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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 友人関係変化編 ~

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想いが止められなくて

 さて、ようやく、目的地に着いたわたしは、早速、護衛である九十九におねだりをする。

 

「お願い、九十九。早くここに出して」


 わたしにはできないけれど、彼ならできる。


「待ってろ。すぐにいっぱい出してやる」


 言われなくても、ちゃんと待ちます。

 わたしは「待て」ができる主人なのだ。


 そして、九十九はいつものように、いや、多分、いつもよりも大量に出してくれた。


「うわ~、本当に凄くいっぱいだ~」


 溢れて落ちそうになるのを、慌てて受け止める。


「足りるか?」

「分かんない」


 自分の熱がどこまで続くのか。

 出された量はいつもよりもずっと多い。


 だけど……。


「足りなければ、もっと出してくれる?」


 気付けば、そう口にしていた。


「結構、出したと思うんだが……」


 九十九が少し戸惑っている。


 確かに、いつもよりも多く出してくれた。

 だけど、足りない気がしたのだ。


 今のこの気持ちはそれまでに大きく溢れ出しそうなほどになっている。


 あの「寵児の間」から「境界」に招待され、救いの神子たちの世界を視ることになった。


 その後に、意識が戻って恭哉兄ちゃんと話していた時もここまではなかったとは思う。


 確かに早く九十九に会いたいたかったけれど、ここまで激しい感情ではなかったのだ。


 そして、九十九に会うためにワカの部屋に連れて行ってもらった。

 その時もこれほどではなかったと思う。


 だけど、この部屋に、九十九と戻ってきた時に、突然、堰を切ったかのように溢れ出た。


 どれだけ、我慢していたのか?

 そんな自覚もないほどに、わたしはこの想いを止めることができなくなったのだ。


「この内から湧き出てくる熱い思いがどれだけ持続するか……なんだよね。じゃあ、もう、始めて良い?」


 多分、持続する。

 今のわたしは簡単に止まる気はしなかった。


「おお。好きなだけ、(まみ)れろ」


 そして、九十九は許可をくれた。


「塗れるって……」


 液体でもないものに対して、その言い方はどうかと思うけれど、確かに気分的にはそんな感じかもしれない。


「よし! 描くぞ~」


 一緒に出された愛用の道具を手に、わたしは気合を入れる。


「おお、存分に描き尽くせ」


 その言葉で、わたしはスタートを切った。


 白い紙に次々と自分の記憶を描き出していく。

 目を瞑らなくても思い出されるあの光景。


 それを少しでも何かに残したい。


 それは、救いの神子たちの記録。

 わたしには、彼女たちの偉業を文章にするほどの才能はない。


 だから、そちらは、わたしを通して同じ光景を視た恭哉兄ちゃんに任せる。


 自分の絵が上手いとは思っていないけれど、それでも、自分の記憶だ。


 絵に残しておけば、(のち)に、思い起こす手助けにはなるだろう。


 ―――― 彼女たちを忘れないで


 わたしはそう言われた。


 本来、会えるはずのない場所で、会えるはずのない(かた)から。

 それを無駄にしてはいけない。


 順番など関係なく、思い出せるだけ描き出していく。


 圧倒的に思い出せるのは、黒髪、黒い瞳のわたしによく似た少女の姿。


 だけど、わたしが最初に描いたのは、()()()()()だった。


 一番、忘れたくなかった人。

 そして、一番、忘れてはならない姿。


 ソレを視たのは、本当に一瞬だった。

 だけど、わたしは、間違いなく()()()()()()を視たのだと思っている。


 他のことは忘れても、その姿だけは忘れてはいけないと思ったから、迷いもなく、最初に描くことを選んだ。


 焦げ茶色のサラサラした髪に黒い瞳。

 それに細い黒縁の眼鏡。


 黒い筆記具だけでは焦げ茶色の髪の毛を描くのはちょっと難しかったが、なんとか、それっぽい人にはなったと思う。

 

 その人物を描き上げた後は、思いつくままにいろいろな人たちを描いていく。


 いつもなら、色も使うが、今回は白い紙に黒一色という画材に拘った。

 視た映像が、白黒だったということもあるが、一番の理由は、速さだ。


 少しでも早く、多くの絵を遺したかった。

 あの映像は白黒だったから、想像で色を付けるしかない。


 そんな状況で色にまで拘ると、時間がかかってしまうことは避けられないだろう。


 そうして、どれぐらい描いただろうか?

 描いた量の割に、机に広げられている絵はほとんどない。


 恐らく、近くにいた九十九が、いつものように魔法でインクを乾かしてくれた上で、収納しているのだと思う。


 描いた絵に対して、明らかに、この場に残っている絵が少ないし、何より、九十九がまた一枚、紙を手に取っていた。


 それに気付いて、わたしは顔を上げる。


「九十九……」

「ん?」


 わたしの声に九十九が反応して手を止めた。

 よく見ると、寝台には、九十九が書いていると思われる報告書が散らばっている。


 わたしの絵は収納してくれているのに、自分の分は片付けていないのは、報告書を見返して修正する可能性があるからだと知っていても、ちょっとだけ複雑な気分になってしまう。


「ごめん。もしかしなくても、九十九も付き合わせてる?」

「気にするな。描いているお前を見守るのも、オレの仕事だ」


 九十九は特に気にした様子もなく、手に持っていた紙を収納した。


「どれぐらい描いていた?」

「分からん」


 どうやら、彼自身も数えてはいないらしい。

 九十九が把握できないぐらい、絵を描いていたということだろうか?


「だが、まだ描きたいだろ?」


 だけど、九十九はそう確認してくる。


「分かる?」


 彼には嘘が吐けない。

 いや、この場合は本当のことを言うべきだ。


「まだ筆記具から手を離していないからな」


 そう言いながら、九十九は追加の紙を出してくれる。


「ありがとう」

「気にするな」


 そう言いながら、先ほど描き上げた絵をまた一枚手に取った。


 そこに描いているのは、あの映像の間、ずっとわたしの肩にもたれかかっていた女性。

 もしかしたら、あの体勢にも何か意味があったのかもしれない。


 わたしは最初の絵以外は、描いた人物の名前を紙の下部に書いていた。


 もしかしたら、いずれ、誰を描いたのかを忘れてしまうかもしれない。

 それは、嫌だったのだ。


 九十九はそれを収納した後、さらに、別の紙を手に取る。


 それはわたしによく似た黒髪の女性。

 だけど、彼が見ているのは下部。


 つまりは、絵に描かれた人物よりも、わたしが書いたその女性の名前の方が気にかかったらしい。


 九十九からすれば、当然の反応だろう。


「それは風の神子ラシアレスさま」


 彼はわたしの魔名を知っている。


 何故、ここにその名があるのか?

 そして、わたしに似た姿なのかが気になるのは自然だと思う。


「風の神子?」


 九十九が不思議そうな顔をする。


「救国の神子の一人だよ」

「あ~、昔、世界を滅びから救った神子の一人か」


 彼にもそれは知識としてある。

 だけど、その神子たちの名前までは把握していなかったらしい。


「絵でも見たのか?」


 そして、わたしが見たのは絵だと思ったのだろう。


 あれは、白黒の静止画を連続で見せられたものではあったけれど、あれは絵ではなく、写真に近かったと思う。


「絵とは違うかな?」


 コマ送りといっても、カクカクと動くように見えるパラパラ漫画のような細かいものではなかった。


 それでも、そこにいる人たちがどんな動きをしているのかが予想できるものではあった。


 そして、動く映像ではなかったために、わたしにとっては絵に起こしやすいとも思ったのだ。


「もう少しだけこのまま絵を描かせて。ある程度描いたら、ちゃんと話すから」


 今は、描きたかった。

 そして、描きながら、気持ちを整理したいとも思ったのだ。


 あの時の、あの出来事を、今のわたしは上手く、言葉にできる自信がない。


「分かった」


 だが、深く理由を聞かずに、九十九はそう言ってくれた。


「少しだけ、外すぞ」


 だけど、直後にそんなことを言われた。


「え……?」


 絵を集中して描けということだろうか?


 でも、今は、九十九が傍にいて欲しかった。

 なんというか、精神の安定のために?


 あの時の……、真っ暗な世界が何度も自分の頭にチラつく。


 今すぐ、あんな世界になるわけではない。

 それでも、不安がなくなるわけでもなかった。


「食事の準備をする。ずっと食ってねえだろ?」

「あ……、そう言えば……」


 それに気付いて、わたしは自分の腹に手を当てた。


 意識すると、急にお腹がすいてくる。

 今、お腹が鳴ったら、恥ずかしいかもしれない。


「描きながらでも食えるものに……」


 九十九がそんなことを言いかけるものだから……。


「いや、九十九が準備しやすいもので良いよ。描きながら食べることはしない」


 そんな行儀の悪いことをするつもりはない。


 何より……。


「紙を汚したくもないからね」


 自分が悪いことをした上、紙を汚して自分の作品を汚すとか阿呆すぎる。


「そこで、『行儀が悪いから』とか『消化に悪いから』とか言わないのが、お前だよな」


 九十九が苦笑する。


「それも理由にはあるけれど、やっぱり、紙を汚したくないというのが、一番の理由だからね」


 せっかく、九十九が出してくれたのだ。


 彼なら、いくらでも紙を出してくれるのだろうけど、だから汚しても良いという理由にはならない。


「そう思うなら、きりの良い所まで描いておけ」


 そう言って、九十九はその場から離れたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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