神子たちの条件
神子たちの生活をどれぐらい見守っただろうか?
それは、ある程度、神子たちの行動が規則的になり、効率的な動きになってきたころだった。
『救いの神子に選ばれた魂は、まず、魂そのものが、境界越えに耐えられることが最低限』
ふと、「神の影」さまがそう言った。
どうやら、今度はそれを話してくれる気になったらしい。
わたしがずっと気になっていたことだった。
境界越えというのは、多分、時代や惑星を越えても、その魂が保たれるかどうかってことだろう。
その時点でかなり強靭だとは思う。
『次に、親和性』
「親和性」
なんとなく、繰り返してみる。
えっと、親和って、仲良しこよしって意味だっけ?
『異なる物質がよく結合すること』
なんだろう?
そう言われると別の意味に聞こえる。
特に「結合」部分に深読みをしたくなるのは、わたしが穢れているせいだろうか?
『つまりは、神との相性』
そっちを先に言って欲しかったかな~。
『ジエルブ、ズィード、シャスナス、リオス、ディウキル、ライエプス、ティアンに見合う魂が必要だった』
あれ?
火炎さま、微風さま、日光さま、土さま、液体さま、空間さま……までは良い。
そのお名前は、大陸神さまの眷属、人間でいう親族として、そこそこ有名な神さまたちなので、わたしも覚えている。
だけど……。
「何故、その中に、夜の神ティアンさまが混ざっているのでしょうか?」
その名前は、闇の神クラードさまの眷属としても、名神としてもかなり知名度が高く、神力も強い神さまではありませぬか?
『便利』
おおう。
考えてみれば、闇の神子リアンズさまは、この「神の影」さまだった。
そして、この映像を見ても、一切、活動をしていない。
その相方に選ばれるのは、真面目で気配りできる神さまであってもおかしくは……、おかしいけど、おかしいと言える神さまなどいなかったのだろう。
『グィンラムには反対された』
夜さまの双子の姉、朝の女神グィンラムさまですか。
当然でしょう。
朝さまは、時々お仕事を忘れる神さまとして有名だ。
弟である夜さまのサポートが無ければ、完全に仕事しないんじゃないかとも言われるほどだ。
彼女としても、サポート役である弟を手放したくはないだろう。
「よく朝の女神グィンラムさまを説得できましたね」
『ティアンは仕事を継続させた上で、私の世話役を頼んだ』
まさかの追加労働!?
普段の激務に加えて、さらに今回の相方まで!?
『仕事をしない私にはちょうど良かった』
それはそう、なのかな?
『ティアンの仕事は最初と最後の顔見せだけ。媾合も必要なしと伝えている』
「こうごう?」
聞き覚えのない単語だ。
神さま用語かな?
『合体、結合、交接、性交、交尾、交合とほぼ同じ意味』
ごめんなさい。
聞き返したわたしが悪かったです。
つまり、救いの神子たちは、闇の神子以外、その行為を約束されていると言うことになる。
いや、その結果が今のこの世界だって、既に知っているのだけど、こうも彼女たちの生活を見せられていると、かなり複雑な心境となるのは仕方ないだろう。
彼女たちは、この時代をわたしと同じように生きているのだ。
それは、文章で読んだ時には抱かなかった感情。
わたしは、なんて、想像力が足りないのだろう。
特にこのアルズヴェールさまとラシアレスさまを見ていると、余計にそう思う。
この二人が少しずつ、距離を縮めているのが分かってしまうから。
それが証拠に、ラシアレスさまはズィードさまよりも、アルズヴェールさまを頼っている。
アルズヴェールさまは、ジエルブさまにかなり揶揄われているっぽいね。
そして、妙にスキンシップを多用されている。
神さまは例外なく、人間の心を読めるはずだから、中身が男性だと知っての行動なのだろうけど、あれ? もしかして、ジエルブさまって、男性もおっけ~な神さま?
『そう』
おおう。
そう言えば、神さまは男女を気にしない方も多かったですね。
男女関係なく神を生み出せるし、無性でも神を生み出せるし、無機物にも子を宿せるし、種族関係なく次世代を作れるのだ。
つまり、これが本当の「全てのモノには神、宿る」ってことだろうか?
『ジエルブは綺麗なモノが好き』
ああ、アルズヴェールさまは見目麗しい女性ですものね。
つまり、ジエルブさまは、中身が殿方でも、全く問題ないわけですね。
「あれ? でも、そうなると、闇の神子リアンズさまは、神さまと結ばれなかったということですか?」
相方がティアンさまで、役目は最初と最後の顔見せだけとなれば、その子孫だと言われる闇の大陸はどうなるの?
『ティアンの子を産まないだけ』
ああ、なるほど。
それ以外の神さまの子を産むのか。
ぬ?
それって、浮気?
いやいやいや、始めから結ばれるつもりがないのだから、浮気にはならないのか。
「闇の神子リアンズさまの魂は適合者がいなかったのですか?」
わざわざ「神の影」さまが入り込むってことはそういうことになるのかな?
『リアンズの身体には、始めから魂を入れる予定がなかった』
「え?」
『観察者は必要』
ああ、監視者ってことか。
確かに見知らぬ人間たちを集団で連れて来たようなものだ。
それを観察、管理する人が必要なのは分かるけど……。
「観察者、寝てません?」
一応、映っている闇の神子リアンズさまは、今も寝台の上の人だ。
『問題ない』
実際、こうしてわたしが映像として見ているわけだから、後で、彼女たちの行動を見直すことは可能なのだろう。
もしくは、寝ていると見せかけて、定期的に夢視、いや、モレナさまのような「夢渡り」みたいなことをして……。
『問題ない』
さらに念押しされた。
これ以上、深く、突っ込まない方が良いらしい。
『神子の魂に求めるのは、頑強さ、親和性、そして何よりも、この惑星を強く思う気持ちがあること』
「え?」
ちょっと待って?
それって、かなり難しいことではないのか?
そもそも、人間界……、遠く離れた地球人たちは、この惑星の存在すら知らないだろう。
それなのに、強く思う?
どうやって?
『導きたちの時代から、交流は始まっている』
「あっ!?」
言われてみれば、人間界へ行く王族、貴族が増えていた。
だけど、記憶を消したり、いろいろな処置をして、この世界と完全に交流しているわけではないと聞いている。
でも、それはわたしたちが住む時代の話。
未来はまだ分からない。
互いの存在を知り合って、もっと、深く交流しているかもしれないのだ。
『まだ先の話』
つまり、救いの神子たちは、わたしがいた時代よりももっと未来から来た可能性が高くなった。
それなら、彼女たちが書いた言葉の中に分からないものがあってもおかしくはない。
日本語は常に進化している。
今ある正しい使い方が、未来で否定されたり、真逆の意味が受け入れられたりすることだって、日本語は珍しくないのだ。
「まさに温故知新」
『多分、違う』
突っ込まれた。
しかも、日本語のことで。
いや、「故きを温ねて新しきを知る」は論語だったはずだから、日本語ともちょっと違うかもしれない。
でも、そうか。
わたしが生きている間にそんな未来を見ることができるかどうかは分からないけれど、人間界とこの世界が今よりもっと近付く可能性があるのか。
わたしが、そうしみじみと考えていると……。
『縁を繋ぐ人類が現れる』
「え?」
『導きがいる今より先の時代に』
そんなことを言われた。
「そんなこと、わたしに教えても大丈夫なのですか?」
一種の未来予知とか、いやいやいや、未来を知る「神の影」さまの言葉だから、それは既に確定していることではないだろうか?
『問題ない』
断言されてしまった。
でも、もしかしたら、それは既にわたしがいない時代なのかもしれない。
それなら、告げても確かに何の影響もないだろう。
そう考えると、淋しい気もする。
でも、わたしが見ることもできない時代であっても、いつか遠い未来で、この世界と人間界の縁が繋がるなら、それはそれで、楽しみな気がするのも何故だろうね?
今回、主人公が「温故知新」と言っていますが、「不易流行」の方が近い意味だと思います。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




