この時代における悲劇
長い長い時間をかけた物語。
これが、始まりだというのなら、確かにこの世界の始まりだろう。
―――― わたしは、神と人間の罪を見せられる
一つは、今も尚、この世界の人間たちの身体に残る「発情期」。
これらは、神の意思のもとに、人類がより繁栄するためと、「神子」たちのあずかり知らぬ場所で、神言として、神官たちを通し、各大陸の代表者たちに提示されたらしい。
―――― 繁殖期間に入った人間が強制的に発情するという契約を神と結ぶ
割ととんでもない話であるが、人類は、それを神からの最後通牒と、とらえた。
救いの神子たちの尽力によって、各大陸の人口は上向いてきたが、それでも神たちは納得しなかったと判断したのだ。
この提案は、「神子」の知識にあったものを、神が具体的な形にしたものでもあった。
勿論、「神子」たちは誰一人として、一切、口にしていないらしい。
神が勝手に「神子」の心を読み、こんな方法があると、人類の力を持つ者たちに提案しただけのこと。
そして、これなら、確実に人類は増えるだろう、と。
人類の代表者はそれを享受しただけの話。
そこには統治者としての判断はあっても、人としての情などあるはずがない。
何より、神からの言葉を無視できるほど、人類は傲慢になれなかった。
そして、神々は、年頃の人間たちが強制的に発情するような手法を人類の力を持つ者たちに伝えたのだ。
様々な問題があったが、中でも最も大きな問題は、神の意思のもとに行われたその契約が、今以上に救いようがない呪いだったということだろう。
現在は、年頃の異性経験がない男性が経験するまで、何度も繰り返される強制的な発情期間のことを「発情期」と呼ぶようになっているが、当初はもっと酷かったようだ。
繁殖期間、つまりは年頃になれば、妊娠可能な状態の女性に対して、男性が妊娠させる行為を行うように、代表者は住民たちが知らぬ間に神を介して「隷従」契約を行ったらしい。
生まれて間もない乳児に名前を付ける「命名の儀」と呼ばれる儀式を利用して。
乳児期は真っ新だ。
だから、契約のほとんどは魂に刻み込むような強いものであっても、抵抗することなく無条件に受け入れてしまう。
そして、「成人の儀」と呼ばれる十五歳を境に発動するように。
十五歳になれば、第二次性徴が始まっており、生殖能力もほとんど有する人間が多いからだろう。
勿論、当初、女性代表者からは強い反発があったようだ。
だが、男性代表者たちは、納得して、受け入れられたように見えた。
それは、男性にリスクはほとんどないからだろうか?
それとも、「神からのお言葉」の名のもとに、自身が持つ暗い欲望を満たせるからだろうか?
その違いは女であるわたしには想像しかできない。
そして、その「神言」があった時、各大陸の人類の代表者は風の大陸を除いて、男性ばかりだったことも、これらの事態に拍車をかけることになったのかもしれない。
そのために、風の大陸と闇の大陸以外で数多くの悲劇が発生した。
その「神言」に賛同しなかった風の大陸はともかく、闇の大陸で悲劇が起こらなかったのは、単に、闇の大陸の住民たちは「神言」を重視しなかったことにある。
皮肉にも、闇の神子が手をかけなかったことが、闇の大陸から神との契約という選択をさせなかった。
それでも、女性は抵抗に抵抗を重ね、それらに抗えなければ死を選ぶ者が増えた。
女児を産んでしまった母親は発狂し、我が子を殺した。
そんな凄惨な光景が、風と闇を除く全ての大陸で繰り広げられていく。
そして、それに気付いたのは、ラシアレスさまとアルズヴェールさまだけ。
彼女たちはそれぞれの大陸をデータ化し、情報共有を行っていたらしいから。
そのことに気付いてしまったアルズヴェールさまは、ラシアレスさまの前ではそこまでではなかったが、私室で苦悩する姿が多く見られるようになった。
だが、そこまでしていなかった他の神子は、その状況に気付かない。
単純に人口が増えたと喜ぶ姿は、少しばかり滑稽とも言えただろう。
「これがなければ……」
音声がないため、「神の影」さまからそこに至るまでの解説をされ、さらに、その経過を見てきたわたしは思わず歯噛みしたくなった。
『人類はここまで発展していない』
「それは……、分かっていますが、でも……」
『選んだのは人類。風の大陸のように拒むこともできた』
もし、風の大陸の代表者がこの時、男性だったなら、やはり悲劇はあったのだろうか?
『いや、ない』
「え?」
何故か、断言された。
『風の大陸の神官は、神子の意に添わぬことを望まなかった。火の大陸の神官は、神子の負担を軽くしたかった。それ以外の大陸の神官はそれら二つの大陸より上に立ちたかった。だから、いずれにしても、風だけは契約を選ばなかった』
「で、ですが……」
『だから、導きの時代も風の大陸だけは其の契約は弱い』
でも、それなら……、何故……。
『導きの護衛は光の血統』
「そうでした!?」
わたしの心を読んだ上で、的確な回答をされてしまった。
言われてみればそうなのだ。
九十九はシルヴァーレン大陸出身だけど、実は、ライファス大陸の王族の血を引いている。
本人も知らないけれど。
それなら、先ほどの話とも合ってしまう。
『それに、人類は混ざった。離れていた大陸を行き来するようになった。だから、契約は薄れている。ただこれらは、この時代の魂に刻まれたもの。完全に消すことができない』
この世界の人間は、命が尽きれば聖霊界へ送られ、また生まれ変わるという。
だから、魂に刻まれた契約は薄れることはあっても、完全になくなることはないのだろう。
「神子たちがもっと成果を出していれば、この悲劇は起こりませんでしたか?」
少なくとも、ラシアレスさまとアルズヴェールさまのように他の神子が頑張っていたとは思えない。
もし、他の神子たちがもっとやる気を出していれば……?
『起こった』
「そう……ですか……」
『楽な方に流れたいのは神も人類も同じ』
楽じゃない。
全然、楽じゃないのに!!
あの時の怖さを、わたしはまだ覚えている。
アレを楽だとは言わせたくない!!
『自分以外のモノに任せる方が楽』
「それはそうでしょうけど!!」
思わず、声が大きくなってしまった。
この「神の影」さまは、自分の考えを言っているだけで、賛同して欲しいわけではないと分かっている。
だけど、コレについて、わたしが目を瞑りたくはなかった。
『人類の選択。責は人類が負う』
「自分がいない場所で勝手に決められたことに、納得せよ、と?」
だから、思わず、反論をしてしまう。
既に起きてしまったことを今更言っても仕方が無いのに。
『人類、滅べと?』
「そこまでは言いません。でも、他に方法はなかったのでしょうか?」
少しずつでも人類は増えていた。
もう少し長い目で見れば、なんとかなったのではないだろうか?
『無理』
だが、全てを知るモノは無情にも断言する。
『惑星が暴走する』
「惑星が……、暴走?」
『混沌の復活。全てが無に還る』
混沌……、原初にして天地開闢の前。
天も地もなく、ただ混ざり合った異質な状態。
『惑星は形を保てなくなり、全ての終焉。無限の時空に溶けて消える』
「それは、神さまも?」
『神は時空を介して別世界へと繋がる』
ああ、神さまは逃げ場があるのか。
だから、人類に負債を押し付けるのだろう。
『但し、形は変わる。別世界では同じ存在ではいられない』
「え?」
『この世界だから、私は私。別世界で同じモノにはなれない。この世界から離れたら原初は原初になりえない。導きも別のモノに変わる』
それは、神さまも別の世界で生まれ変わっちゃうってこと?
えっと、仏教でいう「輪廻転生」ってやつかな?
でも、アレは人間の魂の話であって、神さまにはない概念だったはずだ。
いや、そもそも、神さまって生まれ変わるの?
『完全に別の存在となる。導きの世界で言えば、「宇宙の塵」となる』
な、なんか、アニメで出てきそうな言葉が来た。
いやいやいや、落ち着け。
普通に考えれば、えっと、超新星爆発によってできる物質?
あれ?
でも超新星爆発って恒星オンリーの現象で、しかも太陽より質量が大きい恒星じゃないと発生しない現象じゃなかったっけ?
ああ、わたしの天文学や地学の知識は中学生の理科レベルです。
確か、第二分野と呼ばれていたことだけは、辛うじて覚えているぐらいです。
『今の形と意識はなくなり、ただの資源となる』
「資源……」
それは実質、消えるのと同じではないでしょうか?
資源……、鉱物とかなら良いけど、エネルギーである可能性もある。
人類が滅ぶだけで、何故、そこまで!?
『惑星の行く末を、自分以外のモノに任せた結果』
わたしに顔も向けず。
『滅びの運命は、人類を弄んだ神も負うべき所業』
銀色の髪をした美しい顔の少女はそう言ったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




