最初の一撃
戦闘スタイルが法力中心の人間からその法力がなくなれば、どんな戦い方になるのだろうか?
その答えはまだ分からない。
そもそも、この方が戦った姿はストレリチア城門近くで一度だけしか見ていなかった。
それも、相手からの一方的な攻撃を全て打ち消しただけのものだ。
だが、港町で栞が歌姫をやった時、その後に多人数から襲撃があったらしいが、傷を負うことなく平然と処理をしていた。
しかも、栞はそのすぐ近くで寝ていたというのに。
そんな人間が、戦闘慣れしていないとは思っていない。
何より、神官の昇段試験が多対一の肉弾戦になることも少なくない。
それらをガキの頃から潜り抜けているような人間だ。
絶対に普通と思っては痛い目を見る。
そして、法力を使わないと言うことは、先ほどから握っている錫杖は強化などの補助目的ではなく、武器として振るうと考えた方が良いかもしれない。
錫杖は長柄の一種だ。
振り回せば、戦棍と呼ばれる殴打用の武器としても十分使える。
頭部が軽いため、星球式鎚矛ほどの威力は望めないとは思うが、それでも油断はできない。
「ご準備はよろしいですか?」
「はい」
ごちゃごちゃ考えたところで、分からないのだから、やってみるしかないだろう。
個人的には大神官の神力にも興味があった。
栞は歌うことで神力を使うことができるらしいが、大神官は歌わなくても神力を使うことができるようだ。
つまり、詠唱……、神に祈るための祝詞は短い。
いや、法力ではないために祝詞を必要としない可能性もある。
無詠唱だと考えた方が良いだろう。
「九十九さんの方は、道具を出さなくてよろしいですか?」
「必要になれば出しますから、問題ありません」
そもそも通常の武器が通じないなら、意味がない。
防具を出すにしても、相手の攻撃方法が分からない。
打撃なら、ある程度は身体強化でなんとかできる。
死ななければ問題はない。
この大聖堂は、治癒術を使える神官が常駐しているし、何より、不測の事態に備えて、正神官は交代制で夜勤もある。
万一の時は、そいつらの手配もしてくれると信じている。
そして、今回のオレの仕事は、勝つことよりも、この方にいろいろなものを発散させることなのだ。
それならば、防御に徹する方が良い。
「立会人がいないため、開始の合図はこれでしましょう」
そう言って差し出されたのはコインだった。
「これを放り投げて、床に付く音が、開始の合図ということでいかがでしょうか?」
大神官からの提案としては、意外だが分かりやすい合図ではある。
「分かりました」
そう言って、オレは少し、距離を取る。
いくらなんでも、手の届く距離から始めるわけにはいかない。
大神官の方も、距離を取った。
思ったよりも二人の距離は離れることになった。
大聖堂の地下にあるこの契約の間はかなり広い。
そして、水尾さんの魔法だけでなく、情報国家の国王陛下やセントポーリア国王陛下の魔法ですら壊れることもないほど頑丈であることもオレは知っている。
暴れるにはこの上ない場所だ。
大神官はこのためにこの場所を選んだと言うことだろう。
「それでは行きます」
大神官の右腕から、コインが放り投げられる。
それが、二人の中間地点に落ちて……。
―――― チャリ……
硬質の床に金属製の軽い音が響き渡るよりも前に……。
「なっ!?」
一気に距離を詰められていた。
そして、そのまま突き出された錫杖を避ける。
その頭部は円形であるため槍のように串刺しにされるようなことにはならないが、この勢いと位置的に、まともに食らえばかなりの衝撃になっただろう。
狙われたのは心臓だった。
分かりやすいと言えば分かりやすいが、想定を超える速度とその狙いに面食らった。
そして、オレが回避することも予測されていたようで、そのまま、薙ぎ払われる。
―――― 槍……、いや、薙刀か?
最初の突きは、槍のようだった。
だが、その払い方は薙刀に近い。
しかも、その動きは流麗で、捉えどころがなかった。
それなのに、信じられないほどの高速で次々と繰り出される。
―――― 扱い慣れてやがる
まともに呼吸する暇すら与えないその動作は、明らかに何度も振るってきた人間のものだった。
下手に息を吐けば、それが隙になるほどの緊張感など、かなり久しぶりだ。
最近の自分が、どれだけぬるま湯にいたのかよく分かる。
確かにセントポーリア国王陛下や栞の魔法は強大ではあるが、どちらもその威力で相手を圧倒するタイプだ。
勿論、そこに技術がないとは言わないが、それでも、技巧的とは言えない。
だが、目の前にいる男は違う。
明らかにその技術を磨き続けてきた者の動きだ。
不意に、大神官が錫杖を振り上げる。
この大振りな動きは隙か?
誘いか?
それとも、ここから神力を使うのか?
だが、そんな警戒は無意味だった。
そのまま、大神官がその両腕を振り下ろす。
だが、呆れるほど単純に振り下ろされただけのソレは、オレの予想以上の速度と威力があった。
―――― ドゴォンッ!!
そんな衝突音とともに、信じられないものをオレは見た。
「なっ!?」
それ以上は言葉にならない。
どこの国でも、契約の間と呼ばれる部屋の床や壁は頑丈にできており、特に各国の城にあるものともなれば、魔法国家の王族すら、それを破壊することは不可能だと水尾さんが言っていたことがある。
どの国も城の契約の間はその国の頂点が力を振るうことが前提とされているため、魔法で傷つけることは不可能だとトルクスタン王子も口にしていた。
それが今、オレの目の前で、大きな窪みを見せた上……、その衝突によって引き起こされたらしい衝撃波が爆風のように襲い掛かる。
錫杖そのものは避けることができたが、魔法以外の原因で発生した爆風など、単純な身体強化のみで防げるものでもない。
セントポーリア国王陛下の魔法を食らった時のように、その衝撃波でオレは十数メートル離れた壁に向かってふっ飛ばされる。
幸か不幸か、壁に叩きつけられるのは初めてではない。
反射的に素早く風魔法で衝突の衝撃を和らげようとして、目の前に躍り出た黒い影の次なる一撃で、進行方向を壁ではなく、強制的に床へと軌道修正させられた。
まるで、重圧魔法のような一撃が肩から腰にかけて振り下ろされ、オレの身体は大きく床に打ち付けられた後、跳ね上がる。
勿論、まともに食らったわけではない。
錫杖自体は避けたが、それが振り下ろされ、さらに床に叩きつけられた時に下から発生した二度目の爆風を避けることができなかっただけだ。
もし、まともに食らっていたら、そこの床のように身体強化していても尚、オレの身体はカエルのように潰されたかもしれない。
しかし、地面が魔法によってクレーターができるというのは珍しくないが、本来、壊れるはずがないと言われている物が、ぶちかまされた錫杖の形状とも違う形で大穴を空けているという異様な光景を見るとは思わなかった。
―――― アバラは無事、肩腱板近くに炎症はあるが、腱板の断裂はなし。
自分の状態を確認するが、ふっ飛ばされた見た目の派手さに反して、損傷は少なかった。
だが、先ほどからずっと自分と周囲に違和感を覚えている。
大気魔気が感じ取れず、さらに、自分の体内魔気が落ち着かない。
まるで「魔封石」を粉にして、この部屋一面と自分に向かってばら撒かれた時のような感覚がある。
虚脱……、とまではいかないまでも、微かな脱力感。
何よりも、身体強化しているというのに、魔法以外で簡単に吹っ飛ばされたというのがおかしい。
確かに一つ、また一つと穴が空いていく床を見るとその一撃が全てとんでもないほどの威力を持っていることが分かるが、その全てを躱してはいるのだ。
だが、先ほどから余波だけで身体が簡単に吹っ飛ばされている。
踏ん張ることすら許されないのは初めてだった。
なんとなく、最初の一撃を食らった時、その理由には気付いていた。
その考えが正しければ、この方が大神官に至った理由の一つにその力があるだろう。
だが、オレの考えが的外れであることを祈りたかった。
それを認めてしまえば、この世界の人間は全て、この方に勝てないということになってしまうのだから。
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