色の意味
目の前に映し出されているのは白黒の映像。
だから、白と黒以外の色は、その濃淡で判断するしかない。
救いの神子たちの背後にいる見目麗しい殿方たちの背中には、大きな羽が生えていた。
そして、それらは真っ白でも、真っ黒でもない。
つまりは、何らかの色が付いているのだとは思う。
救いの神子たちとの関係を考えれば、それらは「赤」、「橙」、「黄」、「緑」、「青」、「藍」、「紫」である可能性が高い。
だが、この世界でそんな羽を背中に引っ付けているのは、大陸神と呼ばれる七神のみだったはずだ。
それなのに何故だろうか?
「御羽の……、貸与?」
不意に頭の中に思い浮かんだ言葉を口にしてみて思う。
普通に考えれば、背中に生えている羽を貸し借りすることなんてできないだろう、と。
どんな移植手術だ?
だが、相手は神さまたちだ。
わたしの常識など通用するはずがない。
それに、神さまたちの背中にある羽は、収納できることは知っている。
黒い羽に色を付けようとしても、簡単に染まらないだろうから、なんとなくそう思っただけ……だろうか?
自分の頭の中のことなのによく分からない。
『違う。神羽の一時分与』
音は同じなのにその言葉が持つ響きが違った。
『それぞれ色持ちに連なる神たちが、この期間だけ限定的に神羽を分け与えられただけ』
「色持ち?」
『人類で言う「大陸神」』
「御教示、ありがとうございます」
羽に色があるから、色持ちってことかな?
創造神さまも白い御羽、いや、神羽だし、大陸神以外の神さまたちは黒ばかりだ。
『色持ち以外は力が足りない。だから、色が無い』
黒は色が無い状態らしい。
この場合の「力」って、神力のことかな?
でも、そうなると、白は?
『白は無駄な力が多すぎた結果』
無駄って……。
白い神羽は神々の中で頂点に立つ創造神さまのみが背負っている。
だから、神力が多いというのは納得できるのだけど、それを無駄な力だと言う。
少なくとも、この「神の影」さまはそうお考えのようだ。
『単に原初なだけ。制御できない力など無駄でしかない』
原初云々はともかく、制御できない力を無駄と言いたくなる気持ちは分からなくもない。
わたしも、魔力の封印を解放してもらった直後はそう思っていた。
最初に自分の意思で魔法を使えるようになってからも、暫くはそう思い続けていた。
魔力が強くても、魔法力が多くても、それが使いこなせなければ、周囲にとって害にしかならないのだ。
だけど、今は自分の魔力が無駄だとは思っていない。
少なくとも、誰かのお手伝いができる力にはなっている……、多分。
映像内の神子たちは殿方たちと顔合わせをして、いくつか言葉を交わしたのだと思う。
音声が無いからよく分からない。
そして、何故か、神子の中の一人が手を挙げた。
その神子に対して、神子たちが注目して、なんか、皆、呆れたような表情になっている。
だから、手を挙げた神子が何か奇妙なことを言ったんだろうなとは思う。
だが、やはり、音声がないためにその内容は不明だ。
なんとなく、横にいる「神の影」さまに目を向けるが、特に何も反応はない。
そうなると、わたしに伝えるまでもないような内容だったということかな?
さらに、ラシアレスさまも挙手をする。
もしかして、これって、質問の時間なのかな?
手を挙げて発表しようとする辺り、やはり、彼女たちの中身は、近年の日本人っぽい気がする。
海外ではあのような挙手はしないと聞いたことがあった。
特に、ドイツであんな挙手をしたら、処罰の対象になるんじゃなかったっけ?
よく覚えていないけれど。
人間界から離れてもう三年以上経っているのだ。
あの頃の知識もかなり薄れ、しっかり、わたしもこの世界の常識に染まりつつある。
この世界で生きていく以上、それは仕方のないことだと分かっていても、少し寂しく思えてしまうのは、似たような時代を生きている彼女たちを見ているからだろうか?
『白を恨んでいる?』
「え?」
『白が制御できない力を持っていなければ、導きの母親はこの惑星に来る必要はなかった。余計な力なんか持ったばかりに、自分で創った惑星を護ることすらできない』
この「神の影」さまが言う「白」って、創造神さまのことだっけ。
わたしの母は創造神さまの意思によって、地球から遠く離れたこの惑星に連れて来られたことは様々な人から聞かされている。
恐らく、これはその話だと思うのだけど……。
「その余計なことがなければ、わたしはこの世に生まれていないんですよね」
だから、恨むというのは何か違う気がする。
生まれたことを後悔しているわけでもないし、この世界で生きることになったのも、今となっては悪いことではないとも思っている。
『母親がこの世界に呼ばれなければ、導きの魂はあの惑星で生まれたはずだった』
この口ぶりだと、この世界に生まれなくても、わたしの魂はあの世界でちゃんと生まれたらしい。
「でも、それではもう今のわたしではない存在だと思います」
どれだけ同じ魂を持っていても、それはわたしではない。
あの惑星で育った高田栞が、この世界で生まれたラシアレスとは別の人格となっているように、同じ魂だからと言って、同一の存在にはならない、いや、なれないのだ。
環境が人を作ると言う。
高田栞の存在は、その言葉を見事なまでに表しているだろう。
それだけ、わたしは母親をはじめとした周囲の人間に育ててもらっている自覚がある。
周囲にいてくれる人たちの誰か一人と出会わなかっただけでも、今の自分とはちょっと違うものになったことだろう。
何か一つでも欠けていたら、「高田栞」は、今の「高田栞」ではなかったはずだ。
「母がこの世界に呼ばれなければ、わたしは今、近くにいる人たちにも会えなかったことでしょう」
母が普通に地球で育っていれば、わたしは、仮に似たような人間として生まれていても、今、友人と思っている人たちの誰にも会えていないのだ。
そう思うとゾッとする。
あの友人たちに会えて良かったと、宝だと胸を張って言えるから。
「ですから、母の方は分かりませんが、わたしは感謝こそしても、恨みなどありません」
何も持たぬ状態で、何も知らない世界に連れて来られたのは、わたしではなく、母だったのだ。
そして、そんな場所だというのに逞しくも生き抜いてきたのもあの母なのだ。
高貴な人たちの事情に巻き込まれ、未婚のまま子供を産むことになって、この世界からあの世界へと戻り、再び、この世界で生きることになったのも母なのだ。
わたしはこの世界へ来る時に、その生活基盤を整えてもらえたけれど、母にはそんなものは何もなかった。
家族からも引き離され、これまで住んでいたところから遠すぎるという言葉では生温い距離にあるセントポーリア城下の森で倒れていたそうだ。
しかも、まだ高校に入学して間もない頃だったらしい。
何も分からない状態でセントポーリア国王陛下……、当時の第二王子殿下に出会うことになったとも聞いている。
勿論、母の性格上、そのことで誰かを恨むことなどなかったとは思いたいが、ずっと何も思わなかったはずがない。
わたし以上に何度も叫んだことだろう。
―――― どうしてこうなった!? って。
誰かを恨まなくても、何かを恨んだかもしれない。
何かを恨まなくても、何かを呪ったかもしれない。
何かを呪わなくても、どこかに逃げたかったかもしれない。
そして、その気持ちは母だけのものだ。
だから、わたしには分からない。
―――― 母は、わたしを産んだことを後悔したこともあっただろう
だけど、それすらも母にしか分からないのだ。
『なるほど』
わたしの肩に寄りかかっている「神の影」さまは呟いた。
『やはり、「導き」は、どの魂も「導き」になるらしい』
そんな小さな呟きだった。
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