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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 友人関係変化編 ~

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2099/2805

用意された書棚

 この大聖堂には、神子たちの記録が神々の手によって勝手に収集、収納されている部屋があるという。


 栞の話では、彼女が描き、カルセオラリア城の崩壊に巻き込まれて無くなってしまったはずの原稿までその場所にあったらしい。


 それについては聞いた。

 そして、その神々の行動を止めることはできないことも。


 だが、先ほどの大神官の言葉は一体どういうことなのだろうか?


 ―――― そこにあった書棚は、どの神子よりも大きなものが用意されていたのです


 栞が絵を描くからか?

 いや、それだけではよく分からない。


「不勉強なために申し訳ありませんが、それにどんな意味があるのでしょうか?」


 そもそも、その部屋のことを知ったのも栞からの話だった。


 しかも、長時間、ほぼぶっ続けで絵を描いた直後だったためか、いろいろな話に混ざって中途半端な状態で聞いていたのだ。


 どこまでオレに正しく伝わっているのかも分からない。


「栞さんが既に書かれた物については、既に『寵児の間』に納められていたようです。あの方の話によると、前日まで書いた物もあったとのことでした」

「前日まで……?」


 栞がその「寵児の間」とやらに行ったのは、午前中だった。


 神のすることだ。

 その原理とかはあまり深く考えず、リアルタイムで納まっていくと考えた方が良いだろう。


 しかし、前日も何か描いていたのか?


「『寵児の間』の特徴として、既に書かれた物は専用の書棚に。そして、今後書かれるはずの物は、決して人の手では開けることのできない色玻璃(ガラス)の向こうに納まっていると考えられています」


 リアルタイム(現在進行時間)どころか、フューチャータイム(未来予測時間)だったらしい。


 だが、やはり神のすることだ。

 人間が深く追求してはいけないのだろう。


 もともと神と人間の時間の流れは違うらしいからな。


「『寵児の間』にある書棚にある現在を生きている人間の区画には、当然ながら、その色玻璃(ガラス)で封印されている場所が存在します。そして、栞さんは既に多くの書き物をされているようですが、その色玻璃(ガラス)部分が、大神官たる私よりもずっと大きいのです」


 その「寵児の間」とやらには、この大神官のスペースもあるらしい。

 そうなると、単純に神子という括りではないのかもしれない。


 オレにはその部屋のことはよく分からんが、その栞の書棚とやらに絵が含まれるなら、それはそう驚くべきものではない気がする。


 栞が絵を描き始めたのはここ一年ほどだ。

 既に置かれている書棚より、未来の書棚部分の方が大きくなるのは当然だとは思う。


 そして、少し前の彼女の描くペースはとんでもなく早かった。

 身体強化までして絵を描く人間はそう多くないだろう。


 さらに言うなれば、栞は時間に余裕があれば本を読むか、絵を描くかのどちらかだ。


 ただ、それでも、大神官よりも大きいという部分だけがちょっと気にはなるところでもあった。


 大神官は常日頃から、神務を含めて、結構、いろいろな物を書いているのだ。

 加えて、他国だけでなく国内からの手紙、伝書の(たぐい)も多い。


 趣味で絵を描くだけの栞が簡単に勝てるとは思えないのも分かる。


 年齢差を考えれば不自然ではないと言いたいところではあるのだが、大神官は精霊族の血を引き、栞は王族の血が流れていると同時に、地球人の血も引いているのだ。


 どう考えても、栞の方が寿命は短いとは思う。


 いや、あまり考えたくはない部分ではあるのだが、事実は事実だ。

 それから目を背けるつもりはない。


「その『寵児の間』は、失敗作も収納されますか? その書き損じた手紙とか、そういった種類のものも含まれるのでしょうか?」

「含まれます」


 既に確かめているのか。

 それなら、理由は分かりやすい。


 断定はできない。

 でも、オレはどこかで確信していた。


 ―――― 栞は、()()()()()のだ


 それがどんな形なのかは分からない。

 だけど、恐らくはそういうことだと思う。


 オレはカルセオラリア城で漫画を描く栞を見た。

 いつも描くような絵ではなく、漫画を描く栞を見たのだ。


 仕上げは一人で部屋に籠ったから、最後までをずっと見続けていたわけではないが、それでも、その一部を見ることが許された。


 描き始めた時は、何度も途中で紙を丸めていた。


 ある程度、それが形になった後も、下描きと思われるところで何度も何度も、描き直しもしている。


 日頃描いている絵よりも、もっとずっと手間暇掛けて描かれた「もう戻ることのできない得難い宝物のような日々」。


 その書き損じの判定がどこまでのものかは分からないが、本人が捨てたくなるような物まで嫌がらせのように収納されていれば、栞が漫画を描こうとするたび、ずっとその量は増えることだろう。


 ―――― 昔から……、漫画を描くことに……、興味があった


 かなり躊躇いがちに告げられた言葉。

 自分の夢を語るにしてはずっと小さくて消え入りそうなほどか細くて。


 ―――― 少なくとも、オレは応援するぞ


 そう答えた時、栞は大きな瞳をさらに見開くほど驚いたことは忘れられない。


 普通に考えれば、従者が主人の応援をすることは当然のことだ。

 なんなら、栞はオレを「命令」という形で従わせることすらできる。


 それでも、オレの言葉なんかで、彼女は顔を綻ばせたのだ。

 嬉しそうに笑いながらも、大きな瞳に光り輝く意思の強さを見せながら。


 だからこそ、オレも自分の夢を伝えることができた。


 ―――― オレは薬師(くすし)になりたい


 そんなこの世界では絶望的に困難な夢を。


 尤も、今のオレはそれ以上に大きな夢を抱いた。

 薬師(くすし)になる夢を諦めたわけではない。


 だが、オレはそれ以上に、もっと大きな夢を抱いてしまった。


 ずっと傍にいて主人の壮大な夢を叶える手伝いをしたい。

 言葉にしてしまえば、それだけのことだ。


 勿論、そんなことを口にすれば、栞は「わたしよりも自分を優先して!! 」と言うに決まっているから、言うつもりもないのだけど。


 そこまで、考えてふと笑いが出る。


 誰よりもそれを夢に見ているのは栞自身ではなかった。

 恐らくは、オレの方がその夢を抱え込んでいる。


 大神官よりも多くの書き付けを残す可能性がある……と、ただ、そう聞いただけの話なのに。


 普通に考えれば、栞は意外と文字も書く。

 それに絵の方は言うまでもない。


 時間ができそうな時は、紙と筆記具をオレに求めるほどだ。

 それなのに、オレ自身が誰よりも信じている。


 いつか、栞は自分の夢を叶える、と。


 それが世間一般に広められた漫画なのか。

 これまでのように趣味で漫画を描き続けるだけなのかは分からない。


 そして、今の落ち着けない環境では、漫画を描くことなど不可能だとも思っている。


 実際、セントポーリア城下の森にあれだけ長く滞在しても、一度も、栞は漫画のようなものを描いていないのだ。


 オレが付き合わせたせいかもしれないが、絵を描くだけに留めていた。


 だけど、言い換えれば絵だけはずっと描き続けている。

 特に、今回の絵は凄かった。


「主人は集中すれば、一日で100枚を超える絵を描くこともあります。それを思えば、未来の作品を納めている書棚とやらもとんでもない大きさであることは想像に難くないですね」

「100枚……? それはかなりの数ですね」

「今回、大神官猊下にお渡しした作品は、その一部でしかありません。あの後、主人は131枚もの絵を描き上げました。それらもお見せすることは可能ですよ?」


 描いた絵の数々を見れば、それが誇張でないことも分かるだろう。


 今回、描いた絵のほとんどは、「救国の神子」と呼ばれる女たちとその協力者……と言って良いのか微妙ではあるが、その神たちの絵だった。


 そんな絵を描けるのは、昨日の午後、栞とオレが王女殿下の部屋から退室して以後しかない。


 そして、栞の絵は一枚残らずオレが持っている。

 彼女が収納魔法を使えないためにそこは仕方ない。


「いいえ。それには及びません。それだけの数を描かれた中から、栞さんの目と手によって厳選されたこれらの絵だけで十分です」


 大神官はオレの言葉に対して驚くことも、疑う様子もなく、そう答えた。

 オレとしては、そこまで信じられると、ちょっと心配にもなる。


 相手を選んでのことだろうが、大神官とも言える立場にあって、オレの言葉を全て鵜呑みにして大丈夫なのか?


 いや、オレは嘘を言う気はない。

 だが、誰もがそんなヤツと決まっているわけでもないのに。


 オレがそんなことを考えていると、大神官の口元が少しだけ弧を描いた気がした。


「九十九さんは、本当に栞さんがお好きなのですね」


 そして、続けられたのは揶揄うでもなく、煽られたわけでもなく、事実を口にされただけの言葉。


 それなら……。


「はい。誰よりも大事な主人ですから」


 オレも誤魔化すことなく、逃げることなく、彼女の護衛として()()()()()のみであった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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