二人の間では通じ合う
「それより、高田!!」
「はい?」
ワカはまた叫んだ。
今日のワカはちょっと叫びたい気分らしい。
「さっきも聞いたけど、笹さんに会いたくてたまらなかったって、マジ?」
「え? ああ、うん」
えっと、何度も言わないで欲しい。
流石に、その言葉だけ聞くと、かなり恥ずかしいのだ。
思わず九十九を見るが、彼も困っていることが分かる。
そうだね。
これはわたしが作りだした状況なのだから、自分で何とかするべきだね。
でも、できれば今すぐ助けて欲しいと思ってしまうのは、甘えだろうか?
「か~っ!! まさか、いきなりの進展!! 好きなだけ愛を育むが良い!!」
「愛?」
この場合、どうやって育むべきだろうか?
多分、ワカは別の意味で言っていると思う。
でも、九十九の方にそんな気はないし、何より、わたしもそんなつもりで言ったわけでもない。
だが、そのことを口にすれば、ワカの好奇心を再び掘り起こすことになる。
そうなると、ますますここから離れられなくなりそうだ。
それは困る。
わたしは少しでも早く行動したいのに。
「いやいやいや、流石に人前で、それはできないよ」
だから、わたしは素直にそう言った。
余計なことは言わない。
単刀直入に、無駄な言葉を省く。
「はっ!?」
わたしの言葉に何故か、ワカが驚く。
この心の中に渦巻いている情熱を言葉にするのならば、確かに「愛」の一つではあるのだろう。
だが、それをワカの前でぶちまける気など全くなかった。
友人であっても、自分の全てを見せる必要はないと思う。
「そういうのは、九十九と二人きりじゃないとね」
だが、九十九は別だ。
それだけのことを彼はずっとしてくれている。
だから、もうその辺りは大丈夫だと思っている。
始めはかなり恥ずかしかったし、どんな羞恥プレイかと思っていたけれど、今では随分、慣れたものだ。
彼が、わたしの邪魔をしないからだろう。
寧ろ、応援してくれている。
その心強さが心地よい。
それでも、じっと見られると緊張はする。
だから、気合を入れて……、ああ、そう言うことか。
わたしは彼の前で手を抜けなかったから、あの「寵児の間」の状態に繋がるのかもしれない。
確かに、わたしの絵にはいつだって、気合が込められていたのだ。
「「はいっ!?」」
だけど、今度はワカだけでなく、オーディナーシャさまも一緒に驚かれた。
そして、何故かわたしではなく、二人とも九十九を見る。
「なんだよ?」
九十九の不機嫌さがさらに増した。
声が一段階低くなっている。
「なんで、笹さん。この状況で、全く、動揺してないの!?」
ワカはお構いなしに、そんな九十九に詰め寄っている。
「慣れ?」
少し考えて、九十九はワカの問いかけに答えた。
「い、いつの間にそこまで……」
ワカが明らかに動揺して、よろよろとしている。
「ぬ?」
そんなにショックなことを言ったかな?
わたしは思ったことしか言っていないのに。
そう首を傾げていると……。
「高田」
九十九からそう呼びかけられた。
「何?」
ここ最近、ずっと「栞」呼びだったから、彼から「高田」と呼ばれると、なんとなく反応が遅れてしまう。
ワカや水尾先輩、真央先輩からは今も「高田」と呼ばれているのに、不思議だね。
「お前は早くオレと二人だけになりたいか?」
そこにあるのは純粋な問いかけ。
だけど、彼は知っている。
わたしが、何を求めているかを。
それだけ、九十九はずっとわたしの傍にいてくれたのだ。
「それはもう!!」
それが嬉しくて、思わず両拳を握りしめ、力強く答えた。
九十九が目を閉じて、天井を仰ぐ。
あ、これは、切り替えるかな?
それに気付いて、わたしはそれに備えた。
「主人がこのように願うので、そろそろ、退室してもよろしいでしょうか? 王女殿下?」
やっぱり、護衛モードになった!!
いや、これは従者モードか!?
わたしを友人ではなく、ちゃんと主人として扱う時の九十九は、少しだけ心臓に悪い。
顔は変わらないのに、その雰囲気と口調がガラリと変わってしまうのだ。
この辺り、兄である雄也さんの教育の賜物だろう。
見事な仕事人である。
さらに、肩に手を置かれ、さり気なく、部屋の入口方向へと誘導されている。
彼が、少しでも早く退室させてくれようとしていることがよく分かった。
「笹さんが、かなり分かりやすく、煽ってくるようになった」
「成長だね」
ワカとオーディナーシャさまが何とも言えない顔をしながら、言葉を交わしている。
かなりいろいろなものを省略しているような会話だが、二人はわたし以上に付き合いが長い。
これだけでも十分すぎるほど理解できるのだろう。
「ベオグラは、もう、高田への用は済んだ?」
ワカは恭哉兄ちゃんに確認する。
「はい」
恭哉兄ちゃんは表情を崩さずに答える。
本当にワカの前ではあまり表情が変わらないな~。
わたしの前ではあれだけ黒い本性を……、失礼、様々な表情を見せてくれるようになったというのに。
「楽しかった?」
「はい。とても有意義な時間を過ごすことができました」
重ねての問いかけにも、恭哉兄ちゃんはやはり表情を変えない。
ワカの顔に明らかに不機嫌な色が混じるが、同時に、別の感情も見える気がする。
恐らくは、恭哉兄ちゃんは、わたし以上にもっと理解できているのだろう。
ワカの顔に、少しの喜びがあることを。
まあ、恭哉兄ちゃんのことが「最高」なのだから、真っすぐに見つめ合えれば嬉しいのは分かるけれど、それを周囲に誤魔化すのは大変そうだ。
「あ~、高田も楽しかったか?」
わたしの方も九十九から問いかけられて、少し考える。
あれを楽しかったとは言いたくない。
「楽しかったかどうかはともかく、身にはなった?」
確かに、大事な時間だった。
わたしがあの出来事を知る必要があったかは分からないけれど、それでも、この胸に熱風が巻き起こった。
自分を早く、早くと突き動かす衝動。
背中をぐいぐいと押す力強い空気の圧力。
「だから、九十九に早く会いたくなったんだよね」
一度、点いた火は簡単に消せない。
いや、このまま消えてしまう前になんとかしたかった。
「なるほど」
九十九は納得したように頷いた。
恐らく、彼はわたしの気持ちを理解してくれている。
「王女殿下、退室の許可はまだいただけないのでしょうか?」
だから、再度、ワカに確認してくれた。
だけど、ワカは悩んでいる。
何について考えているかは分からない。
「ワカ? どうしたの?」
「いや、このまま、素直に笹さんの思い通りになるのが、嫌なの」
九十九の思い通り?
「九十九の思い通りというか、これってわたしのお願いなんだけど?」
ただ彼はその願いを叶えてくれようとしてくれているだけだと思う。
「それでも、こう……、モヤっとするのよね」
ワカも具体的には分からないらしい。
漠然とした何かを感じているようだ。
「高田は一刻も早く、笹さんと二人きりになりたい?」
「うん。できるだけ早く」
ワカの問いかけにそう答えたが、これだけでは理由として不十分だろうか?
「この熱い想いが冷めてしまう前に」
だから、そう付け加えた。
熱は冷めるもの。
わたしはそれを知っている。
だから、冷める前に行動したいのだ。
この胸にある熱い気持ちを形に残したい。
そこにあるのは羨望に近い何か。
触れることも躊躇われるほどに崇高で近寄りがたい純粋な愛。
「笹さん、逝って良いわ」
ワカがそう言ったけれど、なんか、ニュアンスがちょっと違ったような?
「いや、ケーナ? なんか、今、不穏な響きがあったんだけど?」
オーディナーシャさまもわたしと同じようなものを感じたらしい。
「気分的にはそうなの」
「その気持ちは分かるけどね」
よく分からないけれど、またも二人の間で何かが成立したように見える。
こういった時の彼女たちは尋ねても、その答えをくれない。
曖昧に笑って、その場を誤魔化されていることは分かっても、わたしもそれ以上は踏み込まないようにしている。
だから、いつまで経っても、わたしには分からないままなのだろうね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




