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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 友人関係変化編 ~

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気休め程度

「九十九さんに改めてお伺いしたいのですが、先ほど、ほとんど抵抗されなかったのは何故でしょうか?」


 そんな問いかけをされた。


 確かに、大神官の攻撃を一方的に受けただけだった。

 それも、攻撃を捌くと言えないほど、拙い防御だっただろう。


 かえって、ストレスを溜めさせてしまったかもしれないが……。


「私は九十九さんならば、魔法を封じても、問題なく動けると思っていたのですが……」


 さらりと買い被られている気がするが、問題はある。


 オレの動きは身体強化が基本だ。


 なくても、動ける程度に鍛えてはいても、やはり、それがいきなりなくなると、計算が狂う部分がある。


 しかも、相手が身体強化した上、肉弾戦を求められたのだ。

 オレが焦るのは当然だろう。


 だが、それらは正直、後付けの理由でもある。

 実際、オレは完全に防御に徹した。


「魔法を封じられた状態で、長柄武器を扱う相手とやり合ったことがなかったのです」


 これまで、オレに対して魔法を封じるようなえげつないことしやがったのは、師であるミヤと兄貴ぐらいだ。


 現状、それ以外の魔封じを食らったことはない。


 あの「音を聞く島」で魔法がほとんど使えない結界はあったが、あそこでは身体強化を使うことはできたのだ。


 ミヤにしても、兄貴にしても、その得物は剣だ。

 ミヤは細長い剣を、兄貴は片手でも両手でも扱える剣を好む。


 勿論、兄貴が槍などの長柄武器を扱うこともあるが、その時は魔封じをされていなかった。


 ミヤや兄貴から魔封じをされた時は、ほとんど一方的に魔法を撃ち込まれた覚えしかない。


 酷い師弟だ。


「あと、単純に大神官猊下が扱う武器に興味もありました」


 錫杖。

 意外過ぎて思わず、見てしまった。


 だから、周囲の大気魔気の変化にすぐ気付けなかったのは、ただの阿呆である。


「自分の油断です」


 大神官が積極的に攻勢に転じることも予想外だった。

 様子を見る隙も与えないほどに。


「あの錫杖は、クレスノダール王子殿下より大神官就任の祝いとして頂いた物です」


 本当に錫杖だったか。

 そして、クレスノダール王子殿下からということは、自作なのかもしれん。


 あの方も人間界に行っていたからな。


「いろいろと仕掛けがあって、面白く、重宝しております」


 どんな時に使うのかは聞きたくねえな。

 しかも、さり気なく告げられた「いろいろな仕掛け」ってことは、まだ隠れてんのか。


 それならば、全部、知るのは相当、難しいだろう。


 まず、あの体内魔気を動かせないような状態にされただけで、ほとんどの魔界人はなす術がねえ。


 そして、それが種族的な能力だというのなら、精霊族の中にはそんな能力を持っているヤツがいる可能性もあるのだ。


「勉強になりました」


 今回も、自分が未熟なこともよく分かった。


 まだまだ、栞を護るには力が足りないことも。

 これ以上、彼女を傷つけないように、オレはもっと強くなる必要があることも。


「お役に立てたようで、何よりです」


 本人のストレス解消や、栞を傷つけたオレに対して痛い目を見せたかったというよりも、これが目的だった可能性もあるのか。


 オレはどれだけ、この人に助けられるのだろう?

 そして、同時にどれだけ、自身の未熟さを思い知らされるのだろう?


「一つ、迷える九十九さんに、お(まじな)いをお伝えしましょう」

「お呪い……ですか?」


 オレの告解を聞いた後、大神官は唐突にそう言った。


 だが、(まじな)い?

 その言葉から、魔法でも、法力でも、神力でもないってことか?


「勿論、魔法や法力、神力を使うようなものではありません。本当に気休めにしかなりませんが、今の九十九さんにはよく効くかと存じます」


 気休めにしかならない?

 だが、今のオレによく効くというのはどういうことだ?


「常に気を張り詰めている九十九さんは、気を休める間も必要でしょう」


 息抜きなら、結構、やっていると思うが、それとはまた違うのだろうか?


 でも、興味はある。


 他ならぬこの方のすることだ。

 思わぬ効果を得られるかもしれん。


 それに、気休め程度ならば、効かなくても落ち込んだりすることもないだろう。


「お願いします」


 オレはそう言って、頭を下げる。


「簡単なことです」


 大神官は微かに笑った。


「一日に一度、()()()()()()()()()()()()()ください」

「……はい?」

「それも本人がいない場所で」


 ……どういうことだ?


 いや、言っている意味は分かる。

 一日一回、栞のことを考えて笑えってことだ。


 それ以上の情報はない。


 だが、それならば結構、やっている気がする。


 意識はしていないが、気付いたら、栞のことを考えて……、まあ、ちょっとばかりニヤついたりもしている。


 仕方ない。

 あの女が可愛いのが悪い。


「本人の前で笑うことは容易です。無意識に思い出して笑み零れることも自然なことでしょう」


 大神官は言葉を続ける。


「ですが、()()()()()()()()()()()というのは、存外、難しくもあります」

「そうでしょうか?」


 栞のことを考えるのが自然なオレにとっては、そこまで難しくもない気がする。


 いや、普通に護衛として思い出したりするだけで、そこに他意はあったり、なかったりするが。


「栞さんと喧嘩をしたりした時にも、あの方のことを思い出して笑えるでしょうか?」

「…………」


 思わず閉口してしまった。

 それが答えだ。


 笑えん。

 派手な喧嘩はあまりないが、「ゆめの郷」の状況はそれに近い。


 ―――― 近付かないで!!


 ―――― 謝罪も聞きたくないし、あなたの顔だって見たくない!!


 あんな言葉を投げつけられて、オレは彼女を思い出して、笑えるか?


 無理だ。

 凹む。

 落ち込む。


 実際、そうだったし、今も尚、引きずり続けている。


「栞さんと暫く会えない状態になっても、あの方のことを思い出して笑えますか?」


 それも微妙だ。

 顔を見ないと会いたくて仕方なくなる。


 そっちに気持ちが引き摺られてしまうことを、オレはアリッサム城に行った時に知った。


 栞のことを思い出して、笑ったか?

 いや、笑っていないと思う。


 連れて来なくて良かったとホッとした覚えはあるけれど、彼女を思い出して笑いはしなかった。


 状況的に笑える場所でもなかったからな。


「自分が苦しんでいる時、栞さんを思い出して笑えますか?」


 それは状況によると思う。


 具体的には、怪我や病気をした時。

 これが、栞ではなくて良かったと思うだろう。


 だが、それは笑うとは違うな。

 それでも、栞が生きて笑っていると思えば、オレは笑える気がした。


「栞さんが笑っている時、その目の前に九十九さん以外の男性がいても笑えますか?」

「笑えません」


 それは声を大にして言いたい。


 絶 対 に 笑 え ん っ !!


 相手にもよるが、恐らく、無の表情になるだろう。

 表情筋を動かさないことに専念する自信がある。


「栞さんが苦しんでいる時も笑えないでしょう」

「笑えませんね」


 どんなドSだ?

 オレにそんな趣味はねえ。


 栞を揶揄うことは好きだが、泣かせたり、苦しめたりするような歪んだ性癖はない。


「一日一回です」


 まるで、薬のように大神官はそう言った。

 毎朝、あるいは、毎晩の服用みたいだ。


「栞さんがいない場で、栞さんのことを思い出して笑ってみてください」


 そう言いながら、大神官は、オレの胸元に手を置く。


「それだけで、貴方の()()()()()()()()()ことでしょう」


 それは、頭ではなく、心の話なのだと思う。


 まるで、怪し気な宗教勧誘のような言葉ではあるが、相手は大神官だ。

 その手から、オレの中に少しだけ、()()()()()()()()ような気がした。


 不思議だ。

 実際は、今、その手には何の力も込められていないはずなのに。


「九十九さんと雄也さんは、気を張り詰めすぎです」


 兄貴もか。

 それはそうだ。


 オレ以上にいろいろ(たくら)……、もとい、考えている分、気を張り詰めているのは、その比ではないだろう。


「瞬間的に気を抜くぐらいは、神も、栞さんも許してくださることでしょう」


 ……瞬間か。

 それは気を抜いたことになるのだろうか?


 なるな。


 ずっと風船を膨らませているようなものだ。

 息苦しくなる前に、たまには息を()けと。


 そうしなければ、風船は割れてしまう。


「ご教授、ありがとうございます」


 確かに気休めといえば、そうなのだろう。

 だが、気の持ちようも大事だ。


 それに、このまま、栞のことを想っていても良いと許されている気もした。

 その立場上、オレは咎められてもおかしくはないのに。


 そして、この日から、オレの意識は大きく変わることになる。


 だけど、それに自分が気付いたのは、ずっと後の話だった。

この話で108章が終わります。

次話から第109章「再び改することで」です。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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