腑に落ちた
「お前は可愛いんだよ。そろそろ自覚してくれ」
そんなとんでもない発言を耳にして……。
「ほげっ!?」
そう叫んでしまったわたしは悪くないだろう。
いや、これは叫ぶ。
叫ぶしかない。
本当だったら、もっと雄叫びのような叫び声を上げたいほどのことだ。
それだけ、衝撃的な発言だったといえる。
顔の赤みが、高熱をもつのが止められない。
駄目だ、これ。
なんだ、これ。
「ちょっと待って?」
「あ?」
「何、ソレ……」
いきなり言われても困る。
どうやったら、落ち着ける?
冷静?
鎮静?
どんな言葉を唱えれば良い?
どんな言葉を口にすれば、わたしはこの状況から解放される?
「九十九って、わたしのことを『可愛い』って本当に思っていたの?」
「あ? オレは何度も言っているよな?」
わたしの動揺を他所に、九十九はさらりと言う。
「いや、アレは冗談とか、揶揄ってわたしの反応を見る目的だとずっと思っていたから……」
もしくは、わたしの動揺を誘って、隙を作らせるのが目的だったと思っていた。
だが、よく考えれば、彼は嘘を言わない人間だったことに今更ながら気付く。
え?
ちょっと待って?
何がどうして、そうなるの?
「いつから?」
「あ?」
「いつから、わたしのこと、可愛いって思ってくれていたの?」
思わず、問いかけてしまったが、そんなことを聞いてどうするのか?
その答えを知ったところで、この熱が今すぐに引くわけでもないのに。
だけど、気になる!!
気になるんだから仕方ない!!
「昔から?」
「ふおうぁっ!?」
予想外過ぎる!!
ちょっと待って?
どういうこと?
どういうことなの!?
昔?
昔っていつ?
数カ月前?
数年前?
十数年前?
その辺りをもっとはっきり教えてください!!
「いや、それはどんな叫びだよ」
だが、九十九は全く気にした様子はなかった。
そして、そこに恋愛的な熱は皆無だ。
照れた様子すら全くない。
だけど、いつもはそんな彼の姿を見て、ふっと冷静になれるはずなのに、今のわたしにはそれができないのは何故!?
「ちょっ、ちょっと、タンマ!! 無理! いろいろ無理!!」
「あぁあ?」
気持ちが整理できなくて、思わず叫んでしまったが、九十九は不機嫌そうな声を出すだけだった。
「もう! この話は無理!! これ以上、続けられない!!」
「いや、いきなりそんなことを言われても……」
明らかに九十九が困惑している。
だけど、困っているのはわたしの方だ。
どうして、彼はこうも、わたしを混乱させる天才なのか?
「言っておくけど、恋愛感情とかは別の話だぞ」
あまりにもわたしが大袈裟に捉えていることに気付いたのだろう。
九十九は呆れたようにそう言った。
「ほへ?」
「一般的にも可愛い=、好きではねえだろ?」
さらにそう続ける。
「もともとオレは、護衛対象であるお前に恋愛感情を抱くわけにはいかん。そんな状態になれば、雇用主に殺されるだろう」
なかなか過激な発言だと思うが……。
「……そこまで過保護かな?」
そこが引っかかった。
確かにセントポーリア国王陛下はわたしに対して過保護だなと思う。
それは母のこともあるからだろう。
だけど、そんなに簡単に人の命を奪うような人ではないとも思っている。
「少なくとも、そんな感情を持てば、お前を護れないと判断されることは間違いない。恋愛感情は目を曇らせるし、脳を鈍らせてしまうものらしいからな」
九十九はそう考えているらしい。
少しずつ、わたしの顔の熱も引いてくる。
「言われてみると、かっこいい=好きではないし、それどころか、好みの顔だからって、恋愛感情を抱くかは別物だね」
そんなことを言ったら、わたしは目の前の護衛に一体、何度、心を奪われることになるのか。
いやいや、違う。
この世界にはこの顔と似た系統の殿方が何人もいる。
その全てを好きになったら大変だろう。
「流石に、わたしが情報国家の国王陛下に恋愛感情を抱いたら、いろいろ問題だ」
「よりによって、何故、その方を選んだ?」
「いや、好みの顔だから?」
九十九も知っていて、一番、問題になりそうな人でもある。
「当人には言うなよ?」
「そんな無謀さは持ち合わせていないな~」
いくらわたしでも、情報国家の国王陛下を好きになったら、あらゆる意味で茨の道だってことは分かっている。
母からも、セントポーリア国王陛下からも、雄也さんからも大反対される未来しか浮かばない。
目の前の護衛青年は……、どうだろう?
少しぐらい、反対してくれるかな?
尤も、かなり年齢差があるため、本気でそうなるとは思っていない。
そう考えると、確かにかっこいいと思っても、それが恋愛に直結しないことが改めて理解できる。
うん、美形は愛でるもの、観賞するものであっても、好きになるものではないのだ。
「それと、ごめん。わたしが騒いじゃったから、話がかなり逸れちゃったね」
自分の両頬を、うにうにと挟んでマッサージしてみる。
頬の赤みは多分、マシになってくれたことだろう。
先ほどのような熱はなくなっている。
「いや、お前が自覚してくれたならそれで良い」
「自覚したわけじゃないけど、いろいろ腑に落ちたところはある」
「あ?」
わたしの言葉に九十九は変な顔をした。
「そんでもって、いろいろスッキリした」
「スッキリ?」
彼には分からないだろう。
でも、それで良い。
そして、わたしの方からそれを言うつもりもない。
だけど、自分の考えがそこまで間違っているとも思わなかった。
そう考えれば、いろいろなものが合致するから。
「それで? 九十九は『発情期』中の話を持ちだして、どうしたいの?」
そこがよく分からない。
今更、あの時のことを掘り起こしてどうしようというのか?
わたしとしては、もう、解決した話だと思っているのに、何故、彼はその話をしようとしているのだろう?
「どうしたい……、って……?」
九十九が少し戸惑った。
「さっきの話だと、九十九はその時のことを覚えているわけでしょう? そうなると、今更、その行為の内容を確認したいわけじゃないよね?」
この状況であの時の再確認しようと言われても困る。
また頬が熱を持つ気がした。
いやいや、持たない。
持ちません。
わたしは冷静!!
「そんな趣味はねえ」
そして、九十九もぶっきらぼうな口調でそう言った。
別に、その時の行為を再確認したいわけではないらしい。
「お前の状態がおかしいから、根本的な治療のためだよ」
治療ってことは、どうやら、昨日からわたしが眩暈のようなものを起こしている原因はそれだと思っているらしい。
それについては、そこまで的外れではないけれど、直接的な原因でもないと思っている。
それに、多分、もう起こらない気がした。
彼の言葉によって、わたしの中にあったいろいろなことが、綺麗サッパリ跡形もなくふっ飛ばされてしまった感覚すらあるのだ。
「えっと、わたしはあまり医療に詳しくはないのだけど、トラウマとかって、下手に思い出させず、その原因から引き離す方が良いんじゃないっけ?」
九十九の言葉を疑っているわけではない。
だけど、その点については疑問があった。
わたしのあの症状が「発情期」が原因として、その時のことを確認するのはかえって症状を悪化させる気がするのだ。
それは嫌なことを思い出させる行為ってことだよね?
普通は、それを避けるべきではないだろうか?
だから、人間は自分を護るために記憶を失ったりするとか、嫌な場所を無意識に避けようとする防衛本能みたいなのが働くと思っていたのだけど違うのかな?
「それは今より悪くしないよう状態維持のためにすることだな。だが、認知行動療法と言って、その本人が、無意識に回避している事柄に向き合うことも大事なんだよ」
うぬう。
それって、結構、傷口に塩を塗り込むような気がする。
つまり、ショック療法的な話なのだろうか?
でも……。
「なるほど。無意識に回避していることの認知。つまりは……、自覚か」
その点はちょっと気になった。
無意識の回避行動。
それを自覚させること。
「それがわたしに必要だと思うなら、まあ、付き合うけどね」
―――― それが、本当に必要なのはわたしの方ではない気がするんだけどね?
そんなことを心の奥底で思いながら。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




