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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 友人関係変化編 ~

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見解の相違

「お前にとって、あの時のことは、記憶から消したいほど嫌だったのか?」


 九十九から、そう尋ねられたので……。


「嫌だから記憶を消したいというよりも、消して欲しいほど恥ずかしいことではある」


 素直にそう答えた。


 それは、我が儘だと、勝手な願いだと分かっている。

 それでも、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。


 わたしは、世間一般で言う女性らしくはないけれど、女を捨ててはいないと思っている。


 自分の裸とか、そんなものを殿方に見られて、さらにはそれを記憶されているのは恥ずかしいと思う気持ちは十分にあってもおかしくないよね?


「ん? 待て? 消して欲しい?」


 だが、何故か、九十九は訝しんだ。


「うん。九十九の頭から、その時のわたしの姿や声を綺麗さっぱりと」

「あの時の……、オレから発情期にされたことを、お前の記憶から消したいのではなく?」

「わたしの記憶を消しても、九十九がそれを忘れていなければ、意味がなくない?」


 いや、わたしの記憶を消して、それを九十九が黙っていれば、わたしは何も知らない状態に戻る気もする。


 そうなると、この恥ずかしさからは逃げられはするけれど、それって、なんか違うよね?


「ちょっと待て?」


 さらに九十九は自分の頭に手を当てて、俯く。


「アレは、お前にとって、思い出したくないほど嫌なことだったわけではないのか?」


 先ほどと同じようだけど、ちょっと変化した問いかけをされる。


「アレはわたしにとって、思い出させたくないほど恥ずかしい姿ではある」


 普通、下着だけの姿なんて、忘れて欲しいよね?

 しかも、上は何も身に着けていなかったのだ。


「あ~、うん」


 九十九が額に手を当てたまま、今度は上を向く。

 そして、口を閉じたまま暫く低い声を上げている。


 これは低い。

 凄く低い。


 九十九の声は昔に比べてかなり低くなったと思ったけれど、ここまで低い声が出せるとは思わなかった。


 恭哉兄ちゃん並じゃないかな?


「確認する」

「ぬ?」


 ようやく、手を下ろして、九十九はわたしを向く。


「お前の記憶は消さなくて良いんだな?」

「なんで?」


 わたしは九十九の記憶を消したいだけだ。

 だから、自分の記憶を消す必要はない。


「分かった。だが、オレの記憶も消させない」

「本気で消したいと思っているわけじゃないよ。でも、記憶喪失魔法は試す価値があると思わない?」


 前々から試してみたいとは思っていた。


「思わねえ!! お前がやると強力すぎて、うっかり、手続き記憶まで消しかねない!!」

「手続き記憶? 何、それ?」


 何かをする時に使う記憶?


 うむ。

 分からぬ。


「非陳述記憶とも言うな。日常生活で使うような身体が覚えている記憶ってやつだ。分かりやすい例が自転車の乗り方。初めて自転車を乗るのは難しいが、十年ぶりに自転車に乗っても簡単に乗れるようなものだ」

「足を使う自転車なのに手続き?」


 なんとなく、そう言ってみたが……。


「この場合の手続きってのは、物事を行うのに必要な手順、つまり技能による一連の動作の話だ。実際の手の話じゃねえ」


 真面目な護衛青年は至極真面目に答えてくれた。


「意識せずともできるようになっている行動とも言える。その範囲は人によるが、栞だって、箸を使って食事をしたり、櫛で髪を梳くのことは深く考えずにできるだろう?」


 なるほど、意識しない生活習慣の動きみたいなことか。


 言われてみれば、箸の使い方って、小さい頃にしっかり身に着けていれば、自然と握ることができるようになるね。


 でも、海外の人って箸を使うのが苦手だと聞いたことがある。


「記憶の封印の期間を選んで行うことは難しい。基本的には今の時点から数分前、数時間前、数日前、数カ月前に起きた出来事、経験したことを思い出さないようにすると言われている」

「ほへ? そうなの?」


 てっきり、好きな時点を選んで消せるのかと思った。


 でも、考えてみれば、それを具体的に想像することは難しいし、仮にそれができたとしても、日常生活に必要な手続き()記憶とやらがなくなってしまったら、何もできなくなってしまう可能性すらある。


 過去のわたし(ワタシ)は、よく、母と自分の記憶を封印することができたものだ。


「そうなると、エピソード記憶が思い出せないのだから、海馬より前頭前(ぜんとうぜん)皮質(ひしつ)の方に……」

「えっと、よく分からないけど、記憶の消去が今の時点を起点とすることはよく分かった」


 九十九がさらに思考の深みに入ろうとする気配があったので、慌てて止める。


 この辺りは雄也さんと兄弟だなと思う。

 だが、これ以上、専門用語を羅列されると、わたしはついていけない。


 海馬って脳の記憶を司る何かだと思うけれど、中学生時点で止まっている知識ではさっぱりだった。


 だが、同じように、中学卒業と同時にこの世界に戻ってきたはずの彼は、一体どうして、そんな知識を持っているのか?


 医療と言えば医療の範囲かもしれないけれど、脳の話って既に家庭でどうにかできる医学の範囲を超えていると思うのですよ?


「つまり、物理だと脳に損傷ができる可能性があるから駄目で、記憶消去の魔法を試すのも必要以上の知識まで失う可能性があるから駄目ってことだね?」

「どちらもまず、やってみようと思うような話でもないけどな」

「それはそうかもしれないけれど……」


 冷静に考えてみれば、記憶って脳に関係がある部分だから、あまり手を加えてはいけないことは分かるはずだ。


 それが頭から綺麗サッパリ吹っ飛んでいたのだから、わたしはかなり冷静ではなかったのだろう。


 いや、殿方から自分の裸を見られて、しかも相手はそれを記憶していると分かったのに、落ち着いていられるはずがないよね?


「じゃあ、九十九が忘れて。綺麗に」


 勿論、記憶力がわたしよりも良い彼が簡単に忘れられるとは思っていない。


 そして、これまで口に出していなかったのなら、九十九もそれをわたしに伝える気はなかったのだろう。


「無茶言うなよ」


 わたしの護衛は気休めでも嘘は言ってくれないようです。


「アレはオレがしでかしたことなんだから、忘れるのは駄目だろ?」


 そこじゃない。

 わたしが気にしているのは、されたことではないのだ。


 いや、それはそれで恥ずかしいのだけど、彼の脳に自分の恥ずかしい姿が記録されていることが問題なのである。


「それに、お前は『恥ずかしい』って言っているけど、オレだって十分、アレらは恥ずかしいことだった」

「ふぬ?」


 それはボソリと顔を合わせないまま呟かれた言葉。


「勿論、男女の違いはあるから単純比較はできないことだけど、オレに全く羞恥心がないと思うなよ?」

「へ? 九十九も恥ずかしかったの?」


 でも、九十九は上半身裸でも大丈夫な人だったはずだよね?


「オレにだって恥はある。それまでずっと童貞だったことも恥だし、『ゆめ』に世話にならなければならないほど追い込まれたことも恥だし、本能に流されたことも恥だし、経験がなかったことを晒したことも恥だし、何より、主人に無様な状態を見せつけたことが大恥だ」


 つらつらと言葉が吐き出されるたびに、わたしより大きな九十九がどんどん小さくなっていくように見える。


 でも、童貞(どうて)……、未経験なのは仕方がないし、「ゆめ」に世話になることも必要なこと……ではあった。


 本能に流されたというのなら、「発情期」自体がそういうものだと聞いている。

 寧ろ、そんな状態だったのに、なんとか踏みとどまったことは凄いことらしい。


 経験がなかったことを晒すも何も、実際、未経験なのだから当然のことだろう。


 主人、わたしに無様な姿を見せつけたって言うけど、それも状況的に仕方がない話だとも思う。


「そもそも、相手がいなければ成り立たない行為なんだから、それらは全て仕方がない話なんじゃないの?」


 タイミングとかそういったものもある。


「何も、お前の前でやらかす必要はなかったんだよ」

「同じ宿にいたのだから、接触する可能性は他の女性よりはあったわけだよね? 九十九が発情期発症中に通りかかったってしまったのだから、そこは出会い頭に起こった不幸な事故ってことになるんじゃないかな?」


 発情期になって、そこにたまたま通りかかった異性がわたしだったってだけだ。


 それに対して、恥じ入るって言うのはよく分からない。


「通りかかったのが、水尾先輩や真央先輩じゃなくて良かったとは思うけどね」


 わたしは思わずそんなことを口にしていたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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