物語の始まり
白い世界で映し出される「救いの神子」たちの姿。
それは、紙芝居のようにゆっくりと場面が現れ、切り替わる。
箱の中で眠っていた少女たちの姿が、一人ずつ消えていく。
まずは、わたしの横にいる「神の影」さまと全く同じ姿をした「リアンズ」さまと思われる少女が。
次に、その横にあった同じように濃い色の箱に眠っていた少女が。
場面が切り替わるたびに、一人ずつ消えていく。
6番目に「ラシアレス」さまと思われる少女の姿が消えた後、最後の一人も消え、空の箱だけが残された。
そして、そこからまた場面が切り替わったらしい。
黒い床の部屋の中に、まず、「リアンズ」さまが現れた。
そして、迷いもなく部屋の中央に向かい、中心に立った後に消えるという映像が、コマ送りのように表示される。
次に現れた少女は物珍しそうに、あちこち、歩き回っていたようだが、ふと上を見た後、部屋の中央に立つとやはり、その姿を消した。
3番目、4番目、5番目の少女たちも似たような動きをコマ送りで見せられた。
だが、6番目の「ラシアレス」さまと思われる少女については、少しだけ、他の少女たちと違った。
その「ラシアレス」さまが中央に行く前に、次の少女が現れたのである。
そこに現れたのは、恐らく、最後の一人である火の神子「アルズヴェール」さまだと思う。
「何故に?」
思わず、わたしの横にいる「神の影」さまに問いかける。
『ラシアレスとアルズヴェールの魂を探すのに手間取った』
「なるほど」
最初に肉体を見せられている。
そこに入る魂の問題だったらしい。
そうなると、少女たちが消えていったのは、肉体に、次々と魂が収まっていったからだろうか?
コマ送りで見せられてはいるが、その時間の経過については、わたしには分からない。
その映像表示は数分単位だったかもしれないし、もしかしたら、年単位だったのかもしれないのだ。
『ラシアレスの魂はもっと適した人類がいた。でも、それには「導き」の許可が下りなかった』
この場合の「導き」はわたしのことではない気がする。
もっと、この「神の影」さまに近い存在。
もしくは、似たような存在だろう。
「選ばれなくて幸いに思います」
だけど、同時に、その「もっと適した人類」というのは、なんとなく、自分のことだとも思った。
わたしが完全に無関係な人間だったなら、そこまで話す必要はない。
何故、導きの女神ディアグツォープさまが、それに反対されたのかは分からないけれど、そこにも何らかの事情があるのだろう。
そして、そのことを「神の影」さまも否定しなかった。
「ほげっ!?」
できるだけ、感情を交えずに見ようと目の前の映像をぼんやりと眺めていたのだが、先ほどの神子たちの光景には思わず素が出てしまうことになる。
いや……、その……、アルズヴェールさまがラシアレスさまを抱き寄せて、キスをした……、ように見えた?
―――― 火の神子アルズヴェールと風の神子ラシアレスは恋仲だったらしいぞ
不意に誰かが口にしたそんな言葉が思い出される。
台詞はちょっと違うかもしれない。
でも、そんな感じの言葉だったと思う。
それを裏付けるような光景でもあった。
だけど、出会ったばかりでそんなに仲良しさんになれるものだろうか?
声が全く聞こえないから、わたしには、二人の間でどんな言葉が交わされたのかは分からない。
「い、今のは……?」
返事をもらえるとは思わないが、思わず、この場にいる方にも伺ってみる。
『口の接触』
口付けを接触というのなら確かにそうだろう。
だが、そこじゃない。
問題はそこではないのだ。
「女性同士ですよね!?」
『「聖神界」では珍しくもない』
そうなのか。
言われてみれば、この世界の神さまは、男女関係なく次世代を産みだすことができると聞いていた。
下手すれば、一人で、男神が子を作るという話もあるそうだ。
ある意味、男女差別がない世界。
だが、神子たちの中身は、人間界から呼び寄せられていたはずだ。
しかも、あの寄せ書きの内容から考えても、わたしがいた時代とそこまで離れていない時代の日本であることは疑いようがないだろう。
そうなると、倫理観も個人差はあっても、そこまで大きく違わないはずだ。
会話の内容は聞こえないが、会ったばかりの同性が意気投合しても、すぐにキスするなんて、そうそうない話だと思う。
『アルズヴェールの中身は雄』
「ほげっ!?」
最早、取り繕う余裕すらなかった。
「雄って、アレですよね? あの、殿方とか、男性とかそういう種類の言葉ですよね?」
『男型』
何故、わざわざ「殿方」でも「男性」でもない言葉を選ぶのか?
この「神の影」さんは、面倒くさがりのようでいて、自分から面倒な方向に突き進んでいる気がしてならない。
「あ、アルズヴェールさまの中身が……、男性……」
なんとなく、「救いの神子」たちは聖女と呼ばれていたし、見た目は女性だったから、中身も女性だと思っていた。
いや、思い込もうとしていた。
だけど、あんなに綺麗な容姿で、中身が男性だと聞くと、いろいろ残念に思えるのは何故だろうか?
『「火」に相応しい魂が他になかった』
「はあ……」
相応しい魂?
それがよく分からない。
仮に、風の神子「ラシアレス」の中身が、わたしでも良かったのなら、火の神子の気質を持っている人間なんて、いくらでもいるだろう。
わたしが知る二人の王女殿下だって、十分すぎるぐらいだと思う。
『この惑星に生きている人間では駄目。何も変わらない』
ああ、そう言えば、そんな話だったか。
あれ?
でも、それなら、なんで、わたしなら、おっけ~なの?
一応、この惑星で生まれたんだよね?
『「導き」は、「星渡り」の娘であり、ある意味では「この惑星の人間」とは違う』
この場合の「星渡り」って、母のことかな?
確かに「創造神に魅入られた魂」よりも分かりやすい言葉だ。
だから、わたしなら問題なかったということか。
そして、やはり、わたしは「救いの神子」候補に挙がっていたことが確定した。
でも、それだと、おかしなことにならないかな?
ここにいるわたしも、その遠いご先祖さまもわたしってことになる。
タイムパラドックス的な話とか、そんな感じになったりしないのだろうか?
『魂はともかく、肉体が違うから問題ない』
血族云々の話にはならないってことか。
今一つ、納得できないけれど、結果として、わたしは選ばれなかった。
もし、選ばれていたら、あの場でアルズヴェールさまにキスされていたのはわたしだったのかもしれない。
そのことに少しだけ、ゾッとした。
どんなに綺麗な顔をしていても、同性と口付けというのは抵抗がある。
それが挨拶だという国もあるかもしれないが、わたしの中には日本で培ってきた感覚が土台となっているので、やはりそのような接触は難しい。
そんな風に考えている間にも、その映像は動き続けている。
先ほどの二人もいつの間にか移動して、新たな部屋にいた。
半透明の円卓を囲むようにして、七人の少女たちが座っている。
その背後には、まるで、護衛のように控える男性たちの姿があった。
なんとなく、女性しかいない世界なのかとも思っていたけれど、男性もちゃんといたらしい。
円卓に座っている少女たちは一様にソワソワと周囲を見回している。
いや、ラシアレスさまとリアンズさまの二人はそこまで落ち着かない様子がなかった。
ラシアレスさまは時々、横にいるアルズヴェールさまに目を動かすぐらいで表情もあまり変化がなかった。
アルズヴェールさまを見るのは、多分、さっきキスされたばかりだからだろう。
警戒するのは当然だと思う。
リアンズさまは、周囲に興味すらないような印象を受ける。
もしかしたら、一人だけ状況を理解しているからかもしれないけど。
『面倒だっただけ』
「やる気のない返答をありがとうございます」
それでも、わたしが心に抱いた言葉に時折、反応してくださるのはありがたい。
本当なら聞かなかったふりをして、無視することもできるのに。
『導き……』
そして、「神の影」さまがポツリと呟いた。
映像には、黒い羽を持った、どこかで見たことがある女神さまの姿があった。
白黒の映像だけど、その女神さまは、金色の髪で橙色の瞳だろう。
導きの女神ディアグツォープさま。
わたしの祖神でもあるその女神さまが、七人の少女たちの前に姿を見せていたのだった。
この話から「救いの神子」編となります。
音声なしの第三者視点となるため、「救いの神子」の話としては、わけがわからない状態となりますが、暫く、主人公とともに、そのよく分からない状況にお付き合いいただければと思います。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




