天敵たちの襲来
「たのも~っ!!」
「あ?」
入室の合図も無く、いきなり、その女は現れた。
「帰れ」
「随分なお言葉ね、笹さん」
「オレも暇じゃねえんだよ」
オレが間借りしている部屋にやってきたのはこの国の王女殿下。
それと……。
「ケーナ。流石に、ノックもなしに無礼だよ。あと、『頼もう』は案内がいない時に使う言葉じゃないからね?」
その背後に付き添いっぽい女。
「ナーシャは細かい。まるで笹さんみたいだ」
待て、こら。
「ケーナが大雑把すぎるんだよ」
困ったように笑うこの国の王子殿下の婚約者殿。
なんで、栞がいない時に限ってオレの天敵が二匹……、いや、二人まとめて来るんだ?
「ご無沙汰しております、オーディナーシャ様」
だが、礼は礼だ。
どこぞの王女殿下と同レベルに成り下がってはいけない。
「確かに、ご無沙汰だね、笹さん。なかなか都合が合わないから仕方ないけど」
「ナーシャ、呼び名」
「おおっと。ケーナとツクモだけしかいないから、油断した」
オレたちは人間界で会っている。
だから、気を抜けば、昔の呼び名が出てしまうのは仕方ないだろう。
それだけ長く呼ばれていたのだ。
だが、この王子殿下の婚約者殿はこの世界で生きることを決めた。
その時に、栞のことは「シオリ」、オレのことは「ツクモ」と呼ぶようにしたらしい。
オレとしてはどちらでも構わないが、当人なりのケジメだと言われてしまえば、それを拒むことはできない。
「そして、ナチュラルに私を無視してない? 笹さん」
「事前の訪問予告もなく、入室の合図すらないものを客として認めない」
「ここは一応、私の城なんだけど?」
「自宅だからこそ、客に対して誠意を見せろ」
いくらなんでも、あの入室の仕方はない。
誰かがここに来ることは気配で分かっていたが、あれはない。
「ツクモに同意」
「この裏切り者~!!」
「ケーナのしていることこそ、国に対する裏切りでしょう? 王族の品格を自ら落とす行為を私が容認するとでも?」
そして、目の前で仲間割れを始めやがった。
「緊急事態だから、笹さんは大目に見てくれるはず!!」
「他国の人間に甘え過ぎ」
だが、聞き逃せない単語がある。
「緊急事態ってなんだ?」
「おっと、やっぱり、食いついたね、笹さん」
嬉しそうにこちらを向かれた。
それを見た王子殿下の婚約者殿は溜息を吐く。
どうやら、反応してはいけなかったらしい。
だが、聞き捨てならない言葉だったから仕方ねえ。
「ベオグラが大聖堂から消えたのよ」
「他を当たれ」
「いやいやいや! そんな冷たい!! いつもはそこまでクールキャラじゃないよね!?」
クールキャラかどうかは分からないが、オレはいつもと変わらないつもりだ。
「ツクモ。シオリは?」
「大神官猊下と出かけた」
王子殿下の婚約者殿から問われたなら、答えなければならないだろう。
「しかも、笹さんは知ってるし!?」
「あ~、神さま絡みか。それなら、グラナは知っているかもね」
「でも、兄様は知らないって」
「詳細を知らないだけで、ざっくりとは聞いているんじゃないの? あの大神官猊下がケーナはともかく、グラナにも何も言わずに出かけるとは思わないし」
どうやら、今回の話は王子殿下にしか伝わっていないようだ。
「オレも詳細は知らねえぞ。『高田を貸せ』って言われたから、『はい、どうぞ』と引き渡しただけだ」
「あっさり護衛が主人を売り渡すな!!」
「そう言われてもな~」
別にオレは栞を売ったつもりなどない。
それについては、彼女自身が納得していたし、その、妙に嬉しそうだったし。
「大神官猊下が『聖女の卵』を伴って出かけることに何の不都合がある?」
「ぐっ!!」
大神官は神官の最高位にある。
そして、「聖女の卵」は聖堂が庇護すべき「神子」の候補だ。
確かに未婚の異性ではあるが、あの方に限って間違いなどあるはずがないという絶対的な信頼もある。
何より、通説では神官が神子を害する意思を見せれば、「裁きの雷」が落ちるとも言われている。
実際はどうか知らんが。
だから、神が絡んでいるような複雑で内密な話と言われれば、誰も止めることはできないだろう。
「あ~、確かにツクモが手強くなってるね」
「それはどうも」
「しかも可愛くない反応」
王子殿下の婚約者殿が苦笑する。
「可愛さをお求めなら別の方を当たってください」
どうして、この女どもは男にまで可愛げを求めるのか?
可愛さだけなら栞一人で十分だろ?
「まあ、今回の私はケーナの付き添い役だから、大人しく壁の大輪にでもなっているよ」
壁の大輪……。
つまり、会話に参加するつもりはないらしいが……。
「輪から外れるってのに、大輪なんだな」
「おや、上手いことを言うね」
「ナーシャが外れるわけないじゃない。会話に参加する気満々でついて来たに決まっているわ」
若宮が肩を竦める。
どうやら、二人してガッツリ話したいらしい。
面倒だが、大神官にはいろいろ借りがある。
少しぐらい、この女の機嫌を取った方が良さそうだ。
「話すなら、場所を変えたい」
「え?」
「おや?」
「ここで三人は狭すぎる」
この部屋は宿泊することしか考えていないため、大変、狭く寝台しかない。
会話するだけならそれでも問題はないだろうが、寝台しかない部屋に未婚の女が二人もいれば、邪推する馬鹿がいないとも限らないのだ。
女の観点からすれば、二人もいるのだから何も問題ないと思うだろう。
だが、甘い。
男視点では、若い女が二人と男一人、狭い密室にいるという状況でも十分、邪な発想ができる。
男というのは、妄想逞しい生き物だからな。
「ほほう。つまり、我々美女二人と華やかなるお茶会を希望する、と?」
「自分で『美女』って言うなよ」
あまりにも面の皮が厚いその言葉に突っ込まざるをえない。
「あ~、ツクモのお菓子は魅力的だね」
「ちょっと待て? なんで、オレが持て成す側に待ってるんだ?」
王子殿下の婚約者殿の言葉にそう返すと……。
「笹さんだから?」
「ツクモだから?」
似たような顔をした二人が声を揃えて答える。
この二人に逆らえる気はしない。
「仕方ねえな。せめて、簡易厨房のある部屋にしてくれよ」
「まさか手作ってくれるの?」
「ケーナ、言葉がおかしい」
「笹さんは高田の珍妙な言葉で慣れているから大丈夫!!」
確かに慣れているけど、それはどうなのか?
だが、それを突っ込むのも話が変な方向に向かうだけだ。
「わざわざ一から作るかよ。せいぜい、温めたりするぐらいだ」
だから、オレは余計なことを言わずに簡易厨房が必要な理由だけを告げた。
尤も、野外でも料理ができるオレにとっては、簡易厨房がなくてもなんとかすることはできる。
だが、気分的に屋内で菓子や料理の準備をする時は、厨房を使いたい。
「この世界で菓子にそんなことができる人間がどれだけいると思っているの?」
だが、そんなオレの言葉に対して、呆れたような王女殿下。
「ツクモなら、自然にできても不思議ではないけどね」
そして、王子殿下の婚約者殿はオレに意味深な笑みを向けながらそう言った。
情報国家の国王陛下の話では、この世界の料理には精霊が関係するとか言っていた覚えがある。
それなら、「神に愛されし聖女」と呼ばれ、精霊召喚ができる聖女の卵にしか分からない何かがあるかもしれない。
例えば、神力を視ることができるという「神眼」持ちとかな。
本人にそれを確認したことはねえ。
変に知ってしまって、また妙なことに巻き込まれるのは勘弁してほしい。
「それなら、善は急げ! ってことでオッケー?」
「どの辺が善か分からんが、承知しました、王女殿下」
「急いては事を仕損ずるって言葉もあるよね」
「ああ、もう!! こいつら、本当に細かい!!」
オレと王子殿下の婚約者殿のそれぞれの反応を聞いて、叫ぶ王女殿下。
「そんなことを言われても、なあ?」
「ケーナの言葉が、ねえ?」
突っ込みどころが多いから仕方ねえよな?
「仲良しさんか!! その仲良しっぷりを高田と兄様に告げ口しても良いの!?」
「「別に」」
栞が知った所で、「仲良しなのは良いことだね」と言うだけの話だ。
うん、それ以外の言葉はない。
「グラナに密告されても、困るのはツクモであって、私ではないかな」
「ちょっと待て?」
妹を溺愛するこの国の王子殿下は、同じように婚約者殿を大事にしていることは知っている。
そして、今の言葉だけを聞くと、嫉妬の矛先はオレに向かう可能性を示唆していた。
それは勘弁願いたい。
「まあ、兄様だからね。笹さんに向かうよね」
「だよね~」
そして、再び徒党を組む女ども。
「オレを揶揄いたいだけなら、付き合わんぞ」
「それは困る!! まだ見ぬ焼き菓子に私は会いたい!!」
「ああ、私も会いたいかな」
オレよりも菓子らしい。
まあ、良いけど。
どうせ、栞が戻るまでは報告書の作成ぐらいしか予定はなかったのだ。
暇つぶしに付き合ってやるのも悪くはないだろう。
迂闊にもそう思ってしまった。
相手が、自分の天敵たちであることも忘れて……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




