うっかりは誰にでもある
「あの人に関しては、『事実は小説よりも奇なり』を地で行く人だから、ある程度は仕方ないと思っているけどね」
聖女伝説では、よくあるお綺麗な聖女さまの話。
苦しめられている民を王族として放っておけなくて、友人たちの手を借りて、「大いなる災い」を封印した慈愛と正義感が溢れる聖女さま。
そんな愛と友情、勇気と希望と救済の物語。
実際のあの人は、恋人が自分を置いて、「大いなる災い」討伐に向かおうとするから、友人を巻き込んで、先回りして封印に成功しちゃった聖女さま。
さらにその封印を他国に任せて、自分は国に還って恋人と幸せになろうとしたら、国がそれを許さずに、恋人を謀殺してしまったのだ。
そこで当然ながら、聖女さまは大激怒。
生まれ育った国を捨てて、恋人の国へと向かい、そこで一人の女児を出産することとなる。
お綺麗な物語要素が欠片もない話であった。
寧ろ、喜劇と悲劇が混在して、突っ込みが追い付かない話だ。
「掲げた看板と内情が違うことはよくありますからね」
恭哉兄ちゃんも賛同してくれる。
「絵本や物語だけなら受け入れられたかもしれないけど、歴史書までそんな内容だったから嫌だったんだと思う。猫も杓子も『聖女さまは常に清く正しく美しい!!』というのは洗脳みたいで怖いんだよね」
「事実、大聖堂による宣伝戦略ですからね」
「おおう」
それを大聖堂の頂点が言って良いものでしょうか?
宣伝戦略って、確か権力による思想誘導とかそんな意味だったんじゃないっけ?
イメージ戦略よりももっと黒い印象がある。
いや、その「聖女さまは常に清く正しく美しい!!」って言い出したのはかなり昔の大聖堂だと分かっているのだけど、それでも現在の大聖堂の頂点にはっきりと言われてしまうと複雑な気持ちになってしまう。
わたしって勝手な人間なのかもしれない。
「同じように『救国の神子』たちの事実も歪められているのではないかと私は考えていました。ですので、今回、その事実を知ることができて良かったと思います」
「あれはあれで『事実は小説よりも奇なり』だった気がするけど、それでも良かった?」
「ええ、十分ですよ」
恭哉兄ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
その言葉に嘘はないだろう。
だが、美形の笑顔の眩しいこと!!
そして、その笑顔はワカに是非、見せてあげて下さい!!
美形好きなワカが大喜びすること間違いなし!!
「姫は、私の顔はあまり見ることはありませんよ」
「ほえ? そうなの?」
あれ?
なんか、意外。
恭哉兄ちゃんは、ワカ好みだと思うし、人間界にいた時に「観賞用」と称してじっくり見そうだと思うのに。
「まともに見ると、目が潰れるそうです」
「……ああ」
理解した。
納得した。
美形も度を越えると確かに正視できなくなる。
そして、そこでふと気付いた。
あれ?
今の発言って……?
わたしが恐る恐る恭哉兄ちゃんを見る。
美貌の御仁はまた微笑んだ。
「姫はストレリチアの王族であると同時に、ジギタリス所縁として、精霊族の血が入っております」
そ、そう言えば、ワカの母親は、楓夜兄ちゃんやあのリュレイアさまと親戚に当たる人だって聞いたことがある。
だから、リュレイアさまと初めて会った時、なんとなく、ワカに似ていると思ったんだった。
つまり、ワカは王族、精霊族で恭哉兄ちゃんにとっては、心の声が聞こえやすい人ってことになるわけで、あれ? それって、ワカは……?
「さらに姫は、私の乳兄妹でもあります」
「ほげっ!?」
あれ?
そうなの?
でも、年齢が……って……、恭哉兄ちゃんの乳兄弟は、この国のグラナディーン王子殿下だと聞いている。
そして、ワカはその妹君であるわけで……。
「乳兄弟の間柄は、時として、血が繋がっているだけの兄妹よりも、強い結びつきを得ることがあるのは、栞さんもよくよくご存じのことだと思いますが……」
「ふわっ!?」
それは存じております!!
「そのためか、姫の心の声は、栞さん以上にはっきりと私の頭に声が流れ込んでくるようです」
恭哉兄ちゃんは誤魔化すこともなく、言葉を続ける。
「勿論、流石にいつも聞こえているわけではありません。普段は自衛していると先ほどお伝えしたはずです」
「そ、そうだよね?」
でも、ワカの心の声がわたし以上に大きいことを知っているわけだから、わたしと会って以後に、ワカの心の声を聞いたことはあると思う。
「勿論、私も人間なので、たまに自衛を忘れてしまうこともありますが」
「……嫌な予感しかしないけど、いつ、忘れたことがあるか伺ってもよろしいですか?」
この人を普通の人間の括りに入れて良いかはかなり謎だけど、一応、確認しておく。
うっかりは誰でもあるという主張は分からなくもないし。
「そうですね。栞さんが知る主な時では、大聖堂で髪を切った日と、ストレリチア城下に『裁きの雷』が落ちた日が分かりやすいでしょうか?」
「まさかの故意犯!?」
それって絶対にうっかりじゃないやつだよね?
「故意ではないですよ。本当に偶々なのです。どうやら、私の装飾品をどこかの神が隠してしまったようで」
「いや、どこかの神さまが私物を隠すというのもある意味、信憑性はあるのだけど、恭哉兄ちゃんなら、そんな時のために予備を何種類か常備していると思う」
悪戯をするなら妖精のイメージがあるけれど、この世界で、大神官のような相手に対して悪戯ができるのは、神さまぐらいだ。
精霊族だってそんな恐ろしいことはしないだろう。
この美貌の大神官さまは、上位精霊すら相手にできるような方だから。
「それよりも、ワカの方には恭哉兄ちゃんのその能力について、伝えているの?」
そこが大事だと思う。
好きな人相手でも、勝手に心を読まれるのは何かが違うだろう。
「はい。心の声が聞こえてしまうことがあることは、姫もご存じです」
「ちゃんと伝えていたのか」
「伝えなければ、公正ではないでしょう? 栞さんが思うように、自分の本意ではないとは言っても、相手にとっては自分の内側に土足で入り込むようなものです」
それは確かに。
その辺りは、公明正大な大神官さまらしい。
しかし……、「土足」。
自動翻訳機のせいだとは思うけれど、日本で生活した人の発想だよね。
この世界は基本的に土足だし。
「尤も、数回ほど自衛手段を忘れていたことは伝えていませんが」
……なんですと?
「それって、公正ではなくない?」
「伝え忘れていただけです」
しれっとした顔で言われたが、それをわたしに伝えるのはどういうことか?
言わなければ分からないことなのに、わざわざ言う必要はないこと思う。
「黙っているのは公正ではないでしょう?」
「恭哉兄ちゃんの『公正』の範囲が分からないよ」
言っていることは間違っていないのだけど、何かがちょっとズレている気がする。
「『好きな方の飾らない言葉を耳にしたい』と、思うことはいけませんか?」
「いけないと思います」
微笑みながら、とんでもない台詞を言われた気がするが、それは双方の同意があって成り立つことだ。
一方的に心を覗き込む行為は、絶対に違うだろう。
確かに心の声が勝手に流れ込んでくるのだから、ある程度は仕方がないと思うけれど、それを防げる手段を持っているにも関わらず、故意に、相手の心を読もうとするのはやっぱり駄目だと思う。
「私ばかりが愛を囁くのも違うとは思いませんか?」
「ふ?」
「まあ、逃げられるわけですが……」
これだけお美しいお顔の方から愛を囁かれたら、腰を砕かれてその場に崩れ落ちるか、逃げるかの二択になると思う。
しかも、ワカ好みの低音男声。
聞きたいのに聞くと確実に負ける予感がする以上、ワカは素直に聞けない気がする。
ああ、それで……。
「恭哉兄ちゃんは、ワカに、手元に残る物を渡したことはある?」
あの言葉に繋がることにわたしは気付いたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




