魔法使いの捜し人
「異星人……。地球人から見ればそうだな。別の星から来ているんだから」
九十九は複雑そうな顔をしながら、そう答えた。
「うわ~、未知との交流」
「お前な~」
「……ってことは魔界人の正体って実は、足がいっぱいあって、どこか軟体動物ちっくで……」
「いつの時代だよ、その異星人形体は」
「目的は地球侵略とか?」
「今更こんな惑星を支配しても何の得にもならんわ」
「じゃあ、何しにきてるの? 観光?」
「お前って本当にのんきだよな」
彼は呆れたように笑った。
「10年もここにいるんだ。観光のはずがないだろ?」
そう言えば、彼は小学校入学した頃からずっといる。
彼と会うことがなかった中学生時代までは分からないけど。
「確かに長いね。滞在期間が」
そこまでくれば、観光、逗留というより、もう居住だろう。
「オレは兄貴と人捜しをしてんだよ」
「10年も?」
「ああ」
「ずっと?」
「そう。気付いたらそんなになってた」
「普通の小学校に通いながら人捜しって、かなり大変だったでしょ? どんな人?」
少なくとも、わたしが知る限りでは、彼は普通の小学生だったと思う。
学校から帰った後まで観察してはいなかったけど、他の男子たちとも普通に過ごしていたから、その合間で人を捜していたのかもしれない。
そんなこと……、全然気付かなかった。
「一人じゃなくて、二人捜してたんだよ。そのためか、なかなか見つからなくてな。苦労したんだ」
なるほど、複数の人間を捜していたなら、もっと時間はかかるだろう。
「……ってことはもう見つかったんだね?」
彼の口ぶりから、そう判断する。
「まぁ……。一応」
でも、なんとなく歯切れの悪い返事だった。
「あれ? でも、なんで見つかったのにまだいるの?」
見つかったなら、早々に帰宅……、いや、帰星しても良いと思うのだけど?
「いたらいかんのか?」
「いや、そ~ゆ~わけじゃないんだけど……」
「ちょっと事情が変わったんだよ。その二人で間違いないはずなんだが……、ちょっと問題があったんだ」
問題?
なんだろう?
でも、部外者のわたしがそこまで聞いても良いのか判断に迷うね。
「ふ~ん。でも、10年かけて魔法使いが捜さないといけないなんて大変だね。一緒に捜しにきたってことはお兄さんも勿論、魔法使いなんでしょ?」
「ああ」
「で、その二人がかりでもなかなか見つからなかったなんて……、相手はもっとすごい人だったんだね」
隠遁の魔法とかがあるのかな?
かくれんぼに強そうだね。
「いや、見つけたのは割と早かったんだよ」
「あ、そうなんだ」
「ただ、何故かほんの少しの間にかなり変わっていて……、その人達が当事者たちという確信がなかなか持てなかったんだ」
「つまりその人に、決定打がなかったんだね」
まあ、九十九が言う「ほんの少し」って期間がどれくらいかは分からないけれど、数ヶ月もあれば特徴なんて思いっきり変わることはある。
雑誌に載っている驚異のダイエットとかを見るとよく分かるだろう。
でも、彼らは魔法使いなんだから、わたしが考えている以上のことをして確認してるとは思う。
「そういうこと。当てにしていた一番の手がかりになるはずのものがなくなってたんだよ、その子に」
「『その子』って……、子供なの?」
「ああ。オレと年が変わんねぇ」
「へぇ~、……ってことは、わたしとも変わらないんだね」
どんな子かな~?
案外、知っている子だったりしてね。
「おい」
「はい?」
「お前はのんきなのか? 単純に突き抜けて鈍いのか?」
突然、彼がひどいことを言った。
「失礼な。昨日からのんきとか鈍いとか言いすぎじゃない?」
「オレは真実を述べているだけだが?」
「どこが? ……ったく久しぶりにあった同級生のか弱い女の子に向かってありとあらゆる暴言を吐きまくりおって……」
本当に酷い男だと思う。
顔が良くなければ許されないぐらいの罪だ。
「か弱い? ……いやいや、それは断腸の思いでおいておくことにして……」
何も、そんな思いをしてまで置くことはないのに。
「確かにオレの口は悪いかもしれんが、これだけは言える。お前は鈍いよ。間違いなく」
「なんでそうはっきりと言えるの?」
「何故、気付かん?」
「……何を?」
「普通、気付くだろう?」
「だから何を?」
「お前なら、何も関係ない部外者にペラペラとここまで話すか?」
「いや……、だって……、まさか、口封じはしないよね?」
何もしていないし、わたしは何も関係ないのに口封じをされても困る。
彼が勝手に話し出したことなんだし。
「しねえよ。オレはそこまで阿呆じゃねえ。それより、本当に分からないんだな?」
「な、何が?」
彼がわたしの顔を覗き込む。
その近さに思わず不覚にもドキドキしてしまった。
沈まれ、心臓。
今は話題に集中すべき時だ!
つい最近、失恋のようなものをしたばかりだというのに、この心はどうなっているんだろうね。
まぁ、相手が初恋の人だからある程度は仕方ないと思うんだけど。
そんなわたしの気持ちを知らない彼は、大きなため息を吐く。
「こう言った重要な話を部外者にする場合、二つのケースが考えられる。一つは、お前の言うように口封じまで想定してのこと。もう一つは……」
「もう一つは?」
「相手が実は部外者じゃなかった時、だ」
「ふ~ん」
「おい?」
わたしの反応が薄かったせいか、彼は露骨に怪訝な顔をしてみせた。
「何?」
「驚かんな」
「なんで?」
「なんでって……、お前……」
「だって、わたしは部外者じゃないでしょ? 昨日のことだってあるわけだし……って九十九? どうしたの?」
気がつくと、彼が派手に食卓に伏していた。
「お前な~」
わなわなと震えている。
「本当に気づいていないのか? 実は知ってて知らないふりをしてるだけじゃねえのか?」
「何のこと?」
「……それとも、まだどこかで信じられないのか?」
「だから、何のこと?」
本気で分からないことが伝わったのか、彼は肩を落とす。
そして、一呼吸置いて、わたしに少しだけ笑みを見せた。
「じゃあ、驚かないで聞いてくれるか?」
「聞いてから考えるよ。約束はできない」
「……そうか。お前が魔界人に狙われたのはな……」
そこで彼は黙ってしまう。
どうやら、言いにくい内容みたいだけど……?
「わたしが、あの人たちに狙われたのは?」
「―――――― だから」
「は? ごめん、もう一回言って」
彼が何か言ったが、聞き取れなかった。
「だから、お前が……、お前も『魔界人』だからなんだよ……」
「へ?」
今度は聞き間違ったみたいだ。
「ごめん、もう一回」
なんとなく、昔のコントのようなやり取りを繰り返した挙句……。
「だから! お前も、『魔界人』だっつってんだろ!!」
九十九がそう叫んだ。
「なんでだろう。何度聞いても『わたしが魔界人』って言ってるように聞こえるんだけど」
「合ってるよ」
「え?」
「合ってる。お前は『魔界人』なんだよ」
「あの……?」
「なんとなく言いたいことがいっぱいあるのは分かるがとりあえず聞いてやる」
「わたしが……、『魔界人』って?」
聞き間違いではなく、彼は今、確かにそう言ったらしい。
「お前も、『魔界人』。それに間違いはないはずだ」
しかも妙にはっきりと断言している。
「なんで?」
「なんでって……。惑星アクアで産まれてるらしいし、親も魔界人のはずだが?」
「え……っと。わたしも母さんも、魔法なんて使えないよ?」
「今はそうみたいだな」
「今は……って昔からだよ。使った記憶なんてないし」
「だから、なんで記憶がないんだ? オレはその方が不思議でならんのだが……」
九十九が首を捻る。
「そんなこと言われたって……。大体、わたしのどこが魔法使いだって言うの? なんで九十九はそう思うの? そんな、そんな証拠……が……どこ……にっ!」
「げ!?」
「う……っ」
しまった……。
興奮のあまり、うっかり涙が流れ出てきた。
決して悲しいわけはないんだけど、気持ちの激しい揺れにわたしの涙腺は耐え切れないらしく涙もろくなってしまうことが時々あるのだ。
「高田……」
「ちがっ! これはっ……」
悲しいわけじゃないと続けたいのに、うまく言葉にならない。
でも、涙は止まらない。
彼が困っているのが分かっているのに。
「困るよな」
今、困ってるのはどう考えたって彼の方だ!
それでも、彼は気遣ってくれる。
ああ、でも、ごめんなさい。
お叱りはこの涙にしてやってください。
わたしとは別の生き物なんです。
わたしは、涙を流しながらそう思うしかなかったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。