もしも性別が違ったなら
「笹さんの判定では、ベオグラのさっきの言葉は浮気に入らないってことね?」
―――― 貴女がこの世界にいなければ、私は大神官である意味がない
普通に考えれば、その言葉を言った相手がいるから、今の地位に就いたと考えられる。
当然ながら、大神官というものは簡単になれるものではない。
もともとの才能があっても、それ以上の努力が必要となるだろう。
その努力を、自分以外の人間のためにやってきたと言われたら、嫉妬に狂いたくなる王女殿下の気持ちも分からなくはないが……。
「まず、単純に状況が分からん。それ以外の理由としては、大神官猊下の性格を鑑みれば、そんな浮ついた方だとも思わん」
その性格から想定すれば、そう結論付けられる。
「それは、浮気じゃなくて、本気ってことかしら?」
「違う。男女の話ではないってことだ」
その言葉を囁かれた相手が栞だと確定したわけではないが、王女殿下は間違いなく栞に向かって言ったと判断している。
オレもグラナディーン王子殿下やクレスノダール王子殿下の名を挙げはしたものの、やはりその言葉は、「聖女の卵」である栞に向かって口している可能性は高いと思っている。
「笹さんがどう言っても、ベオグラが男で、高田が女である以上、男女の話でしかないわ」
どうだろう?
仮に、栞が男だったとしても、あの大神官は同じことを口にしている気はした。
オレのように恋心や下心があるわけでないから。
オレはどうだろう?
栞がもし男だったなら、ここまで尽くしただろうか?
無理だな。
自覚した今だから、はっきりと言い切れる。
オレは、シオリに初めて会った時に心が揺らされたのだ。
大粒の涙を零していた彼女を綺麗だと思った。
だから、自分を救ってくれた綺麗な彼女を護るために生きようと願った。
その想いは、人間界で高田栞と再会した時に萎みかけたのだけど、彼女の新たな面を見せられるたびに、やはり、心が惹かれていった。
笑う彼女を可愛いと思った。
怒る彼女を可愛いと思った。
泣く彼女を可愛いと思った。
微笑む彼女を可愛いと思った。
驚く彼女を可愛いと思った。
オレに対して様々な感情を見せてくれる彼女が可愛くて、愛しくて、護りたいと強く思えた。
そんな感情を野郎に対して抱けるとはどうしても思えない。
「それで?」
「え?」
だから、オレの口から出た言葉は自分が思うよりもずっと低くなってしまったのだろう。
「仮に大神官猊下が『聖女の卵』に対して、想いを伝えようと、心身を捧げようと、オレには何の関係もねえわけだが?」
そもそもそれらは当人同士で解決するものである。
そこで、オレが巻き込まれる理由が分からない。
そして、この様子では、男側の意見を聞きたいわけでもないらしい。
既に、王女殿下の中ではある程度、結論が出ていることで、オレの言葉を聞き入れる余地はない気がしている。
そんな状況に付き合わされる理由が本気で理解不能だった。
「笹さんがしっかり高田を捕まえておけば問題ないのよ」
つまりはそれが言いたかっただけなのだろう。
大神官が入り込む隙間がないほど栞を管理しておけ、と。
「その前提が間違っている」
「え?」
「オレがどうこうしたって、大神官猊下が本気なら、どうしようもねえ」
人の想いがそんな単純ではないことを、オレはもう知っている。
近くに誰かがいても、横に誰かが立っていても、好きなもんは好きなのだ。
誰が邪魔しようが、誰が止めようが、関係ない。
相手に愛を告げると自死するような呪いを受けていても、オレの想いは誤魔化しきれなかったことがそれを証明している。
「こんな所で、ぐだぐだ言ってねえで、大神官猊下に言えば良いじゃねえか。『浮気すんな』、『自分だけを見ろ』って。それを言うことが許されているだけ、若宮は恵まれている」
普通の恋人なら、単に重いだけだろう。
それがきっかけで離れてしまうかもしれない。
だが、この王女殿下は大神官猊下の非公式ながらも婚約者という位置づけなのだ。
多少、甘えたことを言っても許されることになる。
「傍にいて、信頼されているだけ、笹さんの方が恵まれているわ」
その言葉にカチンときた。
「オレは仮に高田栞に惚れたとしても、それを当人に向かって口にできない。それでも、オレの方が恵まれている、と?」
「え?」
何でも、思っていることを口にできる立場にありながら、その幸運を自覚できていない人間の傲慢さは、本当に腹立たしい。
「何の縛りもなく、異性の護衛ができると思うか? 雇用主からしっかり首輪を締められているに決まっているだろ?」
「首輪って? まさか、高田に手を出したら、ちょん切られる?」
内臓がヒュンとなった気がした。
何をちょん切られるのかと聞くまでもない。
そうか。
そんな方向性の首輪が付けられていた可能性もあったのか。
それなら、「発情期」でやらかした時にアウトだったな。
「いや、単純に主人に愛を告げるだけで自死する呪いがかかっているだけだ」
「まさか、ちょん切られた方がマシだったとは」
いや、マシじゃない。
全然、マシじゃない。
マジで、マシじゃない。
だが、こればかりは女には絶対分からない話だろう。
健康的な思考と身体を持っている男が、そんな状態になるのは死ぬのと同義だとオレは思っている。
「何かで縛られている感じはしていたけど、自死とは穏やかじゃないね」
王子殿下の婚約者殿はまじまじとオレの胸元を見る。
その眼には何が視えているのだろうか?
「え? もしかしなくても、マジな話なの? え? いい加減、煩い私を黙らせようと冗談を言っているわけじゃなく?」
「煩いって自覚はあったのか」
黙らせようと思ったのは事実だ。
だが、かえって、煩くなった気がする。
「酷い!! ……って、どこまで本当の話なの!?」
「嘘は言ってねえ。主人たちに愛を告げれば、自死をするようになっている。ガキの頃からずっとだな」
「ちょっと待って? え? ガキの頃から?」
「幼い頃からってことは、人間界にいた時もそうだったってことだよね?」
「そうなるな」
混乱している王女殿下をよそに、王子殿下の婚約者殿は冷静に尋ねる。
「マジか~。それなら、笹さんが高田に対して何も行動しない理由も分かるわ~」
「いや、行動はしても良いんだと思うぞ。思うことも自由だ。単に口にしたら駄目だと言うだけの話らしい」
そうでなければ、「発情期」のオレの行為が許された理由には繋がらないだろう。
「なんだ。ただのヘタレだったか」
「おいこら」
事実だが、それを口にするな。
「シオリはそれを知っているの?」
「知らん。言ったこともねえ」
そして、言う気もない。
オレたち兄弟にそんな縛りがあることを知ったら、彼女は良い気はしないだろう。
「今後も高田に言う気はないの?」
「言ったところで何になる? あの女が気に病むだけだ。それに、オレが高田に惚れなければ済むだけの話だろ?」
本当にそれだけの話だったのだ。
自覚をしなければ良かった。
だが、今更、自覚しなかった頃に戻れるはずがない。
「その台詞。この期に及んで認める気はないってこと?」
「あ?」
「笹さんが高田のことをラブラブファイヤースペシャルハリケーン!! ……状態だってことを」
なんだ?
その頭が悪そうな状態は?
「そんな吹けば飛びそうな状態になった覚えはねえな」
「じゃあ、言葉を変えて、あれほど溺愛しているのに、それを認める気はないってこと?」
「溺愛している自覚はねえな」
栞のことは好きだという自覚はある。
だが、それは周りが見えなくなるほど盲目的な愛ではないと信じている。
いくら恋に狂うという言葉があっても、何も考えられずに彼女を求めたのは「発情期」になった時だけだ。
オレはそこまで浅慮ではない。
「問1.高田のためなら命を懸けられる?」
「護衛だからな。そこは当然じゃねえか?」
突然、王女殿下から真顔で問われた。
「問2.何をするにも高田を優先する?」
「それも護衛だからな。主人が最優先なのは当然だ」
それは惚れた腫れたに関係ないだろう。
私事よりも仕事を優先するのはおかしな話ではない。
「問3.誰よりも高田を愛している?」
「待て。その質問は明らかにおかしい」
なんとなく、そろそろそんな質問が来るような気がして警戒していたために、すぐに気付くことができた。
「そう? 系統としては同じだと思うのだけど……」
「今、舌打ちしただろ?」
「笹さんの気のせいじゃないかな?」
王女殿下はしれっとしているが、先ほどすっとぼける前に軽く舌打ちをしていることは間違いない。
「なんで、そんなにオレと高田をくっつけたがるんだよ?」
「娯楽」
なかなか酷い理由を即答された。
「ふざけるな?」
「そこで笑いながら返せる程度には大人になったのね」
王女殿下はふっと笑みを零す。
「まあ、こちらにもいろいろと事情があるってことで、許して? 笹さん?」
さらに先ほどまでの態度が嘘のように、両手を合わせて謝りながらも笑う。
これは情緒不安定というよりも……?
そう考えていた時。
聞き覚えがある独特な呼び出し音が鳴り響いたのだった。
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