過去の映像
「えっと、『境界』にご招待されたわたしは、『神の影』さまという謎の人物によって、『救国の神子』たちが生きていた時代の白黒写真を次々に見せられたんだけど……」
「ちょっと待て。一つずつ突っ込んで良いか?」
「どうぞ」
流石にツッコミ体質の九十九は、わたしの説明をさらっと流すことができなかったようだ。
「『境界』にご招待ってアレか? その救国の神子たちが残した紙に触れたら、『境界』に意識だけが連れ込まれたってやつ」
「うん。無駄にでかい招待状だよね」
「でかい?」
そういえば、「激励」が書かれた紙の大きさは言ってなかったっけ。
「うん。小学校で模造紙を使った壁新聞を作ったことがあったでしょう? あれぐらいのサイズ」
「あれか……。確かにでかい」
この点、同じ小学校、六年間、同じクラスの相手は話が早い。
「『神の影』さまってなんだ?」
「その正体は、救国の神子の一人。闇の神子リアンズさま」
アレを正体と言って良いのかは謎だ。
でも、「神の影」さまイコール闇の神子リアンズさまなのだから、間違いない。
「正体が判明しているその時点で、全然、謎じゃねえ」
「ふごっ!?」
た、確かに。
いやいやいや、十分、謎な人だ。
「九十九は『救国の神子』たちの前提を知らないからそんなことを言えるんだよ」
「あ?」
「『救国の神子』たちは、身体はその神話の時代に創られたらしいけど、中身は人間界から呼び出された魂らしいよ」
「ああ!?」
一際、大きな声を上げられた。
「それも、多分、今よりも未来の人たちだと思う」
「ちょっと、待て。さっきのメモを見せろ」
そう言いながら、九十九は先ほどのメモを見て……。
「これは、まさか、記号まで再現していたのか?」
「そうだよ。そうじゃなければ、意味がないでしょう?」
わたしはもともと、文章にハートや星マークは使わない。
長音記号、波線や、疑問符、感嘆符ぐらいは使うけど、それは漫画の影響だろう。
「人間界の、未来人……か。それなら、こんな変なノリも分かる気がする」
「なんで?」
「頭と危機感が足りていない」
「口が悪いな~」
でも、そう言いたくなる気持ちは分かる。
しかも、あれは全てが終わった後で書かれたのだ。
わたしよりも先に見た恭哉兄ちゃんは、さぞかし、困ったことだろう。
「口語体とシンボルマークから考えても、未来かは分からんが、少なくとも、近い時代だな。まだ読める方だ」
「ほ?」
「日本語は変化しやすい。平仮名などの統一された字体はそこまで大きく変化はしていかないとは思うが、略称、省略記号が今よりもっと増えているかもしれん」
九十九から説明されて、納得する。
確かに人間界の略称、省略記号は、解説をお願いしたいものが多かった覚えがある。
「ああ、チョベリバとか、MK5とか。多分、後世の人たち絶対、分かんないよね」
「言いたいことは分かるが、何故、そんな古いネタを持ちだした?」
「『ナウなヤングにばかうけ』とか言い出さなかっただけマシじゃない?」
「その辺りは、もはや、オレにも分からん!!」
そうかな?
割と分かりやすいネタのつもりだけど。
因みに、わたしは古い少年漫画で知った。
……「古い」の時点で、同じ年代が知らない可能性があることに気付いて、今、微妙にショックを受けている。
「この『完走記念』とかが、そうなんだろうな。多分普通は、一仕事終えた後には使わん」
「一仕事って……」
いや、確かに間違ってないのだけど、一気に問題が軽くなったような?
「でも、どうして、お仕事が終わった後に書かれたって分かるの?」
「これらは『終わり』だろう? 『楽しかった』、『この先はお願いする』は、これ以上続ける気がないから出てくる言葉だ」
わたしの護衛が有能すぎて困る。
普通はそこまで考えないよ。
「それで、救国の神子たちの魂……、中身が現代人だったとして、それがどうかしたのか?」
わたしからすれば、衝撃的なその事実も、九十九からすれば、そこまで大きな問題ではないらしい。
あっさりと思考を切り替えられる。
「闇の神子リアンズさまの魂がその『神の影』さまらしい」
「闇の神子は、神の差し金だったってことか。いや、神か?」
「そこは確認しなかった。深追いして、これ以上、厄介なことになっても困るし。でも、まあ、神さまだったら、わざわざ『影』を名乗らないんじゃないかな。だから、なんとなく、神さまから力を分け与えられたそれに準ずる存在だとは思ったけどね」
わたしは最後まであの「神の影」さまの正体については聞かなかった。
聞かない方が良いと判断したのだ。
「多分、創造神アウェクエアさまに繋がる人だよ」
だが、創造神アウェクエアさまの名前を出した時に、その姿を見せてくれたのだから、その影であることは間違いないだろう。
どこか話に聞いていた創造神さまによく似ているような口調、創造神さまのことをよく知っているような口振りであったことは確かだった。
愛想が無くて、率直な物言いで、面倒くさがりで、それでも、創った惑星を見捨てられない神。
「とうとう、そんな大物を釣り上げたか」
九十九は呆れたようにそう言った。
言葉を失うかと思ったけれど、この護衛の神経も相当に太い。
「いや、母が目を付けられて、この惑星に連れて来られた時点で、わたしは普通の人以上に創造神さまに関わっているからね」
「阿呆。監視と接触は全然違う」
「おおう」
神さまは常に人間たちを見守っている。
それがこの世界の通説だ。
そして、何もしてくれない。
これは、神官たちの中の常識だ。
それらを知っている九十九は、「見守り」を「監視」と言い換えた。
尤も、神さまの悪口を人界で人間たちが口にしても、それすらも神さまたちは受け入れてくれる。
人間と神さまは直接会うこともないし、その人間たちの言動すらも神さまは娯楽の一つとしているそうな。
だから、神官たちが神さまたちに対して悪態を吐いたり、恨んだり、呪ったりしても、「また言ってるよ、こいつ」と、笑って見ているというのだから、何とも言えなくなる。
「でも、創造神さまがわたしに接触しようとしたのって、初めてじゃないんだよね」
「あ?」
「リプテラの本屋さんで、わたしと雄也は創造神さまの彫像と対面している」
結局、接触はしなかった。
そう言えば、あれはどういう意図があったのだろうか?
またいつか、会えた時にその真意を聞いてみようと思う。
一生、分からないかもしれないけど、その時はその時だよね。
「言われてみれば、あの時に見た白い像に、この闇の神子ってやつの顔は似ている気がするな」
「ほへ?」
九十九からそう言われて、改めて自分が描いた絵を見る。
そして、あの時に見た真っ白な彫像を思い出す。
あの白い彫像は、離れた場所から見ていたし、白すぎてよく分からなかったけれど、確かにちょっと似ているかもしれない。
九十九もあの彫像を見ていたんだっけ。
自分が描いた絵なら、もっと比較しやすいかもしれない。
そして、あの場で描いた絵は……、多分、雄也さんが持っているだろう。
すっかり忘れていた。
「像を見た時は中性的な顔立ちと思っていたけれど、この『神の影』さまを思い出す限りでは、どちらかといえば女性的かもしれない」
「物言わぬ、動かぬ彫像と、動く人型だと受ける感覚が違うだろうからな」
「人型って……」
「人間か、神かも分からん存在を、他にどう表現すれば良い?」
確かに。
人の形をした何かというしかない。
でも、そこで分かりやすく人形と言わない辺りが、九十九らしいとも思った。
「それで? 『救国の神子』たちの時代ってことは五千万年前? だよな? その時代に白黒とはいえ、写真なんてものが存在するのか?」
「いや、もしかしたら、その時代の一瞬、一瞬を切り取って見せてくれていたのかもしれない」
白黒だったけれど、写真のようにリアルな映像。
それが次々と連続で表示される。
表示の切り替えがもう少し早ければ、パラパラ漫画のように動いて見えたかもしれないが、表示速度は一定ではなかった。
恐らく、わたしたちに見せたい場面ほどゆっくりと表示されていたと今なら思う。
「起きながら過去視を静止した映像で次々に表示を切り替えているような感じかな?」
九十九の夢視は過去視ではなく、未来視だと聞いているが、リアルな夢という点では同じだろう。
「映像ってことは、テレビなどのモニターがあったのか? もしくは、映画のようなスクリーン?」
「白い靄に写されていた」
つまり、モニターというよりは、スクリーンが近いのだろう。
「それで見えるのか?」
「かなり鮮明に視えたよ。わたしがこうして絵に描き起こせるぐらいだから」
「そうなると、ホログラフィーの方が近いか?」
なんだろう?
魔法の世界に科学的な言葉。
「立体ホログラフィーのこと?」
なんか、アニメで観た気がする。
こう、下から機械を使って立体的な人物が表示されていたような?
「光を利用した立体映像写真のことを『ホログラフィー』という。今回は空間に平面的な映像に見えるようにしているようだから、それはそれで凄い技術だとは思うぞ」
「それって、護衛の基礎知識?」
「いや、光を使った珍しい技術に興味があって本を読んだけだ」
流石に護衛として勉強したわけではないらしい。
「だけど、今にして思えば、もっと勉強しておくべきだったな。光の現象や性質を理解する光学をもっと真面目にやっとけば、魔法としても使えそうだった」
向上心のある護衛はさらにそう言ったのだった。
「チョベリバ」とか、「MK5」は、今の若い子には分からないと思うので、それぞれ調べていただければと思います。
「ナウなヤングにばかうけ」は今の若い子の親世代でも難しいかと思われますので、やはり調べていただきたい言葉です。
因みに、いずれも作者の世代ではないことを補足とします。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




