼児を殿方扱いして良いのかは謎だが、生物学上や戸籍上では、「男性」となっているはずだ。
「お前、保育園に通っていたのか?」
「母が保育士の資格を取るために勉強の時間が必要だったから預けられたんだよ。まあ、母子家庭で母が働いていたというのもあったからね」
母には本当に感謝している。
そして、それを遠くから支えてくれた伯父のことも。
あの人が遠くから援助してくれなければ、母は早々に倒れていたかもしれない。
「そう言えば、千歳さんの実家って、神社だったって本当か?」
「あれ? ワカから聞いたの?」
その辺りは、ワカとオーディナーシャさまぐらいにしか話していないと思う。
あまり、母親のことはともかく、その実家について話すって機会はあまりないだろう。
「そうそう。地方の神社。何の神さまを祀っていたかは覚えていないけど、母に聞いた方が良い?」
「いや、そこまでは。兄貴なら知っているかもしれないし」
「ああ、雄也なら調べているかもね」
九十九も雄也さんも、この世界からわたしと母がいなくなった後、すぐに人間界まで追いかけてくれたという。
雄也さんは記憶も魔力も封印していたわたしをセントポーリア国王陛下の娘かどうか確信が持てずにいたけど、九十九は間違いないと断言していたらしい。
今にして思えば、それは、わたしたちが乳兄妹の間柄で、普通よりも結びつきが強かったからだろう。
そして、雄也さんは疑わしいもの、疑惑の段階であっても、調べる人だ。
わたしや母が知らない間に、母の親戚関連を調べていてもおかしくはない。
人間界でも母の実家……、正しくは伯父の一人との交流はあったのだから。
ちょっと住んでいる距離が離れすぎていて、手紙や電話以外の交流は難しかったけれど。
「親戚関係は疎遠に近い状態だったし、その上、母子家庭育ちで母ともそんな会話をした覚えがないから、殿方のことに疎いのは仕方ないと思ってください」
わたしを生んでいるのだから、母はわたしよりも知識があるだろう。
でも、多感な15歳にこの世界に来て、ここでの記憶が綺麗さっぱりなくなっていたというのだから、あの頃の母とそんな話をしようとしても、やっぱり難しかったかもしれないとも思う。
「この世界ではそういった教育ってどうするの? やっぱり書物?」
「性教育に関しては、人間界ほど書き記されていないとは思う。大半は身内から聞くもんじゃねえか?」
その辺りは男女でも違うだろう。
それこそ、水尾先輩や真央先輩に聞いた方が良さそうだ。
尤も、生理になった時の対処法については、わたしもこの世界に来た後で、この世界のことを思い出した母からちゃんと聞いたけど。
でも、母は誰から習ったのだろう?
こればかりは男性であるセントポーリア国王陛下ではないと思うから、友人だったミヤドリードさんかな?
「誤った避妊法とかもありそうだね」
それでなくても「発情期」とか厄介な生理現象も存在するのに。
「それはある。だから、お前は気を付けろ」
「ぬ?」
「この世界では初体験で妊娠することはないという考え方が一般的だ」
九十九がそんなとんでもないことを言った。
この世界の人間と、人間界の人間たちに身体の作りにほとんど差はないと聞いている。
だから、母とセントポーリア国王陛下の間に子が生まれることとなったわけだしね。
「阿呆なの?」
思わずそう口にしていた。
「本当に知識がないんだよ。そして、それだけ、この世界は医学が研究されていないってことだ」
「まあ、キャベツ畑やコウノトリって言われるよりはマシか」
寧ろ、子供を作る行為の知識だけちゃんとあるのはどうかと思うけど。
それを可能としてしまったのが「発情期」ってことになるのかな?
「子供を作る知識や、『発情期』については何処で学ぶの?」
「『発情期』については、第二次性徴に入る頃、10歳の生誕の儀辺りに、男女関係なく身内や家庭教師などの教育者、孤児なら聖堂の神官から聞かされるはずだ。知らないと周囲が危険になるからな」
「なるほど……」
水尾先輩が「発情期」の被害に遭いかけたのは、8歳ぐらいだったはずだ。
まだそれらの知識を聞かされる前だったということだと思う。
それなのに、「発情期」になった大人の前に、差し出されるような形で対峙したのだ。
知らなかったら大丈夫だと当人は言っていたが、やはり、知らない方が恐ろしいとわたしは思う。
改めて、この世界の歪さを思い知った気がして、溜息を吐くのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




