凄く会いたくて
栞がオレに凄く会いたがっている。
王女殿下からそう聞いたが、そんな言葉で心を躍らせるような時期はもうとっくに過ぎていた。
どうせ、またオチがあるんだろう?
ここにあるのはそんな猜疑心だ。
そして、この勘は外れていないと思ってしまうから、妙に冷めた気分だった。
「笹さんの反応が、思ったより落ち着いていて怖いんだけど」
「そう? 私はツクモらしいと思うよ」
「私はもっとこう! 心、ここに在らずってほど、分かりやすくアワアワと動揺してくれる方向性を期待していたのに」
「ケーナの期待はいつだって破られるんだね」
そんな人の気も知らずに王女殿下と王子殿下の婚約者殿はのんびりとした会話を続けている。
ふと、栞の気配が強まった。
ずっと微かにしか感じ取れなかった気配が、分かりやすく変化したことが分かる。
どうやら、何らかの手段で移動したらしい。
同じように察したらしい王女殿下の顔が緊張で強張った。
オレは栞の気配で察したが、大神官も一緒なのだろう。
そして、いつものように扉が三度叩かれる。
「開いてるわ。入っても大丈夫よ」
その部屋の主が許可を出す。
その顔は澄ましているが、周囲に漂う緊張感が隠しきれていない。
だが、それは、大神官が来ているという状況よりも、その連れ……、栞の存在に対してなのだろう。
「失礼します」
低い声が耳に届く。
そして、白い祭服を来た大神官の姿と、その背後に、朝、会ったばかりの栞の姿があった。
その栞は、オレの顔を見るなり、笑顔がはじけ飛んだ。
そして、同時に、三方向から視線が突き刺さってきやがった。
なんだ? この圧力。
人は視線だけで死ぬことができるのか?
「我が敬愛する王女殿下におかれましては……」
そして、大神官が、王女殿下に跪き、珍しく目通りの挨拶を述べる。
「おいこら? なんで、この状況で長くなりそうな挨拶を始めようとするの?」
「何も御声がかからなかったからでしょうか? そのために、私は挨拶を求められていると判断しました」
王女殿下の問いかけに対して涼しい顔と声で答える大神官。
その背後にいる栞は明らかにそわそわしている。
オレの方を何度も見ては、頬を緩ませていた。
どうやら、オレに会いたかったというのは本当らしい。
「特等席、用意してもらえるかしら?」
「それについては、お答えしかねます」
大神官がちらりと背後にいる栞を見る。
栞は不思議そうな顔をした。
「ああ、もう!! まどろっこしいやり取りは止めよう!! 高田!」
「はい?」
王女殿下は痺れを切らして、栞を呼ぶ。
「高田は笹さんに会いたかったんだよね?」
「へ? あ、うん」
そう言うと、顔を真っ赤にして俯いた。
その様子を見て、何故か王女殿下はぎゅっと栞を抱き締める。
「ワカ?」
「ケーナ?」
「あ、つい……」
不思議そうな栞と、呆れたような王子殿下の婚約者殿から同時に呼びかけられて、王女殿下は栞から離れた。
だが、その気持ちはよく分かる。
先ほどの栞は可愛かった。
「笹さん!!」
「なんだよ?」
「お待ちかねの高田よ!!」
そう言って手を広げた。
確かに待ってたけど、王女殿下の望む方向性では待ってねえと言いたい。
「待ってたの?」
「お前は目を離すと何をしでかすか分からんからな」
「今回は、わたし、何もしてないんだけど」
そう言いながらも栞は困ったように笑っている。
どうやら、オレから離れていた後も、嫌な思いはしていなかったようだ。
甘い、過保護と言われようと、そこが気にかかってしまうのだから仕方ない。
「見てよ、奥さん。この二人の甘いこと、甘いこと」
王女殿下がどこからか、扇子を取り出して仰ぎ始めた。
「私にはいつもと大差がないように見えるけどね」
「甘いわ!! ナーシャ!! コンビニで売っているようなカロリーが馬鹿高い菓子パンよりもずっと甘い!!」
そう言いながら、王子殿下の婚約者殿にその扇子を突きつける。
確かにコンビニエンスストアに売っている菓子パンや調理パンは、カロリー表示の数値が高い物が多かった覚えがあるな。
食ったことがねえから、本当に甘いかは知らんが。
「私、家の方針で、コンビニの菓子パンを食べたことがなかったかな」
「このお嬢が!!」
「まさか、本物の王女に『お嬢』と呼ばれる日が来るとは……」
ああ、うん。
オレもそこに突っ込みたかった。
……というか、コンビニの菓子パン、食っていたんだな、王女殿下。
「寒い日の中華まん。暑い日のアイス。そんなコンビニの醍醐味を知らないなんて……」
「中華まんやアイスは母親が作ってくれたからな~」
「そして、コンビニの菓子パンはどこ行った?」
中華まんはともかく、アイスまで手作りする王子殿下の婚約者殿の母親は、結構、マメだと思う。
いや、アイスは物によっては結構、簡単に作れたりするけど、基本的には買った方が安いんだよな。
ああ、アイスクリームではなく、アイスキャンディーの方ならかなり安く作れるか。
「なんでわざわざクソ高いコンビニの菓子パン、買わなきゃいけないのよ? 買うなら、スーパー行くわ」
「いや、先に若宮が言ったんだよな? そして、口が悪い」
「コンビニでアイスは買うのに、菓子パンが高いとか。ケーナの感覚は本当に不思議だね。そして、口が悪い」
「酷い!! 二人して、私をいぢめるわ~」
そう言いながら、王女殿下は栞に泣き付く真似をするが……。
「でも、さっきのワカは口が悪すぎるよね?」
虫も殺さぬような可愛い顔して、栞は遠慮なく追撃を叩き込む。
流石、オレに向かって、大量の虫を攻撃手段として用いるだけのことはあるな。
いや、アレは、オレが先にやろうとしたのだけど。
「この部屋には味方がいない!!」
「姫の口が悪いことが敵を作った原因なので、仕方ありませんね」
「お前も敵か!?」
さらに大神官も追い打ちをかけた。
「まあ、いいわ。それより、高田!!」
「はい?」
「さっきも聞いたけど、笹さんに会いたくてたまらなかったって、マジ?」
いきなり仕切り直しやがった。
あまりにも強引すぎる。
「え? ああ、うん」
栞もいきなりの話題転換に眉を下げる。
そして、オレを見た。
助けを呼ばれている気がするが、どうしたものか?
「か~っ!! まさか、いきなりの進展!! 好きなだけ愛を育むが良い!!」
「愛?」
栞が首を傾げたこの時点で、それはないなとはっきり分かった。
大丈夫だ。
いつものことだ。
予想通りだ。
「いやいやいや、流石に人前で、それはできないよ」
「はっ!?」
だが、顔の前で否定するかのように手を振ってそう答えた栞の反応に、今度は王女殿下の方が驚いている。
「そういうのは、九十九と二人きりじゃないとね」
「「はいっ!?」」
王女殿下の驚きに、今度は王子殿下の婚約者殿の声も重なり、さらに二人してオレを見やがった。
「なんだよ?」
「なんで、笹さん。この状況で、全く、動揺してないの!?」
「……慣れ?」
問いかけられたので、深く考えずに答えた。
「い、いつの間にそこまで……」
王女殿下は茫然とした。
それだけショックが大きかったらしい。
だが、王女殿下たちの感覚と、栞の感覚が明らかにズレているのだと思う。
そして、オレはそれを知っているのだ。
どれだけ長い間、この主人の不可思議な感覚とその意味ありげな言動に振り回されてきたと思っているんだ?
一緒にいる時間の長さが違うんだよ。
「ぬ?」
そして、その不可思議な感覚の持ち主が首を傾げた。
何かが違うことは分かるのだが、何が違うのかが理解できないといった表情である。
そこで、王子殿下の婚約者殿が何かに気付いたようだが、少し考えて意味ありげに微笑んだ。
それも、オレに向かって。
オレは小さく息を吐いた。
「高田」
「何?」
ここにあるのはいろいろな思惑。
王女殿下も、王子殿下の婚約者殿も、大神官もそれぞれいろいろな考えを持っている。
そして、オレも栞も勿論、違う考えを持っている。
だが、この場で一番、栞の考えを理解できるのはオレだ。
それだけの自負はある。
「お前は早くオレと二人だけになりたいか?」
オレのそんな問いかけに対して……。
「それはもう!!」
かなり力強く頷かれたのだった。
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