恋の駆け引き
パジャマパーティーの時に、ワカは言っていた。
手元に残る物や愛の言葉、行動とかがなければ、どんなに熱烈な言葉を受けても、自信はなくなる、と。
「ワカに、手元に残る物を渡したことはある?」
だから、恭哉兄ちゃんにそう尋ねてみた。
「手元に残る物……、とは?」
恭哉兄ちゃんは不思議そうにわたしを見る。
「こんなの」
わたしは左肘を曲げて、ガッツポーズに似た姿勢を取る。
左手首にある御守りがシャラリと揺れた。
「わたしは恭哉兄ちゃんから御守りを貰ったようなものだけど、ワカにも何かプレゼントを贈ったことはある?」
正しくは九十九から貰ったものだけど、コレを強化してくれているのは恭哉兄ちゃんだから間違ってもいない。
「相手は王女殿下です。私などが改めて何か贈らずとも物には不自由していないでしょう?」
「そう? 物に満たされていても、好きな人から貰った物は別だと思うよ」
わたしは王女ではないが、割と物に不自由はしていないと思う。
頼りになる護衛たちが、わたしが欲しい物を先回りして贈ってくれることが原因だろう。
でも、毎年、貰う誕生日プレゼントとかはまた嬉しさが別なのだ。
「わたしだったら、他の女に好きな人の気配がする物を贈っているのに、自分が何も貰えないのは嫌かな」
この御守りはわたしの身を護るためのもので、その元は、九十九から贈られた物だ。
ワカと再会する前から身に着けているものだし、九十九がくれたってことも彼女は知っている。
だけど、それをさらに恭哉兄ちゃんが強化してくれているのだ。
つまり、恭哉兄ちゃんの気配がかなり強い。
普段はその気配を隠しているけど、そこにそんな物を身に着けていると意識すれば、視えなくものないものである。
「ワカのことだから、その辺りは押し込めるだろうけどね」
普段、言いたい放題に見える彼女は、意外と気遣いさんだ。
そして、自分が本当に欲しいモノに対しては、言葉を呑み込んでしまうところがある。
「しかし、姫には、神具をいくつもお渡ししていますよ?」
「あれ? そうなの?」
それも、法具ではなく、神具を贈っているのか。
でも、ワカの口ぶりでは何も貰っていないような感じだったのだけど……って……。
「どんな神具か聞いても良い?」
気のせいかもしれない。
でも、今、何かが引っかかったのだ。
この方は、感情よりも合理的なものを優先することが多い。
「部屋に結界を構築する神具ですね。姫が使用する部屋には全て備えてあります」
「それは凄い」
神具は効果も凄いけど、お高いのです。
そして、ワカはこの国の王女殿下。
この城内で使用できる部屋数も一つや二つではありません。
その全てに備えているのは素直に凄いと思うのだけど……。
「護りは万全だと思うけど、それではワカの不満は溜まると思うよ」
勿論、ワカの身の護りを強化することはかなり大事だと思う。
だけど、そこじゃないんだ。
そこじゃないんだよ。
「せめて、身に着ける物を贈ってあげて」
こんなことをわたしが言うのはどうかと思うけれど、それでも言わずにはいられない。
―――― ずっと残る証が欲しいと思うのは、おかしなことかしら?
そう言ったワカの言葉と表情をわたしは知っているから。
「貴重な栞さんからのお願いではありますが、お断りさせてください」
「恭哉兄ちゃん?」
だが、その相手は、あっさりとそれを拒絶する。
「私はそのお願いを、姫の口から頂きたいのです」
「無理だと思うよ」
そうだね。
心の声を聞くことが可能なのだから、ワカのそんな気持ちなんか、とっくに知っているのだろう。
そして、ワカも自分からは絶対に言わない。
それを、自発的にして欲しいのだから。
ワカの方から願えば、上位者からの命令に等しい。
恭哉兄ちゃんは素直に従ってしまうだろう。
そんな形になってしまうのが嫌なのは、わたしもよく分かる。
でもこれだけは言っておきたい。
「恭哉兄ちゃんの意地っ張り」
「それは是非、姫の方にこそお伝えください」
「わたしは割と、ワカには言っているよ」
確かに相手は王女殿下で、そんな言葉をわたしが言うのは不敬ってやつになるだろうけど、ワカは許してくれる。
寧ろ、自分に遠慮せず、ちゃんと口にしろとまで言ってくれている。
それぐらいの仲ではあるのだ。
「でも、恭哉兄ちゃんは言ってくれる人もいないんじゃないの?」
「楓夜と、ディーン様ぐらいですね」
ああ、クレスノダール王子殿下とグラナディーン王子殿下がいたか。
まあ、身分と性格的に、大神官さまに物怖じせず、身近にいるのはその二人かもしれない。
ワカの方は、わたし以外ならオーディナーシャさまと九十九ぐらいかな?
それにしても、形に残る何かを贈って欲しいワカと、それを口にしてお願いして欲しい恭哉兄ちゃん。
そして、互いにそれを理解しあっているのに行動しないってことは、やっぱり意地の張り合いでしかない気がする。
そこが不思議。
贈って欲しい、言って欲しいなら、ちゃんとそれを言えば良いのに。
いつものワカなら、わたしや九十九に対して、微妙に素直じゃない言葉で「貢げ」とか、「献上せよ」と言うことができるだろう。
恭哉兄ちゃんの方も、わたしに言うみたいに「言ってくださいますか?」と願う気がする。
それを素直に言えないのは、やはり、お互いが特別だから?
でも、その意地の張り合いで溝ができたり、拗れたりするのは本末が勢いよく転倒しまくってないかな?
「栞さんの御心を煩わせて申し訳ありませんが、私は現状も楽しんでいるので、お気になさらないでください」
「ぬ?」
「そのことで悩んでいる間は、姫は私のことしか考えられないでしょう?」
「ふわっ!?」
妖艶な笑みを浮かべてそうおっしゃるのは、美貌の御仁。
だが、その表情に反して、言っていることはちょっとよろしくない。
具体的には、ワカに逃げて欲しいと願ってしまうぐらいに。
「まあ、栞さんのことですから、余計なことは口にされないと、信じておりますが」
それは、脅しが入っていませんか?
遠回しに「余計なことを言うなよ?」という重圧を感じます。
「言う気はないよ」
もともと、ちょっと踏み込み過ぎた感はある。
男女間のアレやコレに第三者が割り込んでいろいろ言うのは違うと思うし。
「でも、好きな人相手に、弱い自分を見せられないってワカの気持ちは凄くよく分かるから」
「それを見せていただきたいのですけど、私はそんなに頼りなく見えるのでしょうか?」
そうじゃない!!
叫びたかった。
いや、多分伝わっているとは思うけど。
「頼り甲斐はあるよ。隙もない。でも、だから、恭哉兄ちゃんもワカに本心を見せないでしょう?」
まあ、この方に弱い部分があるとも思えない。
それでも、本心を見せてくれないのは、普通に悔しいことだろう。
「その辺はお互いの恋の駆け引きってやつなんだろうけど、あまり、ワカの反応を楽しんでいて、また『鳶に油揚げをさらわれる』ってことにならないように祈るよ」
わたしはそう言って笑う。
「栞さんもなかなか意地悪なことをおっしゃる」
わたしの言葉に心当たりがある恭哉兄ちゃんは苦笑した。
「あのゴタゴタに巻き込まれた側としては当然の言い分じゃないかな」
「あの件に関しては、私は栞さんたちまで巻き込むつもりもなかったですよ?」
確かに。
恭哉兄ちゃんからすれば、何故、あの場に無関係なはずのわたしたちがいたのか? と、言いたいだろう。
楓夜兄ちゃんとワカと自分の中で解決したかった問題であるはずだ。
だが、その辺りは、あの現場にわたしと九十九を同伴させたワカに言って欲しい。
わたしは悪くない!!
「まあ、個人的にはあそこまでされても、揺らいでしまうワカの心情も不思議なのだけどね」
この上ない証を立ててもらった。
神官が髪を切る。
その意味は、この国の人間なら分かるだろう。
「仕事と私のどっちを選ぶの? って聞いて、はっきりと自分を選んでもらったのに何が不満なんだろうって思っちゃうんだよ」
「不満ではなく、不安なのでしょう。人の心は移ろうものですから」
その不安にさせている当事者は、涼しい顔のまま、いけしゃあしゃあと答える。
「恭哉兄ちゃんも不安なの?」
「はい。こうして栞さんと話している間も、気にかかって仕方ありません」
それをワカに対して言って欲しい。
でも、言わないんだろうな~。
「姫は、九十九さんと仲が良いので」
「……おおう」
ここで、わたしの護衛の名前が出てきちゃいました。
「あれ? 九十九、ワカと一緒にいるの?」
「そのようですね」
わたしは九十九の気配は感じられるけれど、一緒にいる人の気配までは分からない。
「そっか~。ここでの話が終わったら、すぐに九十九に会いたかったんだけど、先客がいるなら仕方ないか」
「九十九さんなら、栞さんを最優先されるのではないでしょうか?」
「九十九の交友関係にまで口を出したくはないんだよ」
ワカと九十九が会っているなら、その必要性があるってことだろう。
どちらが望んでの面会かは分からないけれどね。
「ですが、九十九さんにすぐお会いしたかったのではないですか?」
「ああ、うん」
確かに、今、無茶苦茶、九十九に会いたかった。
あの救いの神子たち、特にラシアレスさまとアルズヴェールさまの二人を見たせいだろう。
九十九に会いたくてたまらないのだ。
この感情をどう言い表せば良いのか分からないほどに!!
「恭哉兄ちゃんなら、その理由も分かるでしょう?」
「分かりますけど……」
何故か、目を逸らされた。
「九十九さんに、少しばかり同情したくなりますね」
さらに、そう言われてしまったのだった。
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