物語の終幕
長い長い物語はようやく、終幕を迎えた。
その映像から察するに、神子たちはこれが最後だと覚悟を決めて、その日を過ごしたのだと思う。
再び、別々の行動になった際に、映像は分かれてくれたが、神子たちの行動を見ていた時と同じように七つではなく、今度は六つになっていた。
闇の神子リアンズさまの分がなくなったのだ。
その最後の日と思われる時を、ラシアレスさまとアルズヴェールさまは、共に同じ部屋で過ごすことを選んだらしい。
いつもは書物庫に行った後は、二人はそれぞれの部屋で過ごしていた。
だけど、この時は書物庫には行かず、アルズヴェールさまがラシアレスさまの部屋を訪ねてきたのだ。
そして、書物庫で会っていた時のように、ラシアレスさまの部屋で、お喋りをして過ごし、共に食事をし、そして、当然のように一緒の寝台で並んで横になっていた。
でも、なんだろう?
この本当のパジャマパーティーとやらを見せつけられたような気がするほど、二人は寝台の上でも楽しそうに語り合っていたのだ。
話しながら、時々、顔をくっつけたり、それ以外の部分をくっつけたりしているのに、そこに甘さはあっても不思議といやらしさがない。
白黒映像だから?
いや、本当に、二人がその時間を楽しんでいることが伝わってくるからだろう。
やがて、二人は話しながら、不意に、糸が切れたかのように同時に眠りに落ちた。
そして、いつの間にか光が落とされた部屋の中で、二人の身体から、それぞれ赤と橙の光る珠が飛び出したのだ。
「あれは……」
それを見た時、最初に思ったのは魔力珠。
いや、これまれに見たことがあるどの魔力珠よりもずっと大きく、ソフトボールの三号球ぐらいはありそうなのだけど、よく似ていると思ったのだ。
もしかしなくても……。
『あれは、二人の魂』
半信半疑だったわたしに「神の影」さまは答えをくれる。
「やはり……」
なんとなく、そんな気はしていた。
よく見ると、ラシアレスさまとアルズヴェールさま以外の神子たちの部屋の映像からも似たような珠が浮かんでいる。
黄、緑、青、藍の光る珠が、真っ暗になった神子たちの部屋を仄かに照らしていた。
『神子たちの魂は、その役目を終えて、あるべき所へと還る』
その言葉に合わせたかのように、それぞれの珠が部屋を飛び回り始めた。
赤と橙の二つの珠も、揃って、二人が寝ている上で、八の字を描くような動きを始める。
それは全く乱れることなく、二つの珠はずっと並んでいた。
「綺麗……」
まるで、夜空を流れ星が翔けるようなその光景にそんな陳腐な感想しか呟けない。
溢れる想いはこんなにもあるのに。
言いたいことも山ほどあるのに。
だけど、どんな言葉を尽くしても、この想いは形にならないだろう。
神子たちの部屋を飛び回りながら、黄、緑、青、藍の珠は、近くに置かれていた手鏡に吸い込まれていく。
あれは、神子たちが時々覗き込んでいたものだった。
いつも寝台の所に置かれていたから、そんな指示があったのだろう。
時々、覗き込んでは何かを呟いていた姿も見られた。
そして、赤と橙の二つの光の珠もずっと離れまいと寄り添って一緒に飛び回っていたが、やがて、弾かれたように別方向へ飛び、橙の珠はその部屋の手鏡に、赤い珠は壁を突き抜けて、本来のアルズヴェールさまの部屋に置かれていた手鏡に吸い込まれ、それまでこの場にあった6つの映像が全て消えてしまった。
「ああっ!?」
それを見て、わたしは思わず叫ぶことしかできない。
何故なら、今の瞬間に……。
『別の場所にいる二人を同じ場所には還せない』
横からそんな声が聞こえたが、それは分かっているし、当然のことだ。
他の珠は静かに消えた。
だけど……、あの二つの珠は弾け飛ぶ瞬間。
――――っ!!
――――っ!!
互いに何かの音を発した。
それは、低い音と高い音。
さらに、ある映像がわたしの頭の中に流れ込んでくる。
「これ、は……?」
それは、これまでの白黒の映像ではなく、鮮やかな色合いで見るその映像は、わたしの瞼に焼き付くようにくっきりと思い浮かんだ。
それは、知るはずのない光景。
これまでに一度も見たことはないもの。
だけど、何故か、それが何であるかを理解する。
『視えた?』
「い、今のは……?」
『ソレを絶対に忘れないで』
答えになっていない答え。
「わ、分かりました」
だけど、わたしはそれを了承することしかできない。
恐らくは、このためだけに、先ほどの一瞬のためだけに、わたしはこの場所に呼ばれたことを理解する。
過去の神子たちの姿をそのまま見せるという大盤振る舞いは、その対価だったのだろう。
それほどのことを、この方はわたしに押し付けようとしている。
その目的は分からない。
分からないけれど、縁が結ばれたことだけは理解する。
本来、繋がるはずのない過去、現在、未来。
『導きのラシアレス。貴女は自分が思っている以上の影響力を持つ』
それはこれから起こる予言のようであり。
『だから、境界に繋がりやすい』
既に起こってしまった歴史でもあり。
『悪いけど、それを利用した』
今、この現在の話でもある。
「わたしは、何を任されたのでしょうか?」
頭を手で押さえながら、真横にいる方に問いかける。
確かな答えが欲しくて。
『何も』
「え……?」
だけど、答えはもらえない。
『任せたわけでも、押し付けたわけでもない。貴女はこれまで通り、突き進むだけ』
なんだろう?
その猪突猛進感。
客観的に見たわたしは、そんな感じなのだろうか?
『でも、その道の途中でふと思い出してくれるだけで良い』
「思い、出す?」
『「救いの神子」のことを』
それは途方もない願い。
既に、歴史からも神話とされ、記録もほとんど残っていないほど古い時代のことを、時々、思い出せとこの方は言う。
「わたしは、歴史家ではありませんよ?」
『知ってる』
「神子の才能はあるらしいですけど、神子として生きる予定もないですよ?」
『それも知ってる』
「王族の血が入っているらしいですが、王位を継ぐ予定もないですよ?」
『人類視点の地位など無意味』
無意味なのか。
『違った。人類の価値観と神の価値観は異なる』
わたしが首を傾げた後、「神の影」さまは言い直した。
どうやら、人類の地位を否定したかったわけではないらしい。
尤も、わたしにとって「王位」という地位に全く、魅力を感じないのは事実ではある。
『ただ私は「救いの神子」という存在を、導きのラシアレスに覚えていて欲しいだけ』
ぬう。
なんだろう?
このRPGでたまにある選択肢が出ているのに、相手が望んでいる答えを選ぶまで延々と同じことを繰り返しそうな状態は。
この時点で断れる気はしない。
「わたし自身は忘れたくないのですが、この『境界』のことを忘れやすい体質なので、思い出せる確約はないですよ」
『大丈夫。忘れても、魂が覚えいる』
それは強制的にこれらの記憶を刻み込んでいるということですね?
確かにわたしは「夢の世界」の出来事を、現実世界ではほとんど覚えていられない。
そのために、わたしに伝えたいことがある方々は、何度もご訪問願うしかないようで、何日も続けて、お出でになるのだ。
そうすると、現実世界でも断片的に思い出しやすくなる。
もともと、数パーセントを細切れにしか思い出せないのに、何日も続けることで、その数パーセントが加算され、十数パーセントぐらいにはなる感じなのだろう。
その辺のことはよく分からない。
自分の体質……、いや、性質なのだろうけど、現実世界の自分と、境界にまで来る自分は本当に同じモノなのかが疑わしいのだ。
『魂は同じ。でも、異質』
それでも、「神の影」さまにまで「異質」と言われてしまうとは思わなかった。
いや、自分が普通だとは思っていなかったけれど、「神の影」さまの眼から見ても、異質らしい
いろいろ自分で普通ではないと思うことに抵抗はなくても、自分以外の方から「異質」と言われるのは結構ショックなんだな~と思うのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




